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自分の人生は誰のもの?

“貴方の人生なのだから自分の好きに生きていい”
きっと誰しもがそんなようなことを言われたことあるのではないでしょうか

 

貴方だけの人生、貴方がちゃんと歩めていますか?








思い返してみれば、私は自分の意思がわからなくなっていた。



収入が良いから、と看護師を目指すように幼い頃から言われていた。
物心つく頃には自分は看護師にしかなれないと思っていた。
看護師を目指すために15歳で介護士の資格を取り介護施設でアルバイトをし、看護師の近くで仕事をしていた。
高校選びは必然と看護学部のある大学が付属している高校が中心だった。

きっと何度か道を変えるチャンスがあったのだろう。
けれどもう自分が何になりたいのかわからなかった。看護師を目指してきたから、他を見てこなかったから、自分がなりたいと思うものがなかった。

結局看護学生になってしまった。
本当に自分がなりたいのかわからないまま…


小学生の頃、好きな人ができた。
幼稚園から一緒のあの子。
少し変わっていたけど、誰よりも優しくて誰よりも頑張り屋さんだった。
好きだと気づいたのは小学校4年生。
彼は自分の感情をコントロールすることが苦手だった。解けない算数の問題は解けるまで頑張りたいと粘る子で、チャイムが鳴ってもずっと机から離れなかった。先生に促されても動かなかった彼は、私の言葉には耳を傾けてくれて
「お昼の時間だからご飯食べてから一緒に解こう」
仕方ないなって顔をしながら頷いてくれて、彼が難しいと思うことがあるなら、私が支えたい。と思うようになり、私の苦手な“頑張ること”は彼が先頭になり一緒に乗り越えたいと思うようになった。
小学五年生の夏休み
私は彼に地元のお祭に誘われた。

帰り道
「好きです、付き合ってください」
「私で良ければ、よろしくお願いします!」

私達は初めての恋をした。

母親や幼馴染に紹介すると馬鹿にされた。
彼はいわゆる発達障害だった。
私はそんな彼を個性だと思い支えたいと願った。
彼の障害は私にとってなんの障害でもなかったのに。
散々ボロクソに言われた。
「あんな子を好きだなんて」
「だめよ、障害者を好きになっちゃ」
「障害って移るんじゃないの」
好きな人が貶されることは耐えられなかった。

私は私立の中学校に進学したから、そのまま自然消滅してしまったが大人になった今でも彼の事を好きだったことは馬鹿にされる。


いわゆる“思春期”と言われる頃、彼のことが好きだった自分や将来の夢が決まっている自分、他にも自分の選ぶ服をダサいと言われたことや好きだったアーティストを馬鹿にされたこと、たくさんのことを思い出し『自分が選ぶもの、好きになるものはすべて変なんだ』と解釈した。
世間が思う“普通”を調べまくり、個性を殺した。

私の人生は私のものだけど、私だけのものじゃない。
誰かの思考に支配されながら物事を捉えていく。
でも本当は、貴方の人生は貴方だけのもの。
貴方の好きは誰にも否定する権利はないし
好きなものを胸を張って好きでいれて、
ありのままの貴方を受け入れてくれる人が現れてくれることを願っています。

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