【今日の物思い】「自分を大切にする」とは…
11/18/2022
今日とあるラジオ番組のお悩み相談を聞いていて、解答の中で「自分を大切にして」という言葉を耳にした。
今はだいぶその意味がわかるようになったのだが、私が自分を大切にできていない真っ最中だった頃は、人からそう言われたところで「は?意味わかんないんだけど…」と思っていて、聞く耳持たずにさらに突き進み、結果心身ともにボロボロになって行った。
例えば仕事でいうと、自分としては好きな業界で好きな仕事をしていると思っていたのだが、それゆえに抱えてること全てに妥協できない…みたいなことが起こっていた。そんなことをしてたらもちろんキャパオーバーになる。すると最初は好きでやっていたはずのことが、だんだん義務のようになっていった。
最初の職場で5年目くらいの頃だったか、初めて責任ある仕事を任されたというのもあり、売り上げを下げないために、サービス残業をめちゃくちゃ増やしたり、先方への差し入れやお礼なども自腹で出したりなど、なかなかの自己犠牲をかましていた。故に働いても働いても手取りの給料は生活ギリギリ、体力的にもギリギリといった有様。それでも自分が好きでやってるんだから…、会社の名前を使って好きな事をやらせてもらってるんだから…とただ遮二無二働きまくっていた。(その当時好きだった人とも上手く行っていなかったので、余計な事を考えないために常に忙しくしていたかったというのも一理ある。)
はたから見れば残業してないことになっているので、疲れてても休めないと思っていた。
そうやってがんじがらめにしていたのは私自身だったのだが、勝手に自分の首を絞めて勝手に壊れて行った。
ある日の夜、とある現場から会社に一旦戻る途中、最寄り駅の階段を降りる時に仕事帰りの同僚とすれ違い、気を取られた瞬間に足を踏み外し、左脚の脛で受けてしまった。疲れがだいぶ溜まっていた頃だった。幸い打撲で済んだが、私にとっては人生最大の大怪我だった。さすがに病院に行ったが、翌日も午後から出勤し、まだ「こんな状態でも仕事してる自分」に酔ってるところがあったと思う。だからこの時点ではまだ「自分を大切にする」ということに気づいていない。
エンタメ業界だがITに関連する仕事だったせいもあり、状況が変わるのがとても早かった。3年ほどで形態がガラリと変わるのがもう見えてきており、自分の仕事は真っ先になくなりそうな気がしていた。同時に恋愛方面でも、曖昧な関係がずっと続いていた相手に私のイライラが抑えきれない状態にもなっていた。
そんな時、パタリと動けなくなった。ベッドから起き上がれなくなった。
幸いアメリカに住んでいた経験から「鬱」や心療内科にかかることに対してさほど抵抗がなかったので、誰にも相談せずにとにかく病院に行った。「抑うつ症状」の診断書が出て、会社と相談し、(正確なことは忘れてしまったが確か)基本週2〜3回の出社、それ以上出られる時は行く…という感じで理解が得られたと思う。
それでも私はこれまで自分が築いてきたものを人に取られるのも嫌だったし、継続すべきことをストップさせることも出来なかったので、家にいても同僚にメールで指示を出し、最低限は回してもらうように頼んだりしていたので、会社に行ってないだけでちっとも休まっていなかったと思う。
そんな状態だったため、結局体調が良くなるどころか、週に何度か出社することさえ無理になった。そんな状況にさらにイライラも募り、上手く行っていなかった恋愛対象の相手とも盛大に揉めた。最悪なことにこの相手は仕事で関わっていた(ある意味取引先である)人物で、私に地雷を踏まれてキレた彼が私の上司にクレームの連絡を入れてきたらしかった(私は電話の内容は聞いていないが、相当な剣幕だったようだ…)。
私はその時すでに休職中で会社には行っていなかったが、直接社長に呼ばれ、会社を辞めざるを得なくなった。社長の計らいで解雇ではなく自主退職の形を取らせてもらえた。
もう正直どうでもよかった。実質会社をクビになったことをあれこれ考えるよりも、とにかく私は疲れていて、思考回路がバグっていた。どんな形であれ、半強制的に辞めることが決まって正直やっとホッとできたかもしれない。
辞めて改めて気づいたが、それまで血肉を注いできた仕事は、(デジタルコンテンツだったせいもあるが、)何一つ形として残っていない。結構頑張って会社で働いてたつもりなのに、何も残せず、誰からも感謝されることもなく、しまいには逆に迷惑をかけて解雇みたいな形で、仲の良かった同僚にも誰も会うこともなく、私は10年近く働いた初めての職場から消えるように退社した。しばらくしてデスク周りにあった私物の入った段ボールが1つ、自宅に送られてきただけだった。
なんとなく頭ではわかっていたことではあるが、「これまでやってきたことはいったいなんだったんだろう…私がやってきたことって結局誰からも求められてなかったのかもなぁ…」という思いを現実的に理解してしまい、完全に力が抜けてしまった。
そこから半年はなんとか貯金の範囲内でほぼ引きこもり生活をし、「抑うつ」を改善することに決めた。私は親とも上手く行ってなかったので、この事を話してまたヘタに発破をかけられたらもう生きていられないと思い、近所の実家にも「体調が悪いから…」と言って滅多に顔を出さず、詳しいことは話さずにそれとなくやり過ごしていた。
半年の休職期間を経て、リハビリがてら短期の派遣などからまた働きはじめ、3〜6ヶ月の派遣でも働けるようになり、再就職もしたりしたが、もうあの時のように血肉を注いでできる仕事には出会えなかった。結局、ある程度時間が経つとまたストレスで体調が悪くなる…を繰り返した。
