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0円さん、服を捨てる 【年間交際費0円さんの今日 #3】

#3 0円さん、服を捨てる


地方で働く女性事務員の収入は低い。
けれど、ぜいたくをせず細々と暮らしていく分には、なんとかやっていける計算ができている。
にもかかわらず、私は貯金もゼロで、毎月クレジットカードの支払いに怯えていた。

これまでお金に対してあまり関心がなかった。
というよりも、見て見ぬふりをしていた。なるべく現実を見ないようにしていたのかもしれない。

実の母、かつての親友、交際していた彼をはじめ、すべての人間関係を終わらせ、自分自身と向き合うことを決意した。
そんな私は、まずはじめにこのカードの支払い明細と向き合ってみることにした。


目眩がするほどの明細書


今月の支払い明細をおもいきって開いてみる。ーーこんなに買ってた? と、目を疑う自分がいた。

服、服、服、服、服……。

そのほとんどを占めているのは衣類だった。

一気に罪悪感が襲ってくる。ずらっと並ぶその項目の量に圧倒され、目がチカチカと追いつかなくなり、一瞬視界がぼやけた。
そしてもう一度焦点が定まったそのとき、いままで見えていなかった現実がぶわっと浮かび上がってきた。

私は部屋の真ん中で立ち上がり、周囲を見渡し、思わず小さくつぶやいた。

「なにこの部屋……」

壁伝いにぐるっと一周配置された、チェストやクローゼット、収納コンテナ。
八畳がひと回り小さくなっているこの部屋は、まるで倉庫のように生活感がない。

私は今になって突然、この部屋がこんなに窮屈な空間だったことに気がついた。


私の部屋は自己肯定感の低さが詰まっていた


なぜこんなにも衣類が多いのか。
その理由は、私の持っている服装が実に六種類もあるからだ。

私は自分の持っている膨大な量の衣類を仕分けし、断捨離することにした。

一種目は「自分用の服」
デザインも色も直感で決めて、着心地のよさ重視で選んでいる服。
部屋着にも、ちょっとコンビニに行く時にも着られる使い勝手のいい服。どんどん着ている。

二種目は「知り合い用の服」
知り合いに会う時用の、外に着ていっても恥ずかしくない服。目立ちすぎない、嫌味のない、バカにもされない、万人受けするシンプルな服。
かわいくなかったり、色もそんなに好みじゃないものもある。でもこれなら誰も文句ないよね?という服装。

三種目は「婚活用の服」
シンプルで、清潔感のある、婚活市場受けしそうな清楚系を目指した服。
婚活パーティーや、婚活で知り合った人とのデートでしか着ない服。
全然好みじゃないけれど、婚活市場受けを狙わないと選ばれないから戦略的に着ている服。

四種目は「無駄遣いしただけの服」
ストレスなどで衝動買いして結局着ていない服。
精神的に弱っている時、店員さんの喜ぶ反応が嬉しくて買ってしまった服。もしくは試着後に断れず、流されて買ってしまった服。
本当に、まったくもって購入する必要のなかった服。

五種目は「ステキだけど着ることができない服」
すごく好みで、素敵だと思って購入したものの、周囲の目を気にして結局着ることができない服。
「え? あんな感じの服着るんだぁ」
「その服、似合ってるとでも思ってるの?」
「うわ、ダサ……」
そんな、聞こえてもいない声が聞こえてきて、不安になって一切外へは着ていけない一番お気に入りの服たち。
いつか着たい!とクローゼットの中で大切に取っておくが、何年も経って流行遅れになったり、似合わくなったり、サイズが合わなくなったり、かといって捨てることもできない、結局どうしようもなくなる服。
気に入ったから高くてもがんばって買ったのに、家で試着するだけになってしまっていて一番コスパが悪い。

六種目は「母親用の服」
母親に会う時に着るためだけの服。
シンプルで、地味な色で、安っぽくて、低収入でもがんばっている苦労が伺えそうな服装。
少なくとも、母親よりはいい格好をしないこと。


私は服を仕分けする過程で、憂鬱な気持ちになっていることを感じた。

ずっと、なにをやってきたんだろう……。

他人の目線、母の目線、婚活市場でのウケ狙い……。
私の自意識により、膨大な量に膨れ上がった衣類。
その衣類がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、まるで私みたいに窒息しそうになっている。

この部屋は、私の自己肯定感の低さが詰まっていたんだ。



すべての衣類をひっぱりだし、部屋全体を使ってなんとか仕分けを終えたところで、私はもう一度部屋の真ん中に立ち上がった。

どうみてもやばい。ゴミ屋敷みたい。
よくもまあこんなにも、自分の生活を窮屈にしてまでも集めたものだ。

私は気合を入れるために、両手を腰に当てるポーズをとった。
そして決断した。

この中で、いまの私に必要な服は「自分用の服」だけだ。


部屋に花を飾る人


それから数日が経った。
私は大量の服と収納家具のいくつかを捨て切り、この上ない達成感に満ちていた。
開放感のある部屋がこんなに清々しい気持ちにさせてくれるなんて!

私はなにも置いていない小さなスペースを見つめ、ふと思った。

ーーここに花を飾ったらもっとよくなりそう

えっ? 

次の瞬間にはもう、そんなことを思いついた自分に驚く。

そうか、少しのゆとりがうまれてはじめて、部屋に花を飾ろうという発想がでてくるんだ。
今まで花を飾る人の気持ちがよくわかってなかった。

それから生まれ変わった部屋をまじまじと見わたした。
大きな家具を捨てたことで、壁もたくさん見えている。

私は目をそらしたいあのクレジットカードの明細書を取り出して広げた。相変わらず目眩がしそう。

それを壁の真ん中に勢いよく画鋲でバンと貼り付けた。

これは戒めだ。

私は向き合っていくんだ。
今はまだ、オシャレじゃなくていいから。



年間交際費0円さんの今日 〜0円さんの憂鬱編〜
#3 「0円さん、服を捨てる」

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