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死ぬべき人間と生きるべき人間

 安心で安全な場所がないと人は不安におそわれてしまう。希死念慮がある人にはそんな居場所が少ないと思う。病気のせいで安心で安全な場所と脳が認知出来ないのではないのだ。(実環境で苦境に立たされている人は違うが)

 私はうつ病を患って、何度も死にたくなり、誰にも期待して欲しくない。見放して欲しい。全てを解決するには自分が死ぬしかないんじゃないか。そんな風になった。私は電話もとれず人と話す事もできなくなった。電車に乗っても降りられず、何時迄も寝て、何時迄も起きていた。

 うつ病は苦しみが理解されない病気だ。病院に行く事も許されない人も居てるし、周りの理解どころか、まだまだ未開拓な分野の病気なので医療も進んでいないように思う。私も病院に行って治療が始まるまで大変苦労した。

 周りはうつ病の人に対して、能動的に助ける事はできない。うつ病の人は助かろうと思わないと助からないのだ。
 人は自分の気持ちもわからないのに、他人の気持ちに寄り添うなんてできない。例えば、耳が聞こえない人は耳が聞こえない人同士のコミュニティーの方が過ごしやすいように、うつ病の人はうつ病の人同士の方が気持ちが通じるのではないかと思う。

 話しを戻そう。うつ病の人が助かろうとするのは、先ず今日を死なない事だ。とりあえず生きる。出来れば水を飲んで欲しい。そして、抗うつ剤を飲もう。

 抗うつ剤は飲んでも何が脳に作用しているのかはわからないし、栄養ドリンクの様な即効性は全くない。しかし、とりあえず毎日決められた量を飲もう。

 保護者の方針で薬が飲めず、頼れない人も居てると思う。でも、今日をとりあえず生きていて欲しい。そんなことを今日も思う。

(治ってくると死にたいと思わなくなるの?)
(振り返すけど薬で誤魔化すよ)
(あぁ薬飲むタイミングがうまくなるよね)

BGM 久石譲 風の通り道

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