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NPCだって恋したい



 主人公とヒロインが魔王を倒して、ゲーム内に平和が訪れた。NPCキャラの僕は、やることもなく、のんびりとテレビを見ていた。自分がいるこのゲームは、やりこみ要素なんてないから、完全なオフってわけだ。

「お兄ちゃん、八代朋やしろともさんが来てるよ」
「え? なんで?」
「そんなこと、私は知らないよ」

 僕はテレビでサザエさんを見ていた。カツオが花沢さんにバレンタインデーのチョコをもらっている。サザエさんって、主役は誰なんだろう。もしサザエさんだとしてもカツオはいつも役があって羨ましいな。

 僕が家のドアを開けると、同級生の八代朋が立っていた。こいつの私服姿初めて見た。ってことは、もしかして主人公と個別イベントがあったのかもな。僕は、いつもクラスでおちゃらけるモブキャラわきやくだから、そもそも私服がないし365日、制服で過ごしている。なんなら顔だって『へのへのもへじ』であだ名だってへのへの・・・・だ。

「初めて作ったので…す。よかったら…食べてください」
「う…あ、ありがとうございます」
「じゃあ、また…学校で」
「うん。また、学校で…」
「じゃ…」

 僕は緊張で喉が乾いていた。これってどういうこと? 二人ともNPCキャラなのに、イベントフラグが立ってないか? まさか、サイドストーリーで僕が主人公なんてことが、そんなことがあるのだろうか!?

「まさかぁ、そんなことないない! ただのバグでしょー」
「ははは、そうだよなぁ」
「お兄ちゃん、主人公でもないのに、バレンタインデーイベントなんてないよ。たぶんお兄ちゃんを主人公さんと間違えてる。八代さんがね」

 あぁそういうことか。そういうバグもあるんだな。あとでソフト会社に報告しておこう。僕は、そう思っていつものように、サザエさんを見て寝た。

 それから何日か、下校時に主人公を待つ八代の姿を校門で見た。僕を見ると何か言いかけるが、顔を赤くしてうつむいてしまう。僕は主人公の取り巻きとして、寒いジョークを言いながら、それを眺めていた。

「なあ、妹ちゃんよ。主人公が魔王をたおして世界はハッピーエンドしたのになぜ、この世界は続いているんだい?」
「それはさぁ、主人公さんが真の魔王であるラスボスを倒したいからって言ってた」
「言ってた? なに直接聞いたの?」
「うっさいなぁ! とにかく主人公さんを困らせないで」
「もしかして追加されたストーリーなの?」

その時、妹は僕を睨んで言った。

「そんなのお兄ちゃんに言える訳ないでしょう!!!」
「ちょ、お前、何を急に怒ってんの?」
「怒ってはいないよ。あきれてんの」

 妹はテレビを消して、ぷいとそっぽを向いて自分の部屋に駆け込んでしまった。あぁ、NPCである僕にはこれ以上の詮索は許されないだろう。妹の部屋にの扉をノックしたが、返事はまったく返ってこなかった。



「おい、お前!」

 ある日、主人公が数メートル後ろを下校している僕に急に声をかけてきた。なぜかいつもは数人いる取り巻きがおらず、NPCは僕だけだった。主人公は怒っている。眉間にシワを寄せてる。
 
 こういう表情の違いもきっちり描き分けられていてかっこいい。おもわず見惚れてぼーっとしてしまった。

「お前って、僕のこと?」
「お前以外に誰がいる、いつもへのへの笑いやがって、このザコが!」

 主人公は、憎しみを込めた目で言った。ありゃりゃ、いつしか背景が戦闘モードのそれに変わっている。へ? NPCの僕って戦えるわけ? 喧嘩したことないんですけど!

「お前、八代からチョコレートをもらっただろう」

 僕はLV92の主人公が放つ圧に胃が痛くなった。いたたたた。いつのまにか制服から、勇者の装備に変わっている。普段温厚なキャラの主人公の変貌ぶりに、おどろく。

「チョコレートはもらったけれど、あれはバグだろう?」

 内心、焦っていた。リュックの中には八代がチョコレートと一緒にくれたメッセージカードがある。NPCの分際でおこがましいが、僕は八代のことを一目見て恋に落ちていた。もちろん、NPCだから勝手な行動はできない。モブとして登下校するだけの毎日だった。

「バグなんかじゃない。あれは、八代朋がこの世界で選んだイベントだ。主人公である俺が、選択肢を間違えた・・・・場合に発生する確定イベントなんだよ」

 主人公は、心底悔しそうに言った。いいなぁ悔しそうな表情にも説得力がある。ぼくはあいかわらずへのへのしながら聞いた。

「どこで間違えたんだ?」

 NPCである僕がしゃべるのは、なんの意味もなさないんだろうけれど。だけど、主人公は絶望に満ちた顔で言った。おおすごい泣きと怒りの中間の表情だ!

