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バイト・三ない運動

 何とはなしにnoteを見ていたら、次のような記事に出会いました。

 バイト禁止の理由?運転免許取得禁止の理由?
 あれ?同業者なのに、何で知らないの?と思ったのですが、いろいろ説明を考えているうちに、自分の経験がそう思わせるのだろう、と思い至りました。

 昔のことで、修士までしかなかった大学院を修了して、最初に非常勤として行った学校が、今、考えれば教育困難校と言われるところでした。

 そこで見た生徒たちの生活は、正直言って、これまで考えていた高校生イメージが崩壊するようなものでした。
 大多数の生徒がバイトをしており、マラソン大会の終了が延長になった時、まだスマホや携帯電話のない時代だったので、校内の公衆電話に長蛇の列ができました。公衆電話のある事務室前から、階段、ワンスパンの進路指導室かなにかの前をまだ列は続き、さらに下足ロッカーの中にまで並んでいました。「学校行事が延びたので、バイトに遅れます」と言う声が廊下に響きます。次の子も、その次の子も、延々と……。
 働きながら勉強をしている彼らを、尊敬する、と思っていましたし、彼らにもそう言いました。正直、私はその高校では異邦人でした。衣は半分ぐらい、食住は完全に親に依存しており、ひたすら勉強していたのですから。当時、家の商売が傾いていたにも関わらず、月二万ぐらいしか私は入れていなかったのです。
 これに対して、彼らは、働きながらというよりも、生活のために稼ぐバイトの方が中心で、勉強の方がおまけのように見えました。

 覚えているエピソードをあげましょう。休み時間にある女の子がお菓子の袋を開けました。男の子が「くれよ」と手を突っ込みましたが、女の子は素早く引っ込めて「止めて。これは私のバイト代で出しているんやから。学校の授業料以外は、服も食べ物も自分で出しているねん。悪いけど、取らんといてくれる?」と言いました。

 要するに、住まいと公共料金以外、どうかすると授業料も込みで、自分の費用を全部出している人が少なくなかったのです。さりながら、全部親がかりで、バシッと糊とアイロンの効かせた真っ白いシャツを着ている生徒も稀にいました。

 働きながら高校生をしている彼らや彼女らにとっては、大手を振ってバイトを休めるのは試験期間中で、試験期間には、バーゲンに仲間でブランドの店(当時はバブル期)に行った、と言う話も聞きました。

 その学校では、夏休みにフルで飲食店のバイトに入って、そのまま、夏休みが明けてもバイト先から「学校なんか辞めて、そのまま来てくれ」と言われ、実際、退学してしまう人々も相当いたのです。最初の一年で三分の一はいなくなる、と聞いたように思います。

 また、この世からいなくなる人もいました。バイクの免許を取って、バイトでようやく新品のバイクを買い、ふかしすぎたのか、電柱に走っていくバイクを停めようとして、ハンドルを握ったまま、反動で、頭から電柱にぶつかったのだ、と聞きました。「助かったらいいね、」というと、状況を教えてくれた生徒は、「頭半分ないねんで?ムリやろ」と言い、結局、私は初めてのお葬式列席が教えていた生徒のお葬式になりました。
 他のクラスの生徒で、ツーリングで一人高速道路のカーブを曲がりそこねて激突、で亡くなったという話も聞きました。高校生のバイク事故は都市部ではよくある話だったのです。だから三ない運動が行われていました。

 もうすぐお別れの頃、雑談していて、クラスのリーダー格の生徒たちが、私にお給料はいくらなのか尋ねました。そのとき非常勤10時間で月10万でした。生徒曰く「10万やったら、十日ドカタしたら稼げるわ」と言うので、「私に土方ができると思う?」と尋ねたら、「ムリやな❗️」とみんなで爆笑しました。

 歴史的には、産業革命時から始まった児童労働とその禁止に見られるように、勉強するはずの時間を、わずかなお金に換えるために子どもを働かせるのは、残酷です。

 うちでは『学校は、働かないで勉強するために行くところ』というのが、昭和ヒトけたの両親の信念でした。父は、勤労学生として勉強を取り上げられて勤労奉仕に行きましたし、母は祖父が入院したため、学校から帰ってから牛のまぐさを切ったり、畑仕事をしていました。そんなわけで、両親は私がバイトをするのを嫌がりました。勉強できるときにしておけ、と。

 学校として、バイトを禁止しているのは、勉強に集中させるためです。
 母校で昔、朝礼の時に、生徒指導部長が「君らは良家の子女なんだから、バイトなんかしてはいけません」などと言うので「うちら、良家の子女ちゃう」と数名はボヤいていたものですが、実際のところ、母校では授業の進度が速くて、バイトなんかできそうにもありませんでした。でもバイトしていた人がいたから、朝礼での注意があったのですが。

 三ない運動は、運転免許を取らせない、(四輪や二輪を)買わせない、乗らせない、というものでした。
 しかし、大学入試の時、たまたま吉野の山奥から高校に通っていたという女子と話して、「原付かバイクがなかったら学校に行くことができないんだけど、冬は凍ってツルツル滑るから危ないねん」と聞きました。

 だから、ケースバイケースではあるので、学校によって、バイトと運転免許については校則も違い、柔軟な対応がなされていると思います。

 ただ、社会構造的に言うと、正社員がパートやバイトに置き換わっていった頃から、給料が上がらなくなり、正社員採用が減っていったのでした。
 今は少子化で人材不足で、採用は増えていますが、正規採用でも雇用条件が必ずしも良くないのは、パート・アルバイトが多い名残りではないかと思うのです。

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