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再訪、岐阜県郡上市八幡町〜紅葉編。

11月の中旬、今年三度めの郡上八幡に行き、その後は中央道沿いに長野県の南部を寄り道しながら帰ってきました。この時期は狙い通り、どこへ行っても紅葉がオミゴト。それは紅葉の名所に限らず名も無い森でも、あらゆる広葉樹が紅や黄金色に染まっています。
また、古くからの紅葉の名所では、大勢の「団体さん」のようすを眺めながら、人それぞれの旅のあり方について考えることもできました。
ということで、まだ紅葉シーズンが終わる前に、ふと思ったことをまとめておきたいと思います。また長くなりそうなので二回に分けて、まずは郡上八幡編から。

水と踊りのテーマパークは、紅葉も美しかった。

地元の人からは「また来たの?」なんて笑われましたが、そうなのです。リピーター体質の僕としては、一度気に入った街のようすは四季折々見ておきたくなる。
この街は、なぜかクセになります。コンパクトな街の中に「水」と「踊り」が凝縮されていて、旅というよりもテーマパークに行くような気分。年に何度もディズニーランドやUSJに行く人がいるけれど、あの感じに近いのかもしれない。
到着は日没の時間帯。昼間は暑いくらいだったのに、暗くなるとともに、急に冷えてくる山の空気。先に晩ご飯かな、と思ったけれど、飲食店は9時くらいまで開いているというので、先に、ライトアップされた郡上八幡城まで登ってみました。

こんな景色を見ながらお城に登り始めます。途中の道は暗いので、懐中電灯を用意。
お城が青くライトアップされている理由は、世界糖尿病デーのキャンペーンだったから。
僕はあまりライトアップには賛成しない方だけど、紅葉のいろいろな表情を見ることができることだけは認識しました。青く見えるのは、木々に隠れたお城の光。

街に下りてみると、すっかり静まりかえっていました。まだ夜の7時前。郡上おどりのシーズンには続々と人が集まり、下駄の音で賑わっていた時間帯とは思えないほどです。これもまた季節感というものなのかな。
とは言え、街のあちこちから聞こえてくる水の音は相変わらず。これを独り占めできるというのは、けっこう贅沢なことかもしれない。

道が狭いにもかかわらず意外にクルマの通りが多いので、街を歩く人の多くは懐中電灯を手にしています。これはクルマから自分を視認させるためにも必須。
夜は静まりかえっているとは言え、街には「今日はどこに行こうかな?」と選べる程度の店はある。その日は地元料理の居酒屋で「鶏ちゃん」というソールフードの定食。野菜と鶏レバーの炒め物です。

多くの商店は閉まっているので、その夜は早めに鰻屋さんが経営する宿に引き返し、井戸水を沸かしたというお風呂につかる。このお湯が実に心地よいのです。何となく鰻になったような気分で眠り、明日の紅葉に備える。

城下町には禅寺があり、そこに庭があれば紅葉がある。

そして翌朝、「午前中の光がキレイですよ」と勧められていた慈恩禅寺へ。
日が昇ると、街の色が明らかに変わっていることがわかります。周りの山も所どころ黄葉していて、なんとまあ美しいこと。

慈恩禅寺に向かう途中、宮ヶ瀬橋から見る吉田川。こんなに紅葉するとは思っていなかった。夏の写真(下)と比べてみたくなりました。
これは7月の下旬。街はまさに郡上おどりでソワソワしていた頃です。

そして街の南側、新町通の奥へ、さらに奥の路地へと進むと、ほとんどの路地の突き当たりにお寺か神社がある。この小さな街にはお寺がとても多いので、大晦日の夜は除夜の鐘があちこちから聞こえてきて賑やからしい。ツウになると、どの鐘の音がどのお寺のものなのかわかるのだとか。