「八代のチョコレート一つか、学校の女子生徒全員からのチョコレートかの二択で、俺は後者を選んだ」

「なっ!」

 僕は、体の底から怒りが湧いてきた。思わず主人公のことを殴りそうになった。八代朋は、このゲームの一番最初から、主人公を体を張って守る盾役のヒロインだ。それを自分がレベルが上がり、いろんな女子キャラにチヤホヤされたからって、振るなんてありえん!

「お前は俺のモブとして、ここまで頑張ってくれた。だから、お前をラスボスとして倒したくない。大人しくそのチョコレートを渡してくれ。それがトゥルーエンディングの条件なんだ」

「そうか。まあ、誰でも間違いはあるしな。ああ、分かったよ」

「そうか、恩にきる」

「いや、いいんだ。だけど一つだけ聞かせてくれ」

 なんだ? と言った顔で僕を見る主人公は笑っていた。

「僕をお前と呼ぶのは、いい。そういう役回りだしね。だけどモブとして聞かせてほしい。君は、八代朋が本当に好きなのか?」

「なっ!? どういう意味だ?」

「僕の妹のチョコレートをもらって、デートして僕が真の魔王って聞いてきたんだろう?」

 主人公の顔が青ざめた。

「だからなんだって言うんだ」

「僕を倒したら、八代朋と妹のどっちを選ぶのかなぁって心配になってね。それが聞きたかった」

 NPCの僕は、主人公にどんな選択肢があるのかはしらない。だから、主人公が剣を構えて僕が真の魔王になったとき、戦うことしかできなかった。

 へのへのもへじだった僕に超絶イケメンな真の魔王の顔が作画されているのを僕本人はしらない。あとで友達のNPCが言ってた。向井理並にかっこえかったで〜って。わらわら。戦闘後、僕は倒れている主人公に聞いた。どんな選択をしたのか?

「それをお前が言うのか?」

「どういう意味だ?」

「どっちを選んでも、俺に襲いかかってくるくせに」

「まあ、僕は八代朋も妹も大好きだしね」

 はぁーっと主人公は呆れ顔で言った。

「前から思ってたんだけどさ、お前、NPCって自覚ある?」

「それはもちろん。ずっと主人公のモブとして、バカなキャラクターだったじゃん」

「そんな奴が急になぜ、ラスボスになる!?」

 僕は思い出した。初めて八代咲を見た時ことを。中高一貫校の入学式で、大きめの制服を着た八代咲は、モンスターが出るたびにダメな主人公をかばっていた。主人公が成長して、パーティーから外されても、笑顔を絶やさなかった。そんな姿を見て僕は彼女を悲しませる奴は許さないと、思ったんだ。変だろうか?

「どう考えたって、それは主人公的な思考だ」

「そうかな?」

「そうだ」

「NPCだって、恋をしたい」

 主人公は僕の言葉を聞いて目を丸くした。そして、初めて僕の名前しんめいを呼んで、肩をたたいて言った。

「そっか。モヘジ、お前は八代朋が好きなのか! なら、俺はもうお前と戦う理由はない。いやあ、よかった」

 主人公は、爽やかな笑顔で去った。どこからか妹ちゃんが現れて、僕のそばに来て言った。

「お兄ちゃん、ありがとうね! 八代さんとお幸せに」

「へ?」



 翌日、下校時。主人公は取り巻きである僕を置いて帰ってしまった。昨日あんなことがあったからだろう。もう出番はなし、だな。まあいいや、と思っていると八代朋の姿が見えた。

「もしかして、いつも主人公じゃなく僕を待ってた?」

 夕暮れに染まる校門で、一人で立っている少女に声をかけて言った。八代咲は、僕の顔を見てこくんとうなずいた。そして、勇気を振り絞った風に、言った。

「チョコレート、美味しかったですか?」

 NPCの僕の答えに選択肢は一つしかなく、それを聞いた彼女は、幸せそうに笑ってくれた。NPCであることの幸せを、彼女はそれからずっと教えてくれた。

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