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生まれてきた理由

僕の生まれてきた意味はなんだろう。

朝、そんなことを考えながら街を歩いていた。

空を見上げれば、雲ひとつない雄大な青が広がっている。

南東の方角には眩いばかりの輝きを放つ太陽が、北の方角には遠くで飛行機が飛んでいる。

飛行機と重なるように、手前で2羽の小鳥が枯れた街路樹の枝の間で、戯れながら飛んでいた。

朝の暖かな日差しをかき消すほどの冷たい風に思わず背を丸めながら、舗装された硬い道を足早に進んだ。



この世界は一体何なのだろう。

この景色も、すれ違う人も、そして、僕自身も、どうしてここに存在するのだろう。

道の両脇に立ち並ぶ色形の違った建物、教会の壁に貼られた張り紙、二階のベランダで干された衣類、歩道と車道を区切るガードレール…

過去のどこかの地点に、誰かによって生み出され、誰かの手によって作られた物たちが、今僕の目の前で平然と鎮座している。

後ろからエンジン音のうなりとともに、車が近づいてくる気配を感じ、そそくさと道の端に寄って立ち止まった。

ドイツ製の白いセダンが僕の右肩をかすめそうなくらい近くを横切って、走り去っていった。

この景色もいつか完全に消える。

この無数の色で溢れた風景とサヨナラすることは、既に決められている事実なのだ。



どのようにしてこの世界ができたのだろう。

一体この世界は現実なのか、それとも僕が長い夢を見ているだけなのだろうか。

両目の網膜に映し出されている風景は、果たして実際の姿とどれだけ違っているのだろうか。

何一つとしてこの世界のことが分からないまま、その疑問符を頭の隅に追いやって、流れる時に身を委ねて生きている。

僕がこうして文字を打ち込んでいるiPhoneも1人の天才によって生み出され、その人はもう既にこの世にいない。



なぜ僕が生まれて、なぜ今もこうして生き続けているのか、この世界は一体何なのか、何一つとして分からないのに、唯一確かなこととして君臨していることが、死だ。

今僕は、死ぬことを前提に、息をしてご飯を食べて生きている。

死ぬという宿命を前に、人間は皆無力である。

この世界に何百年も生きている人が存在しないことから、生きとし生けるものは、いかなる理由があっても死んでしまう。

それなのに、どうして人々はその事実を知っていながら、尚も打ちひしがれることなく生きていられるのだろう。

全部、無駄になるのに。

お金も愛も知識も人気も思い出も、最後には全部リセットされるのに。

その訳は、死ぬという事実の他に、もう一つ事実に限りなく近い仮説を絶対的に信じているからだと思う。

その仮説を希望に、人々は死を前にしても、こうして勇敢に生き続けている。

その仮説とは、


「自分の死後もこの世界は残り続ける」


というものだ。


人が死んだ時、この世界はそんなことに目もくれず、何食わぬ顔で存在し続けている事実を僕は目の当たりにした。

まさしく、諸行無常である。

万物は、絶えず変化し、そして、続いていく。

僕が着ている服も、今歩いているこの道路も、ポケットに入ったボールペンも、全ては過去に作られたもの。

今、上空に広がっている澄んだ青空も、戦争で命をかけて戦った先代の人々が守り抜いたもの。

僕のこの身体も、先祖から受け継がれ、母が産んでくれたもの。

僕も、あなたも、ある日産まれ、生き、死にゆく。

その過程の中で、僕たちはそれぞれの城を建てる。

新しい物を発明する人もいれば、物を作る人もいて、新しい命を生み出す人や、未来に意志を託す人もいる。

一人一人大きさも形も色も異なる、人生という城を建てて、そして、その城を残してこの世界からいなくなる。



突然、轟音と共に冷たい風がコートの隙間から入り込んできて、思わず身震いしながらポケットに手を突っ込んだ。

道の向こうから腰の曲がった白髪のお婆さんが、シルバーカーを押しながらゆっくりと近づいてきた。

すれ違いざまに彼女の方を見ると、顔に刻まれた皺の数が、長い年月を生きた証を物語っていた。

僕は、このお婆さんが亡くなっても、何一つ悲しむことなく生きていくだろうし、彼女も僕が死んでも気づかずに生きていくだろう。

互いの人生が一瞬交わり、そして、遠く離れていく。

僕は、大きい城を築きたいと思った。

どこからでも見えるような大きな大きな城を建てたいと思った。


ごく当たり前のように迎えたこの朝を、僕はこんな考え事をしながら歩いていた。

喫茶店の窓に映る自分の姿を見て、これが自分なんだ、と思った。

容姿は所詮、仮の姿。

この世界で僕が実体として生きるための借り物。

死んだら灰になる、原子の集合体にすぎない。

窓の奥には、開店準備をいそいそと進めている店員の姿があった。

どうして生まれてきたのか、なんて考える余裕もなく人々は忙しなく今日を生きている。

だって、考えたって答えはないのだから。

誰もこの世界の不思議を教えてくれないから、僕たちは首をかしげながら、疑問に蓋をして生きるのだ。

角を曲がると、道の奥の方に、若い女性がベビーカーに乗る赤ん坊に話しかけながら進んでいるのが見えた。

その後ろで、ランドセルを背負った女の子2人が楽しそうに大きな声で会話をしながら歩いている。

その光景を見て、僕は生まれてきた理由が少しわかったような気がした。

訳もわからず受け取ったこの命のバトンを、訳も分からないままでいいから、ちゃんとこの子たちに受け渡す。

この短い一瞬の命を使って、世界の歪みを少し直し、未来に繋ぎ、託すのだ。

荒れた土地を耕し、苗を植え、そこから新たな実を実らせるように。

生きるって、素敵じゃないか。

後ろから忙しない足音とともに、慌てた様子でスーツ姿の男性が走ってきて、一目散に僕を追い抜いていった。

ああ、もうすぐ家に着く。







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