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配属先ガチャ

 大手小売企業に就職した。出身大学は法学部が有名なC大だ。私は企業法務に関心があり法務部に入りたかった。

 しかし入社後に言い渡されたのは店舗勤務だった。しかも地方の…。希望の配属先はしっかりと書いておいたのに。

 ありえない! そう思った。

 ネットで退職代行サービスなるものがあると知った。今の時代、かつてない売り手市場なのだ。申し込んだ。

「○○さんのこと本社所属にすると会社はいっていますけれどどうしますか?」
 退職代行サービスから電話があった。
「法務部ですか?」
「いえ、財務部です」
「じゃあ、辞めます。ありがとうございました」
「そうですか。でも念のためお伝えしますが、財務部は法務部よりも一般的に出世コースですよ」
「配属ガチャでいうと? SからSSRの中でいうと?」
「はぁ。うーん、法務がSとするとSRじゃないですかね」
「じゃあ、SSRは何なんですか?」
「最初に当たった地方の店舗の売り場担当者です」
「それはうそですよね。代行者さん、この企業に利益もらってません?」
「もらってませんよ。ただ、どんなにいい配属先を求めるにしても、若いうちに現場で働いておくのは貴重な経験です」
「法務にそんな一般論テンプレート必要ないでしょ」

 しばらく沈黙があった。

「賭けをしませんか?」
「どんな?」
「もし〇〇さんが地方の売り場担当者を経て法務部になって良かったと思わなかったら1,000万円支払います」
「うそでしょ?」
「本当です。悪くない話でしょ」
「期間は?」
「3年ってところでしょうかね」

 2年と11ヶ月後…

 結果的に話にのった私は1,000万円に釣られたのだが、3年経つ前に法務部配属が決まった。約3年間現場で野菜を切り続けた私には労働者視点の問題点がたくさん見えた。いきなり本社に配属されたら決して見えない景色があった。

 退職代行者だったDと都内のバーで待ち合わせをしている。配属が決まった半年後どこから聞いたのかDから連絡があった。ピアノの演奏を聴きながらカシスオレンジを飲んでいると隣にスーツ姿の男が座った。

「まずは法務部配属に乾杯!」
「ありがとうございます」

 博識で快活にしゃべるDとの会話は楽しく私の胸は高なった。20代後半で仕事に自信を持っている男の魅力が備わっていた。空間と音楽が私の心を酔わせていった。

 それでもちゃんと聞いておきたいことがあった。

「なぜあの時、私の退職を引き留めたのですか?」
 Dは5杯目のバーボンを注文してから言った。
「それは僕自身もこの仕事を、退職代行サービスのことだけれど…。配属ガチャのハズレだと思い、自分で賭けをしたかったからなんだよ」
「どういうことですか?」

 私はDの言葉に驚きながら聞いた。彼はもともと一般的な転職エージェントに就職したのだそうだ。普通は転職先を斡旋するのが仕事なのだが、退職代行サービス部に配属された。

「僕も配属ガチャに失敗したんだと思いましたよ」
「ですよね」
「でもその時、たまたまスマホゲームでガチャで出た美少女だけど弱いキャラを育成してラスボスを倒すという目標を立てていた」
「はい」
「そういうことです」
「まったくわかりません!」
「僕はね、職務経歴書に映るあなたに一目惚れした。可愛いあなたを育てて法務部へ入れることを目標に、この仕事を頑張っていこうとあの時ちかったんだ。キミととりあえず3年頑張ろうって。でも今はいい気持ちだ」
「私が頑張って耐えたから?」
「そうとも言える。あと、頼みたいことがあるんだけどね」

 私は彼の願いをベッドの中で聞いた。私が最初にした仕事は彼の退職代行サービスで、彼のその後に仕事は主夫兼在宅転職サービスになった。

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