ポルトガル様の許可は取ったんですか?(戦国時代の黒人奴隷について)
話題のヤスケ……というか日本の戦国大名が黒人奴隷を使役するのが流行していたということについて少し。
(https://twitter.com/yagami_touyoo/status/1814805008296386759より引用)
仮に日本の戦国大名がアフリカ系黒人奴隷を相当数使っていたとしましょうか。
つまり需要があったとします。
恐るべき人権侵害ですね……あったのならば。
需要を満たす為にはアフリカから奴隷を運んでこなければなりません。
今なら格安航空券を使って飛行機で一っ飛びできますが、当時は帆船です。
ではアフリカから日本まで当時の航海技術でどのくらいかかるのか?
19世紀の帆船で中国広州からロンドンまで喜望峰まわりで115日くらいだったそうです。
戦国時代の帆船技術とかを考えれば相応に日数は掛かったでしょう。2か月くらいはかかるのかな?暇ができたら調べてみます。
そして船で運ぶ貨物として奴隷はかなり手間が掛かる部類です。
食料が必要ですし、万が一反乱とか起こされると大変なことになる。
シルクロードを使うなんてのはまずありえません。
海路があるのに、あえて奴隷をえっちらおっちら陸路で歩かせるなんて意味不明も甚だしいですし、当時の治安情勢を考えればリスクが高すぎる。
まあどっちにしても難しい貨物を高いリスクを負って運ぶ以上、値段は相当に高額になったでしょう。
当時は人権なんて概念はないですし、公平貿易なんて概念もありません。
需要があるなら商人は限界まで吹っかけたと考えるのが妥当です。
とはいえ、アフリカから帆船で日本まで航海するという時点で既に大冒険です。
相当のリターンがないとそんなことをやる奴はいないし、要求するのは当然でしょうけど。
さて、相当に高額な奴隷を日本の戦国大名が買っていたとしたら、絶対に記録は残ります。
高額な品物を見せびらかすにせよ、身体能力の高さを買って武将として使うにせよ、傍に置いて護衛役にするにせよ、女性を傍女にするにせよ、その存在については記録は残る。
なぜなら、
戦国時代当時に黒人奴隷は悪なんていう概念は存在しない
からです。
仮に黒人奴隷が当たり前のようにいたのならば、記録を残すことに躊躇しないでしょう。
これは当然その過程でも同じです。
無寄港の旅程なんて絶対不可能ですから、寄港地で記録が残る。
それに戦国時代に相当数の黒人奴隷がいたのならば、江戸時代の記録にも残らないとおかしい。
戦国時代に全員討ち死にして血筋が全て絶えたとかなら別ですが、それは幾らなんでも現実的ではない。
黒人奴隷が桁外れに高価な資産だったのならば、その後もそれなりに遇されると考えるのが妥当です。
戦国時代が終わったとたんに価値暴落なんてことはちょっと考えにくい。
(https://twitter.com/combatmedic/status/1814870394656203218より引用)
そして、黒人奴隷を使役していたことが本当の意味で恥ずべき行為として糾弾されたのは、ぶっちゃけ公民権運動のあとでしょう。
奴隷解放後にも厳然と差別は残りづ付けたわけですからね。
それ以降にヤベエと思って慌てて国内、国外の記録を消して回ったというのはどう考えても無理があります。
ていうかですね、記録を消すっていうほど簡単じゃないですよ。
創作描写でよくある、広場に本を積み上げて焼けば終わりというわけじゃない。
全国で書き残された文献や本、その写し、研究者が所蔵する資料のすべてを集め、ついでに言うとその研究者の研究結果や記憶まで消すなんて不可能です。
政府の公的文書を黒塗りにしたり廃棄すればおしまいというわけにはいきません。
クラウドのデータをハッキングして改竄すれば終了というわけにはいかない。
紙の記録を完全に消し尽くすというのは相当にハードル高いです。
wikiの記述を書き直すようにはいかない。
ということで、記録が残っていないのならば、そんなものはいなかった、と考える方が妥当です。
百万歩譲って、黒人奴隷がいたとしても、ヤスケのような、
「ポルトガル人が従者(なのか奴隷なのか知らんけど)として連れてきて、それを大名とかが珍しがって召し抱えたとか引き取った」
