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ふるさとの風景

お題でタイトルの言葉を見つけた時、ふと思い浮かんだことがありました。それをつらつらと吐き出してみようと思います。

兎は美味しい?

子供の頃、というよりそこそこ大人になってからも、私は「ふるさと」という歌の歌詞の意味がわかりませんでした。

うさぎ追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき ふるさと

兎、美味しい?

タンコブのこぶ、なつりし?

兎を捕まえた経験もありませんでしたし、出身地である沖縄には大きな山がない。もちろん、鮒が釣れるような川も身近にはありませんでした。
この歌詞が作詞家の方の故郷である長野をイメージして書かれたものだと知った時、妙に納得しました。これは沖縄じゃない、「日本」の「ふるさと」なのだと。

小中学校の音楽で習うような歌はほとんどが「文部省(文科省)唱歌」であり、沖縄とは全く違う気候の自然が歌われていました。

秋の夕日に 照る山もみじ
濃いも薄いも 数ある中に
松を彩る 楓や蔦は
山のふもとの 裾模様

この「もみじ」も、歌詞の意味を全くわからずに歌っていた曲の1つです。そもそも私は、30歳を過ぎて東京で秋を迎えた時に紅葉を初めて見たのですから。ただ、メロディーが好きだったため楽しんで歌えてはいたのですが。

沖縄の歌は「ふるさとの風景」

話は変わりますが、私の通っていた小学校は音楽の専門教諭がとても熱心な方でした。月に一曲を決めてそれを朝の集会で歌わせたり、教科書をあまり使わない授業をしたりしていて、当時は押し付けがましくさえ感じていました。

そんな環境で教えられたのが、沖縄の童歌です。「てぃんさぐぬ花」「ちんぬくじゅーしー」「こーじゃーんまぐゎー」「花ぬ風車(かじまやー)」「いったーあんまーまーかいが」などなど。

てぃんさぐぬ花や
爪先(ちみさち)に染みてぃ
親ぬ言しぐとぅや
肝(ちむ)に染みり

鳳仙花の花を爪に染めるように、親の言うことは心に染めなさい。
「てぃんさぐぬ花」は基本的に教訓歌なので、親を大切にしなさいよ、という意味の歌詞がこの後も続いています。ウチナーンチュなら誰でも知っている、と言っても過言ではない歌です。

そして、成長と共に沖縄民謡(古くからのものと近年になって作られたものがあります)やオキナワンポップスを聴くようになり、私は「芭蕉布」という歌に出会いました。

海の青さに 空の青
南の風に 緑葉の
芭蕉は情けに 手を招く
常夏の国 我した島 沖縄(うちなー)

この歌はジャンルに分けると、近年作られた沖縄民謡になるのだと思います。様々な歌手が歌っていますが、暑い南国の風景と涼しげな芭蕉布の対比、かつて琉球という王国だった島を懐かしむような詞は沖縄の景色を鮮やかに浮かび上がらせるのです。

これこそが、私にとって「ふるさとの風景」だ。そう強く感じました。

沖縄で生まれて広まった曲と言えば、「童神(わらびがみ)」「島人ぬ宝」などがありますね。童神は古謝美佐子さん(歌の作者です)のウチナーグチバージョンが断然素敵なのですが、ヤマトゥグチバージョンの方が浸透しているのが嬉しくもあり残念でもあり……。

ふるさとの風景は一人一人違う

最初に取り上げた「ふるさと」のような風景を故郷だと言い切れる人は、意外に少ないのではないかと私は想像しています。でも、「ふるさと」こそが日本人の原風景だ!日本人をひとつにするために歌おう!と各イベントや政治集会で歌われていますよね。

故郷の思い出は皆違うでしょう。毎年すごい雪が降って家族で雪かきをしたという人も、夏に川遊びをしていて溺れかけたという人も、毎年大きなお祭りがあってそれを見るのが楽しみだったという人も、それぞれ。

私の「ふるさとの風景」は、強い日射し、鮮やかな雲と空のコントラスト、大きなガジュマルの木、エメラルドグリーンからコバルトブルーへと虹のように色を変える海、旧盆に仏壇へ祈りを捧げる祖母。そして沖縄で今も生まれ続ける数々の歌なのです。

今回の写真は、実家の庭から撮った空です。黄色っぽい蕾の花はハイビスカス。夏のイメージが強いハイビスカスですが、沖縄の暑さと日射しに負けてしまうのか真夏はあまり咲かないんですよ。

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