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この日、水戸ホーリーホックのサポーターは美しかった

水戸ホーリーホックのサポーターがバスを囲んだのではない、水戸ホーリーホックというクラブがサポーターにバスを囲ませたのだ。

社長、GM、執行役員、監督、ヘッドコーチ、コーチ、ゴールキーパーコーチ、チーフトレーナー、コンディショニングトレーナー、広報、クラブリレーションコーディネーター…

これらの人間がサポーターの前で横一列に並び、無言で頭を下げ続けている。大の大人たちがスーツ姿で首を垂れている。

長い沈黙の後、サポーターの一人がこう声を発した。

「…もう頭を上げてください」

それでも顔を上げようとしないクラブの人間たち。その中にはピッチの中の出来事と遠い位置にいる広報担当の姿さえある、そんな人間まで無言で頭を下げ続けている。だからサポーターは次々と声をかける「…もう頭を上げてください。伝わりましたから」

自然と沸き起こる拍手、そして響き始める「水戸ホーリーホック」コール。クラブの人間たちはようやく顔を上げる。そして遠慮がちにクラブの人間の一人が「水戸ホーリーホック」とコールをする。サポーターのコールに参加する。声は混ざり合いそれは大合唱となる。

崖っぷちの惨敗後、雨の後で生まれた一体感、強固となる信頼関係。ああ、クラブが普段から口をついている「水戸ファミリー」は本当だったのだ。限界を越えようとしていたサポーターの不満は、高揚感と「このクラブを好きでよかった」という気持ちを再確認して晴れていった。

そして、サポーターは選手を乗せたバスに向かう。雨の中「水戸ホーリーホック」の声を届けるために。

こういう世界もあったのだ。このような行動をクラブは自然と起こせたはずなのだ。ファミリーという言葉を使うならば、サポーターをファミリーだと思っているのならば。

水戸ホーリーホックを掲げて26年、サポーターが「最も今すぐに話を聴いて欲しい場面」ですぐに耳を傾けようとしなかったファミリー。

サポーターは盲目的に「ファミリー」という言葉に酔いしれるほど愚かではないのだ。水戸ホーリーホックのサポーターはそのことをよく知っている。本当によく知っている。

水戸ホーリーホックのサポーターがバスを囲んだのではない、水戸ホーリーホックというクラブがサポーターにバスを囲ませたのだ。


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