という個別的なケースはあったかも、と言う程度でしょう。
地理的要因や当時の航海技術を考えれば、黒人奴隷が流行するほど供給することが可能だったとは思えません。
また記録がないことを考えれば、数は相当少なかったと考えるのが自然です。
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ちなみに、この「日本には黒人奴隷が相当数いた」論には実はもう一つ問題があるんですよね。
仮に日本に黒人奴隷需要があったとしたら、供給者がいた筈なんですよ。
要は奴隷商人です。
日本の大名が船団を編成してアフリカまで奴隷狩りとかしに行ってるんじゃなければ、供給者は必ずいます。
織田信長旗下の大船団が遠くアフリカまで行って奴隷狩りをしていた、というのはなかなか面白い歴史ドラマではありますが、それはそれで記録が残るでしょう。
でも、多分ないですよね。
僕は詳しく知りませんけど。あったら教えてください。
なので、当時の日本の国際情勢を考えればその供給元はポルトガルと考えるのが妥当でしょう。
次点はスペインかな。
ということは、この論を貫くと
ポルトガル若しくはスペイン、又はイエズス会は、日本と黒人奴隷貿易をおこなっていた奴隷商人である
ということになってしまうんですよね。
イエズス会は反対したという建付けらしいですけど、需要に応じて実際にやってるなら大差ないですよ。
ついでに言うと、いわゆる典型的な黒人奴隷貿易……黒人と砂糖、綿花などを介した三角貿易は18世紀の話だそうです。
ということは、ポルトガル、スペイン、イエズス会は
それよりも一世紀ほど早くに、ある程度組織だった黒人奴隷貿易に着手した先進的国家か組織
となるのではないでしょうか。
このヤスケ問題の発信元はイギリス人の方だそうですけど、いいんですかね。
当世のポリコレ理論によると奴隷商人も吊るし上げのはずですけど。
●
かつて戦国時代、地球の裏側から数奇な運命で日本にやってきた一人の黒人が、戦国武将に召し抱えられて武勲を上げサムライになる、というのはとてもロマンがある物語だとは思います。
かりにここまでエモーショナルな物語でなくても、アフリカから日本に来た人がいたというのは歴史のロマンとして興味深い。
……まあ本人にとってはロマンどころじゃないでしょうけど。
しかし、それをもって日本の戦国時代に黒人奴隷が流行っていたという風にするのは、流石に風が吹けば桶屋が儲かるより無理な論法だと思うんですけどね。
ただ、この手の話は取扱注意なのは間違いないです。
ヤスケという特殊なケースがゲームや創作のネタになってる分には構いませんが、荒唐無稽な方向に転がる可能性も無くはない。
(https://x.com/HYamaguchi/status/1815551453488095706より引用)
この種の話は変な風に「事実」になってしまうと、将来に重大な禍根を残します。
なので、フィクションはフィクションとしてきちんとしておき、デタラメは確実に叩き潰しておくべきでしょうね。
嘘も100回言えば信じる人はいます。悪気は無くても信じる人もいる。
そして、残念ながら、悪意やある種の意図を持ってこの種の嘘をばら撒く人もいます。
備えはすべきです。悲しいことですけどね。
・追記
(https://x.com/Isabella_Dori/status/1815359144700055568より引用)
10人もいれば流行りになるのでは?という主張のようですけど。
たしかにそれなら、血筋が絶えた、珍しすぎて記録が残ってない、という主張もあり得るかもでしょうね。
でも、さすがに10人程度で流行りというのは無理筋にも程がある。
それに、それを白人様がやらかした奴隷貿易と並べるのも無理筋です。桁がいくつ違うんですか。7個くらいは違うでしょ。
あと、そこまで黒人奴隷が流行っていたというなら、何処がルーツかはっきりしてもらいたい。
いわゆる歴史の汚点とされている黒人貿易=アフリカン系というなら、そこは「資料」にて確定してもらわないとお話になりません。
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