この時点でもまだ本当に「自分を大切にする」ことの意味がわかっていなかった。
生活費のためにとにかく出来る仕事をやるだけ。派遣の時は月によっては生活費が足りず、平日フルタイムで会社に行き、週末は日雇いバイトで都内や県内の倉庫で早朝から仕分けや単純作業みたいなことをしに行ったりもしていた。
それでもまだ私はそんな追い込まれた"つらい"自分に酔っていたかもしれない。どんだけドMなんだと思うが(苦笑)、自分に自信がない私はそのくらい追い込んでやっとこの世での存在を許される…と思っていた。
まあ、その経験自体は悪いことばかりではなくて、日雇いバイトは特に自分がこれまで身を置いてきた環境では出会えないような人達と会話を交わしたりもして、視野が広がる経験だったようにも思う。
9年前、私の再就職が決まった1ヶ月後に父が急逝した。その2年後母が逝去。翌年実家を処分し、またその翌年実家から引き取った愛犬が逝き、私は5年前にすっかり1人になった。
ひとりっ子なので、数年の間に家族がみんな居なくなってしまったことになるが、手続きだなんだとやたらやることが多く、本当は悲しんだり何かしらのダメージを受けているはずの心をまた無視していた…。そのまま気持ちも麻痺していた。1人で家に居るとガクンと気が滅入る気がしたので、短期の派遣で働きに出たりもしていたが、最後の方はまた通うのがしんどくなった。気付かぬうちに疲れを溜め込んでいたのだと思う。
その派遣の仕事を終了したところで、働くのを辞めた。だが、1人で家に居ると今まで見て見ぬフリをしてきた色んなことと対峙しなければならなくなる。これもまたかなりストレスフルだった。仕事を辞めて休んでいるはずなのに、あちこち謎の体調不良が立て続けに起こった。2〜3週間原因不明の酷い下痢が続いたり、これまで出たことないレベルの全身酷い湿疹が1ヶ月ほど続いたり…(今となっては、何か体内の浄化作用が働いていたのかもしれないと思う)。さらにしばらくおさまっていた胆石発作が度々発症するようになっていたので、一昨年、意を決して胆のう摘出手術を受けた。
1泊ではあったが人生初の入院と全身麻酔手術でどっと疲れてしまい、それが引き金となってこれまでなんとか誤魔化しつつ生活していたパニック症が誤魔化せないレベルになってしまった。
退院後数日経った夜中、突然脳内が痺れたみたいになり、このまま死んでしまうのではないかというくらい急に具合が悪くなった。朝を待ってとにかく近所の当日診てもらえる心療内科を探し、瀕死の状態でクリニックに行った。処方された薬の副作用も酷くて、またしばらく外に出られなくなった。
幸い実家を処分してまとまったお金が入っていたので、もうこれはなにもかも全てをストップしてとにかく休むしかない…と思った。コロナ禍であったため、気兼ねなく1人になって引きこもることができたのは、私にとって気持ちの面では大変助かった。
2〜3年かけて心身ともに少しずつ回復に向かう最中、これまで直視することを避けてきた自分の生き方や心の在り方と初めて深くまでしっかり向き合えるようになってきた。
そうしたことをテーマにした自己啓発的な本やスピリチュアル系の本、引き寄せや量子力学の本、YouTube動画、ブログ…色々観て読んで、私はこれまでずっと自分のやりたいことをやっているつもりでいたけど、実際は自分を蔑ろにし続けていたのでは…?と少しずつ気付けるようになってきた。
「〜しなきゃいけない」を頭から取り除くことはだいぶできてきたように思う。何か辛いことをした代償にご褒美を得るみたいな考え方では、ただ単純に「楽しむ」ということが難しくなる。辛いことを経験しなければ楽しみが得られないとなると、私の場合は辛い方、辛い方へ身を投じて自滅してしまう。
辛いことをしなくても「楽しい」を感じていい、そこに罪悪感を感じなくていい…と、まだ完全にはその境地まで到達できていないのだが、それでも私はこの世で生きていいし、無償で「楽しい」「嬉しい」を受け取っていいんだと自分に許可する、というのは最近少しずつできてきているように思う。
小さい子供に言ってあげるように、「怖がらなくて大丈夫、何もしなくても幸せを感じて良いんだよ?」と自分自身にそう声をかけてあげる。おそらくこれが「自分を大切にする」ということの第1歩な気がする。
私はそれを理解するまでこんなに大変だったから、「自分を大切に…」って言葉は、なんかそんなにさらっと使って良い言葉に思えない。理解には段階が必要だし、人から何と言われようと周りは関係無い!と心に決めて、自分の内側の声に従うことは、最初はちょっと怖いから勇気も必要だ。
私もまだこのプロジェクトの途中で、自分が本当は何が好きで、何がしたいのか…という根本的なところにまだ辿り着けそうで辿り着けない…みたいなもどかしい所にいる。それでも生きるのは以前よりずいぶん楽になってきた感覚はある。
ちなみに今はパニック症も改善し、薬を飲まなくても混雑時を避ければ電車に乗って出かけられるようになったし、映画館や劇場、コンサートホールで推しの作品を堪能することもできるようになってきた。
これからも気負わず、その時その時の自分の気持ちになるべく丁寧に耳を傾け、できれば近いうちに(←焦るな。笑)自分のやりたいことを活き活きとやって行くような人生にしていきたいと思っている。
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