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【小説】悪夢の朝

嫌な夢だった。

俺はよく家族と行くとあるショッピングモールにいた。基本いつも、そこに着いてからは家族とは別行動をして後で集合するといった感じだ。

その日もそうで、俺は本屋に向かった。
聞いたことのない作家の本が新刊コーナーにたくさんあった。見知った名前もあるが、村上春樹くらいだ。本当に聞いたことがない。日々、文学関係のニュースはチェックしているのだが見落としがあったのかもしれない。

まず、そこが第一の異変だった。だが俺はそれを気にすることなく次の目的地、東急ハンズを目指した。

道中、一人の小さい子とぶつかってしまった。思いっきりその子が走っていたのが悪いが、俺が足元に注意を向けていなかったも悪い気がしたので、その子を立ち上がらせてあげる。

「すみません! うちの▫️▫️が!」

背後から、母親らしき女性の声がした。「いえいえ、お気になさらず」と言いながら振り向き、その女性の顔を見て絶句した。

その顔は、俺が前に好きだった女子の顔と瓜二つだった。少し大人びているだけで、あの子そのものだった。よく考えれば声も似ている気がする。

実は俺はまだその子のことが好きだった。春に告白しフラれてしまったのだが、どうも諦めがついていないようなのだ。

そうか。結婚して、子供がいるのか。

不思議と、同い年のはずの女の子が何故か二十代後半程の女性になっていて子供までいることをすんなり受け入れた。第二の異変にも気づかなかったのだ。

「どうかしましまか?」

どうやら、彼女の顔を見過ぎていたらしい。

「あの……」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」

すみませんでしたと謝り、去っていく二人の後ろ姿を眺める。

何だかすごく嫌な気分になった。形のない、名付けようのない不快感。

家族の元へ戻ろうと思った。今日はスポーツ用品店での買い物を目的にしてるので、多分まだそこにいるはずだ。

店内に入ると、すぐに家族の姿は見つかった。

俺は普通に合流するのがあまり好きではなかった。少し驚かせるくらいがいい。そう思って俺はポケットからスマホを取り出す。

母親の電話番号を選び、かける。

着メロが聞こえなかった。母親がいる位置と5メートル強しか離れていない。かけ間違えたのだろうか、と確認するが番号はあっている。

ピー…

おかけになった電話番号は現在使われておりません。

無機質な音声が俺の耳に響く。

慌ててスマホを確認し、画面をスクロールする。母親の電話番号が消えていた。連絡先に登録していたのに消えていた。父親のも、兄のも消えていた。全ての連絡先が消えていた。

何かの間違いだ。そうだ、ただのバグかもしれない。

俺は試しに彼らに近づいて背後を通った。気づいてもらえなかった。次は正面。続いて横。グルグル周りを回った。

母親が不審な顔でこちらを見る。家族を見る目ではなかった。俺は下を向きながら店を出た。

第三の異変だ。夢だと夢でなかなか気づかない。その世界に入り込めば、そこが世界の全てなのだ。

例の女性と子供が目の前を横切る。今度は父親も一緒だった。しかも、俺の大嫌いだった中学時代のクラスメイトだった。

吐き気がした。口を抑え、その場に倒れ込む。「大丈夫ですか」という何種類かの声が聞こえたが、脳は処理しなかった。

俺は叫んだ。でもその叫び声を自分で感じることはなかった。

―――――

目を開く。いつもの天井だ。窓なら朝日が差し込む。

最悪の朝だ。

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