見出し画像

0円さん、婚活をやめる(前編) 【年間交際費0円さんの今日 #1】

#1  0円さん、婚活をやめる(前編)


「婚活順調ですか?」

彼との出会いは婚活パーティーだった。

そのパーティーはいつもよりも若い男女が多く、参加者の中で最年長の34歳は私と彼しかいなかった。
フリータイムでは20代の参加者が学生サークルのように盛り上がっている中、私はその空気にノリきれず、端の方で静かにオードブルをつまんでいた。
そこへやってきた彼とは、自然と会話が弾んでいった。

「……いえ、なかなか難しいですよね。最近急に焦りはじめていて」
「僕もなんです。この一年は結構頑張っていたつもりですけど。婚活って大変ですよね、年間交際費いくらかかるんだって思ってしまいます」
「あはは、たしかに」

婚活パーティーの会場にいながらざっくばらんな婚活話をして、彼とはすぐに打ち解けることができた。
そして私たちはほどなく結婚前提の交際をすることになった。

こんなに順調に進んだのは初めてのことだった。


フェアな初デート


私たちはの初デートは大型テーマパークだった。
何度も何度も手鏡を取り出し、化粧や髪の状態を確認しながら、30分ほど遅れた彼と待ち合わせたことをよく覚えている。

お互い決断力のない私たちは、どこにいこうか、何をしようかと、終始もたもたしながら園内をまわり、いつのまにか夜になっていた。
まだ夕飯を食べていなかったので、どこに行こうか聞いてみると、近くの駅のパン屋で食べようということになった。

私たちはそれぞれのトレーに好きなパンをとり、個々に会計を済ませた。私は惣菜パン3つとコーンスープを購入した。彼はというと、小さな菓子パンひとつに無料の水のみだった。
「食欲ないの?」と私が聞くと「ああ、もう帰るだけだし、家でまたしっかり食べるよ」と彼は答えた。「そっか」と、私は手早く惣菜パンを頬ばった。

入園料も、昼食も、自販機のジュースひとつでさえもすべてがきっちり割り勘スタイルの彼の価値観に異論はない。

だけどなんだか少しだけ、残念に感じてしまった自分の感情を、この日はとりあえず胸にしまった。


結婚への焦りと、婚活で疲弊した末路


交際してからの彼はだらしなく、そしてなにより損得勘定が強い人だった。

婚活パーティーでの彼は、スーツ姿で清潔感もあるさっぱりとした印象だった。
けれど、個別に会うようになってからの彼の服装や持ち物はすべてくたびれていて、学生時代の服を何十年も着続けているようなみすぼらしい身なりをしていた。
彼は初デート以降も毎回のように待ち合わせ時間に遅刻し、顔も洗わず歯も磨いてこない日もあった。

そんな彼の気になる態度に私がそっと改善の提案をしてみると、彼は「責められた」「否定された」と過剰な被害妄想でいじけてしまい、時には敬語も交えながら、いかに自分が不機嫌であるかをアピールしていた。
そして一方的に指摘されることを「損」だと捉える彼は、ひとつ言われるごとに、論点とは関係なくとも私への否定をひとつ返してきた。

私は、彼とは全く価値観が合わないと次第に心の中で感じるようになっていた。

けれど彼がどんなにだらしなくても、思考が幼いままでも、これを受け入れなければ将来一緒に暮らしていけないと自分に言い聞かせるようになった私は、そのうち彼に対して何も言わなくなっていった。

私は彼へのもやもやした感情をなんとか頭の中で変換することにした。
彼のきっちり割り勘スタイルだって、結婚したら他所で散財することはないだろうとか、お互いフェアであれば揉めにくく夫婦円満でいられそうだとか……。

なぜ私がこうして彼と付き合い続けていたのか、その理由は明白だった。
結婚に焦り、婚活で身も心も消耗しきっていたからだ。

ーーここを耐えれば、結婚が待っている。結婚をしたら、私はきっとすべてから救われる。いつまでも独身の私を哀れむ目に怯えなくていいし、金銭面の心配だってもういらないだろう。なにより、あの人たちから離れたことだって肯定されるんだーー

私は幾度となく浮かんでくる心の迷いを押しつぶすように、さらに強く自分に言い聞かせていた。

ーーもし彼と別れたとして、次はあるの? 結婚適齢期をとっくに過ぎているどころか、もう出産できるかさえ怪しいのに。残り物になればなるほど、それだけでいつまでも結婚できない「ヤバイ女」のレッテルは増えていく。まさか、結婚するのに、好きになれる人だとか嘘偽りない愛情を感じたいとか大切にされたいだなんてこの後に及んで思ってないよね? 恋愛と結婚は違うんだから。みんなそう言ってる。コレは恋愛じゃないんだからーー

私たちの間に愛情や絆を感じることはなかったが、そのことだけは絶対に気づかないふりをする必要があった。

ーーだって私たちはこれから結婚するんだから。

正直私は、この程度の男であればすぐに結婚できるだろうと踏んでいた。

結婚への焦りは、女の思考回路を狂わせる。



「ちょっと距離置きたいんだけど」

35歳の誕生日の朝、彼から来たメッセージは別れ話だった。





年間交際費0円さんの今日 〜0円さんの憂鬱編〜
#1「0円さん、婚活をやめる(前編)」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?