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遺伝子組み換えは、本当に「神の領域」なのか

僕やあなたを含め、この星の生物はすべてDNAという設計書を持っている。しかもそれは、A, T, G, Cのたった4要素の組み合わせだけで構成されている。

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21世紀、人間は新たな道具を手に入れた。どんな生き物のDNAも編集できて、安価で、おまけに使用も非常に簡単だ。一方で「神の領域」と形容される遺伝子工学には、宗教・倫理的な問題から反対する人も多いことも事実。

この記事では、遺伝子組み換え技術の概要と現状を俯瞰し、その成否の先にあるものについて考えたい。

世紀の発明

2020年のノーベル化学賞を受賞した二人の女性科学者がいる。エマニュエル・シャルパンティエとジェニファー・ダウドナは、「Crispr-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」という革命的なゲノム(遺伝子)編集技術を発明した。

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左がジェニファー、右がエマニュエル。

Crisprは細菌が自分の身を守るために用いる「遺伝子を切り裂くカッター」のようなもので、それを応用して特定の遺伝子配列を切り取り・新しいものを組み込める。まるでコピー・アンド・ペーストするように。

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実はCrisprを発見したのは日本人科学者ということはまた別の話。

理論上どんなDNAにも使用できるCrispr-Cas9は、細菌から植物、そして人間をも「編集」できる。

このネオングリーンに光るマウスは、クラゲが持つ発光遺伝子を埋め込まれた。遺伝子工学を使えば、異なる生物の特性を組み合わせることが可能だ。

大きすぎる影響

これを読んでいる皆さんも想像しているように、遺伝子組み換えがもたらすインパクトはあまりに大きい。

まず良い面でいえば、遺伝子性の疾患を根絶できるかもしれない。

例えばクリード・ペティット君。レーバー先天性黒内障 (LCA) という遺伝子性の疾患により、当時9歳ながら失明の危機に瀕していた。日中でも懐中電灯が欠かせなかったという。

視力障害全体の5%を占め、多くの子供の視力を奪ってきたこの病は不治と信じられてきた。写真はクリード君と主治医のベロカル医師。

しかし2017年の暮、FDA(アメリカ食品医薬品局)が「Luxturna」と呼ばれる薬を認可。これはRPE65という遺伝子の突然変異を治療(編集)するもので、クリード君は最年少の患者になった。

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翌年、わずか1時間ほどの手術が彼の人生を大きく切り開く。投薬から一ヶ月で彼の視力は大きく向上し、懐中電灯は必要なくなった。今では自転車も乗れるというから驚きだ。

そして同じ年に、世界で初めて「遺伝子組み換えで生まれた人間の赤ちゃん」が発表された。ルルとナナという双子の胚は、HIV陽性の父親から病気を受け継がないように、Crispr-Cas9によって遺伝子を編集されたという。

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私の仕事が議論を巻き起こすことはわかっています。しかし、多くの家族がこのテクノロジーを必要としていると信じています。彼らのために非難の的になりましょう。
- 賀建奎 (He Jiankui)

一連の治療を担当した中国人の賀建奎博士。彼は厳しい追及を受けながらも双子のプライバシーを一切明かさず、彼女たちの現況はおろか存在自体も謎に包まれている。しかしこの成果が真実なら、人類はすでに新たな時代への一歩を踏み出したことになる。

世界を震撼させた発表動画。賀博士は、中国政府によって3年間の懲役と4000万円以上にわたる罰金刑を言い渡された。

一方で、遺伝子操作には常に危険がつきまとう。

恐ろしい生物兵器の開発は、多くの政府がすでに着手している。戦争が起こらなくても、何かの拍子にそれが外に漏れたら?社会のために編集された遺伝子が予期せぬ暴走を始めたら?

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2019年、蚊が媒介するマラリアの被害に苦しむブルキナファソ政府は遺伝子操作された蚊を野に放った。これらは人の血を吸うことはなく、野生の個体と交配してできた子孫にもその遺伝子が受け継がれる。Gene driveと言われる手法だ。しかし世代を経て、人工的に操作された遺伝子が蚊達を全く別の生物に変貌させるかもしれない。

僕たちがDNAについて知っていることはあまりに少ない。

自分の身体をプログラムする未来

こうした状況をよそに、巷にはバイオハッカーと呼ばれる者が増え続けている。通常のハッカーがコンピューター言語を読み解くように、彼らは遺伝子情報を操る。

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SFの名作「ガタカ」の世界が現実になろうとしている。

特筆すべきなのは、彼らが必ずしも政府や大きな製薬会社に属していないことだ。実はCrispr技術は非常に安価で入手可能なため、個人が自由に実験を行える。

「遺伝子アーティスト」を自称する、ジョサイア・ゼイナー (Josiah Zayner) という男をご存知だろうか。

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パンクな髪型と歯に衣着せぬ物言いが印象的な彼は「誰もが自分の遺伝子を自由に管理できる世界」を目指してOdin(オーディン)という会社を立ち上げた。

2017年、YouTube上で自身の体にCrisprを注射し脚光を集め、パンデミック下では自作のワクチンを投与。生物物理学のPhDを持ち、NASAやモトローラを経たエリートながら、FBIの調査対象になるほど世間を賑わしている。

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俺たち人間は、自由や権利の平等を大切にしている。自分自身の遺伝子をコントロールできること以上に平等なものがあるか?人々はそれを選ぶ権利を持つべきだと思う。俺がやることのすべてが人々を治療できるとは言わないけど、遺伝子治療は究極の手法だ。
- ジョサイア・ゼイナー

あなたの遺伝子にガンのリスクが見つかったとしよう。それが注射一本で治るならどうする?

