はじまりはいつも浅はか
思い返せば、あの浅はかなアイデアからすべてが始まったのだ。
5年前、「本を書けば名刺代わりになるよ」という知人の言葉に乗せられ、突如として書籍執筆を思い立ったのだ。なんと単純な発想だろう。しかし、途中でふと冷めてしまった。ほぼ同じ内容を扱った洋書のまえがきを担当したこともあり、モチベーションは地に落ちた。それでも、編集者や敏腕マネージャーの支えもあって、なんとか執筆し上げたのが『ソフトウェア・ファースト』という本だった。
幸運にも、『ソフトウェア・ファースト』は多くの方々に手に取っていただき、何度も増刷がかかる人気書籍となった。おかげさまで、講演や研修の依頼も後を絶たず、知人の言葉が図らずも現実となったのだ。
だが、5年も経つと世間の風も冷たくなる。「もう内容が古いんじゃない?」そんな声が聞こえてきた。「いやいや、日本企業はまだソフトウェアの重要性を理解していないところも多いし、内容は今でも十分に通用するはず!」と、若干ムキになって聞き返してみると、指摘されたのはデータや事例の古さだった。
それならば、と再び浅はかなアイデアが浮かんだ。データや事例を最新のものに更新した第2版を出せば、さらにロングセラーになるんじゃないか?膳(?)は急げとばかりに、昨年末、すぐに編集者に連絡した。
「第2版とするからには、新しさを感じさせるために、出だしのエピソードだけでも変えます」と伝え、少しずつ書き進めていった。自慢ではないが、私は筆が早い…実際にはMacBook Proでのタイピングだが。書いているうちに気分もノッてきて、順調だと自分に言い聞かせていた。
と、ここで再び、本質を突く鋭い指摘が飛んできた。編集者と、今回も頼りになるマネージャーの酒井からだ。
「5年前と今とで状況は変わっていませんか?」
ぐさっと来た。確かに、ソフトウェアファーストの理解が足りない企業もまだあるが、特に新型コロナ禍を経て、この5年で状況が大きく進展した企業や業界も少なくない。その事実を無視して良いものか。
「生成AIの影響はどうですか?」
大きな影響を受けているのは確かだ。ただ、現在進行形で進化している技術なので、下手に触れるとすぐに内容が古びるんじゃないか…と、よこしまな考えに囚われていた。
「及川さんが本当に書きたいことはなんですか?」
これで目が覚めた。またしても楽をしようとしていた自分が恥ずかしくなった。5年経っても、自分は何も成長していないのか?
編集者の勧めで、いったん筆を止めて、今自分が考えていることや、やりたいこと、日本企業がどうあるべきかをメモにまとめた。それを元に、内容を再度一から練り直した。
結果、当初の浅はかな目論見は見事に崩れ落ち、大幅改訂版となった。こんなに大変な執筆になるとは想像さえしていなかった。正確には測っていないが、半分以上は新しい内容になっているだろう。第1版と同じ内容の部分も、表現や構成を見直して新たな息吹を吹き込んだ。
さらに、第1版での課題にも真摯に向き合った。
第1版では、対象読者が曖昧だという声があった。確かに、ビジネス書としては非技術職の読者には専門用語が多すぎた。そこで今回は、専門用語を極力排し、どうしても必要な場合には丁寧に解説を加えた。技術職の読者には少々冗長に感じるかもしれないが、その部分はぜひ飛ばしていただきたい。
章立ても一新し、誰に向けて、何を伝える章なのかが一目でわかるようにした。これで、内容と対象がさらに明確になったはずだ。
また、第1版で少し触れたプロダクトマネジメントの内容を大幅に強化した。プロダクトマネジメントは、単に製品を世に送り出すためのものではない。ソフトウェアファーストが目指すものは、社内ツールであっても利用者の価値向上を目指すべきだという考えのもと、プロダクトマネジメントの思想を全編にわたって散りばめた。
書籍発売の前はいつも緊張する。独りよがりになっていないか、「こんなことはわかりきっている」と言われないか、期待していたのに「がっかりした」と思われないか…。しかし、賽は投げられた。この第2版を待ち望んでいた人がいると信じて、読後の感想を心待ちにすることにしよう。
ということで、『ソフトウェアファースト』第2版は、9月12日(木)全国の書店にて発売です。Amazonではすでに予約可能です。どうぞよろしくお願いします。
* お気づきの方もいるかもしれませんが、第1版では『ソフトウェア・ファースト』でしたが、第2版では『ソフトウェアファースト』になっています。