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第九話 穢れ行く運命

 当たり前の様に、感じていた日常が消える、
そんな事を露にも思わず、伊吹は日々を過ごしていた。
このユートピアでは、不安な事など微塵も発生しないからだろう、
不測を想定しなくなると、人は不安へのたがが外れる。伊吹の様に。
 
 二人の旅、今日で終わりにしよう。
 背中を向けたまま、煌は言っていた。
 
 まさか、そんな日が来るなんて、、と、そう動揺する伊吹の心。
 伊吹は煌の後ろ姿を、ただ見続ける事しか出来なかった。
 
 すると、煌は立ち上がり、数歩、伊吹から遠ざかり、
伊吹の方へと向き直る。
 
 伊吹は煌の、見た事も無い表情に更に動揺した。
 
 いつも、元気で明るい煌の表情、とは真逆とも捉えられる、
無機質で冷酷な無表情。
 
 伊吹は、その真実とも捉えられる表情の迫力に、
完全に気負けしていた。
 
 そんな伊吹に、更に、追い討ちをかける言葉が、煌から発せられる。
 
 「私はお前を騙していた。
お前が欲の無い人間なのかを知る為に、
安心させる為に、私は近づいたんだ。それ以外に君と居る理由は無い。
 
 私は、お前を見極める為に、存在した、ただのプログラムだ。
 
 私は、人間では無いのだ。」
 
 その、煌の言葉が伊吹を、
 混乱と失望の坩堝にはめた。
 
 一体、どう言う事だ
 煌は、人間では無い?
 煌は、俺と一緒に居た煌は、ただのプログラム?
 何故、そんな事を?
 
 伊吹は、そんな事を思いながら、
 整理しようもない状況把握をして、更に混乱する。
 
 そんな伊吹に、煌が付け加える。
 
 「私と、ここにいる全員が、ただのプログラムだ。
勿論、このユートピアも、だ。現実離れしているこの世界が、
そういった類であった方が、お前も合点が行くだろう。」
 
 淡々と、煌は続けた。
 「私達と、この世界は、欲の無い人間を探す為だけに作られた。
お前の様に、何の願いも得ようとしない人間を、見つける為に。
 
 伊吹、お前は元の世界に戻るんだ。

そうすれば、世界は変わる。
世界を救う為に、このユートピアから離れるんだ。」
 
 伊吹は更に訳が分からなくなった。
世界を救う?一体どう言う事なんだ?と。
 
 伊吹は口を漸く開いた。
 「待ってくれ、世界を救うって、何の事なんだ?」
 
 煌は、ある事実を伊吹の前で見せつけてきた。
 
 「管理者、来い。」
 
 煌の言葉に反応して、
 それが出て来た。
 
 それを見た伊吹は、息が止まっていた。
 
 伊吹の前に、あの異物の者が現れた。
 
 何で、煌とこいつが、
 と、驚く伊吹だったが、
 やがて混乱していた思考は、安易に収束した。
 
 煌が、言っている事が本当なのだ、と。
 
 「管理者、こいつに、現実世界を見せてやれ。」
 
 途端、黒より黒い黒に包まれる三者。
 
 更に、黒い世界が、世界一円に映像を映し出す。
 
 映し出されたのは、
あのひばりヶ丘駅があった、バンドに明け暮れていた世界では無い、
伊吹の知らない世界だった。

#創作大賞2023


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