または、理想の体型を手に入れるために筋肉の付きやすい遺伝子を活用することは不道徳だろうか?

スリ傷に絆創膏を貼るように、ゲノム編集薬を注射する未来がくるかもしれない。

「神の領域」は存在するのか?

さて、ここで本題に入ろう。遺伝子組み換えは「神の領域」、つまり禁止・制限されるべきテクノロジーなのだろうか。

それを考えるには、2つの切り口がある。

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1. 神の領域とは何なのか
2. テクノロジーを抑止することが可能なのか

まず1について。神の領域とは、未知のものにフタをするには丁度よい言葉だ。しかしそのボーダーラインはどこにある?どこまでが許される範囲なんだろう?

考えれば、遺伝子プールの編集は太古から行われてきた。人間は絶えず犬や猫、そして牛や野菜を交配し続けた。よりかわいく従順に、より大きく美味しく…果てしない欲求のために。こうした人為選択は、本質的にはCrisprと何ら変わりない。

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日本が誇るブランド米も、数千年にわたる「遺伝子実験」の結晶だ。

人間は神(自然)の摂理に常に抗ってきた。正確に明日の天気を知り、山を切り崩してゴルフ場を作り、スマートフォンを使って地球の裏側の仲間と会話する。もし2000年前の人類が現在にタイムスリップしたら、僕たちを「神」とみなすだろう。

つまり、何が「神の領域」か定義することは無意味に等しい。今まで不可能だったことに挑戦することで、僕たちの文明は前進してきた。

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沈黙が金なのだ。不在が神なのだ。神とは人間の孤独さだ。俺しかいなかったのだ。
- ジャン・ポール・サルトル

では次に、そもそも遺伝子編集技術の発展を制御できるかについて考えてみよう。結論から言えば、僕の答えはノーだ。

法律による規制を敷くことは簡単だろう。しかし、科学者の純粋な好奇心や親子の無償の愛を誰が抑えられるのか。加えてCrisprは数万円で手に入るし、現在はインターネット上で多くの知識にアクセスが可能。

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石油工場で働く傍ら、独学で遺伝子組み換え研究をしているデイビッド・イッシー。すでにネズミの老化抑止に成功したという。彼は大学に一切通っていないが、立派な科学者だ。

このように、遺伝子組み換え技術の発展を止めることは倫理的にも物理的にも難題だ。

新人類

今後数十年間の間に、遺伝子工学によって世界は大きく変わっていく。その影響はインターネットを遥かに凌ぐだろう。

理由はシンプルで、人間の「基本性能」を押し上げられるからだ

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技術発展が加速し、環境が急速に変化したこの数千年で、あまり変わらない存在が一つある。テクノロジーの目標ともなったその存在は、「人間の脳」だ。
- ターリ・シャーロット(神経科学者)

生まれてくる子供の遺伝子を操作し、IQや運動能力、病気への耐性などを極限まで高める。こうして生まれるデザイナーベイビーたちは、AIと違って自我を持つ。そして人権もある。僕たちと「新人類」の間には、ゆとりと団塊世代以上の距離がありそうだ。

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ホモ・サピエンス以前にも人類は存在した。しかし、社会が目覚ましい成長を遂げるようになったのは、高い認知能力(IQ)を持った僕たちサピエンスが登場してからだと、ケンブリッジ大学のシモン・バロン=コーエン教授は語る。遺伝子組み換えで人間の平均IQが上がれば、何が起こるか想像できるような…。

そう遠くない未来、人間は地球ではじめて自分の意思で進化する種族になる。

あなたのスタンスは?

たしかにテクノロジーの進歩は不断だが、「何でもアリ」と考えるのは安易すぎる。

もしあなたが研究者なら、技術のメリットとデメリットを常に自問自答し続けなくてはいけない。未来に暮らす人類や生物にも責任を持たなくてはならない。

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(Crisprを)私たちの社会が適切に扱えるかは、まだわかりません。
- ジェニファー・ダウドナ

僕を含めて、研究をしていない人たちも無関係ではいられない。すでに遺伝子編集は世界規模の問題だ。闇雲に称賛・畏怖せずに情報を集め、自分の意見を持とう。社会の動きに注意を払おう。

歴史の流れを見れば、神の領域など存在しない。人間心理を考えると、技術革新は誰にも止められない。大事なのは、確実にやってくる変化の流れを捉えることだ。

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生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。
- チャールズ・ダーウィン

あらゆる生物の概念が急激に変化していくなかで、人類は2種類にわかれるだろう。遺伝子をコントロールする者と、される者。

あなたはどっちになる?

参考情報

2019年に行われた「第二回ヒトゲノム編集についての国際サミット」記録

Netflixドキュメンタリー「不自然淘汰」

この記事を書いた人

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Neil(ニール)
ecbo (荷物預かりプラットフォーム) とプログリット (英語コーチング) でUI/UXデザイナーとしてインターン。現在はIT企業でデザイナー。 ハワイの高校。大学では法学を専攻。もともとはminiruとしてnoteを運営。

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