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絵本紹介:絵本探求ゼミ4期①「父さんがかえる日まで」


1.絵本探求ゼミ4期スタート

事前課題はチームのみなさんに紹介したい翻訳絵本を持参すること。自己紹介と共に、なぜこの絵本を選んだかをお話することです。
好きな絵本、思い出のある絵本は数限りなくある。
その中で今日、今、このチームのみなさんにご紹介したい絵本はどれなのか。毎回悩みますが、選書は楽しい時間です。

2.今回紹介した絵本

『父さんがかえる日まで』(偕成社HP該当ページにリンクしています)
作:モーリス・センダック
訳:アーサー・ビナード
偕成社 2019年12月

そして以前出版されていた、同じ絵本で訳者と出版社が違うバージョン

『まどのそとのそのまたむこう』(福音館書店版は絶版です)
作:モーリス・センダック
訳:わき あやこ
福音館書店 1983年4月

 

上が偕成社版。下が福音館書店版。福音館書店・偕成社の著作権物利用の決まりに基づいて利用しています。


上、福音館書店版はカバーを取るとなんと赤い布貼りの贅沢仕様。
下、偕成社版はカバーを取っても同じ表紙が出てきます。

3.絵本についての考察と選書理由

(ものがたりについて)

この絵本はモーリス・センダック三部作といわれる、センダックの代表作のなかの1冊です。しかし『かいじゅうたちのいるところ』(冨山房)や『まよなかのだいどころ』(冨山房)に比べると一般的には知名度が低いと思われる。
 また内容も上記2冊から伝わってくる楽しさや軽やかさとは違う、不穏で不安になる要素や、意味がよくわからない部分が私にはあった。

もっと正直に言えばこの絵本が何を伝えたいのかもよくわからないと感じたのが本音です。ファンタジーではあるが、なぜ主人公の女の子アイダがここまで妹の世話の責任を負わされるのだろうかと思った。
船乗りの父親が航海に出るところから物語はスタート。父親の不在に、無表情な母親は遠くを見つめて明らかに無気力で子どもたちにも無関心。
 妹がゴブリンにさらわれてしまい、アイダが孤軍奮闘。とくいのうずまきホルンを手にゴブリンの住む世界へと出発します。
 
 結末はハッピーエンドではあり、母親もアイダの帰りを喜び肩に手をかけている様子もありますが、ずっと同じ場所に座ったまま。
 最後の父さんからの手紙には結局アイダにあかんぼうの世話を頼み、ママも大事にしてねと書いてあります。
そうではなくて、アイダを大事にして欲しいと思ったのが本音です。

 私がこの絵本に対して感じる反感に近い感情は、母親に対する苛立ちだと今回考えているうちに明確になった。自分自身の「母親」とはこうあるべきというバイアス、あるいはアイダを「私」として読み、そのような感情が呼び起こされるのかもしれません。

(絵について)

絵は美しく宗教画のような雰囲気だが、トーンは暗め。アイダのドレスやママのレインコート、ゴブリンたちや赤ちゃんが身にまとう様々な布の印影がとても美しく丁寧に描かれていると感じる。
 様々な場面で遠くに船が描かれている。船乗りの父親が見守っていることを意味しているように思える。
 現実とファンタジーの世界が入り混じる世界が、複雑な構図で描かれている。ゴブリンたちは顔の部分が真っ黒でフードがついたマントを深くかぶりとても不気味に描かれています。

(選書理由)

いつかこの2冊をじっくりと比較してみたい気持ちと、この絵本の不可解な部分について調べてみたい気持ちがありながらも今まで手をつけていませんでした。
 センダックは著名な作家でもあり参加される方もご興味があるかもと思ったこと、また絶版になっている福音館書店版もぜひみなさんに見ていただきたかったこと。
 そのような理由から、今回翻訳絵本について学ぶにあたり、この絵本がぴったりだと感じ選書しました。


4.アーサー・ビナードさんのインタビューから考えたこと

この本を翻訳したアーサー・ビナードさんの思いについて、偕成社のウェブマガジンに興味深い記事が載っています。

センダックの名作を新訳で! 『父さんがかえる日まで』 | Kaisei web | 偕成社のウェブマガジン (kaiseisha.co.jp)

下記のような記述がありました。

今回訳を手がけたアーサー・ビナードさんは、原書の“OUTSIDE OVER THERE”が刊行された当時、中学生でした。センダックが好きだったため、繰り返し読みながらも、本にこめられた意味については当時あまり意識していなかったといいます。しかし、数年にわたり今作の翻訳に取り組むなかで、「この絵本でセンダックは、『互いに向き合わない』ということに警鐘を鳴らしていたのでは?」と考えるようになり、今回の新しい訳文が誕生しました。

センダックの名作を新訳で! 『父さんがかえる日まで』 | Kaisei web | 偕成社のウェブマガジン (kaiseisha.co.jp)

この記事を読むと、この絵本の翻訳にあたり、アーサー・ビナードさんが自分の新しい解釈を根底に持って翻訳に反映させていることがわかります。


5. 講師竹内美紀さんの書籍からの気づき

 この絵本ゼミ講師、竹内美紀さんの書籍にちょうどそのようなことが書かれている部分があった。

竹内美紀 著『石井桃子の翻訳はなぜ子どもたちをひきつけるのか「声を訳す」文体の秘密』(ミネルヴァ書房該当ページにリンクしています)
ミネルヴァ書房 2014年4月

第38回日本児童文学学会奨励賞受賞

現在の翻訳論においては、訳者の翻訳姿勢に影響を与える主要因は2つと考えられている。ひとつは翻訳の客体となるテクスト、もうひとつは翻訳の主体となる訳者自身である。訳すテクストが違えば、訳し方は当然異なる。しかしだからといって原テクストが同じであれば誰が訳しても同じになるとは限らない。翻訳姿勢の決定要因は翻訳者の内部にも存在する

竹内美紀 著『石井桃子の翻訳はなぜ子どもたちをひきつけるのか「声を訳す」文体の秘密』
ミネルヴァ書房 2014年4月

このように、アーサー・ビナードさん自身の解釈や姿勢が大きく翻訳に影響を与えたことが翻訳論の捉え方としても理解できた。テクストが短い絵本の場合なおさら、根っこの部分をどう考えて、解釈して訳しているのかということを感じ取ることも、作品理解には重要なのかもしれない。

6.最後に

今回選書した絵本『父さんがかえる日』までについて、簡単な考察を書きましたが、テクストの比較まではできなかった。
まだまだ不明の部分も多く、参考図書が届き次第、作品についても、センダックについてもまた調べてみたいと思う。

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