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内なる自分には言える

図書館で借りた本を風呂に持ち込み、湯船の中で一気に読了。

自分は何の依存症だろうか?あえて人前で言えるのはタバコだろうか。
いや、タバコが辞められないなんて他の喫煙者も同じ。別に”依存症”だなんて爪カッコを付けるような大事おおごとではない………とは思ってる。

でも、高知東生たかちのぼるさんのTwitterをフォローしたり、神経伝達物質について調べたり、常に依存症関連の情報を傍らに置くのはどうして?自身も何かの依存症にかかっている、もしくはかかるポテンシャルを自覚しているんじゃないか?

そう、この本を読んで再認識できた。

いわゆる普通の喫煙者。いわゆる普通のワーカホリック。尊いと思う仕事に就けた幸運を噛み締めて全身全霊で働いているけど、これはつまり、仕事で自分の心の穴を埋めているのだな。そっか、だからか。心の穴みつけた。

お酒や薬物やギャンブルなど中毒性のある物で心の穴を埋めると不健全で、AAやNAやGAなど自助グループで繋がった付き合いで埋まるのは健全とされる。ならば仕事で埋めることは健全?不健全?判らなくなってきた。

今の仕事を天職と思うこと、これは心の穴を埋める言い訳か?
もし言い訳でも、公益的な仕事で埋めることは不健全なのか?
迷いなく爆走していた自分の前に、ブレーキを掛ける別の自分が現れた。

ちょっと待て、大丈夫か?
自分を信じて自分を認めているけど、本当か?
自己斉一性 ・連続性は錯覚ではないか?と。

自己肯定感を批判する別の自分。
自分の足元を揺るがす大敵現る。

いや別に行く手を阻まないから敵じゃない。
むしろ最強の味方かもしれない。

助手席で監査する存在に緊張するけど
自分を見守って批判をくれる別な自分。
心の穴埋め工事を監理する内なる自分。

よく来てくれたね。ありがとう。

なんだこりゃ。いまだかつて無い読後感。


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