臨済宗妙心寺派。慈恩禅寺。1606年に開基。
禅寺の、キリッと冷えた空気が心地よし。写真で見ると静けさに包まれているようだけど、実は常時数10名の観光客がカメラを構えています。もちろん僕もそのひとり。
午前中がお勧め、と言われた理由はこれだったのです。畳に映る紅葉の影。紅くない紅葉。観光客の皆さんも、この畳の上だけは踏み込まないように気をつけていました。
お寺に行くと、こういう言葉に出会えるからいいですよね。荒了寛さん作のイラストと思われます。

朝の禅寺のシャキッとした空気で気分を整え、郡上八幡城へ登城します。この城にはクルマでも登れるけれど、紅葉の時期は混雑するので山頂の駐車場は閉鎖されています。しかし歩いても15分くらいで登れてしまうし、ちょうど良い運動になるので、この街に来ると、僕は一日に一度は登っています。

まさに”天守閣炎上”のオモムキ。とは言え、今年は昼間が暑すぎるらしく、モミジの葉は紅くならずに茶色くなっている、とは地元の人のお言葉。
混んでいそうなので、今回は天守には登らなかったけれど、本物の城主の末裔の方が、今ではたまに入り口で切符を切っているらしいです。

これほどユニークな街なのに、郡上八幡には宿泊施設が少ない。となれば必然的に、観光客は観光バスや自家用車でやって来ることになる。一般の交通機関だと乗り換えが多くなり、かつ市街地は郡上八幡の駅から離れているので、けっこう大変なのです。
お城の麓には広めのバスターミナルがあり、観光バスが絶え間なくやって来る。けれど、どのバスも滞在時間は一時間くらいなんですね。これだとお城に登って、写真を撮って、急いで下りてお土産物を選んでいたら終わってしまう。のんびり川の流れでも眺めて欲しいところだけど。

一方の自家用車。こればっかりは駐車場のキャパで決まります。
小さな街なので駐車場が少なく、昼には臨時の駐車場を含め、どこも満車になっていました。しかも道は狭く(だから風情があるのですが)、今どきのクルマは大きいので、家族連れと思われるミニバンやSUVがあちこちですれ違えなくなって渋滞を起こしていました。これは郡上に限ったことではないけれど、出かける先の駐車場情報は調べておかないと、クルマを停めるだけで数時間かかってしまいますね。少なくとも午前中の早い時間に街に入らないと。

出かけた先の、街の歴史も調べてみる。

せっかく出向いた街であり、しかもその街が気に入ったのであれば、僕は必ずその街の歴史博物館的な施設に寄るようにしています。展示を眺めるだけでも街の概要はつかめるけれど、博物館にはその街の歴史や文化をまとめた書籍や資料が売られていることは多く、帰った後でそれを読むのが楽しみだったりします。
博物館が無ければ、地元の本屋さんを覗くのも手です。そこには地元の出版社による地誌があったりして、けっこう楽しい。それを繰り返しているうちに、何となく個人としての旅の流儀ができあがってきます。自分はよその街の何が好きで、何を見たくて、なぜ旅に出るのか。それがわかれば、もう一生退屈しません。
そして郡上八幡の場合には博物館もあるけれど、何と、街の歴史の生き字引のようなお母さんがいて、そんな人が喫茶店を経営しているから楽しいのです。

旅先で読んでおきたいのは、こういうタイプの本ですね。この街の地域おこしの歴史についても書かれていて興味深い。この店で売られていたので、思わず購入。そして、さすが東海地方。小倉トーストが美味しいのです。
この喫茶店は、蔵書の数もかなりのもの。郷土史などを読みふけっていたら、お母さんがいろいろな本を薦めてくれて、しかも話が止まらなくなってしまったので、コーヒーを3杯もおかわりしてしまった。

そして喫茶店を後にした郡上での最終日、地元の友人たちが大滝鍾乳洞の『古代焼き』で見送ってくれました。いわば豚肉と野菜の鉄板焼きなのだけど、このタレが絶妙で、これもまた禁断症状が現れそうな味。
普通、こういう観光スポットには美味しいレストランなんて期待できないものだけど、こういう山奥のスポットに、こういう店があるというのも驚きなのでした。

あの美しい郡上八幡の水が、どのように作られているのかを学ぶにはとても貴重な観光スポット。街なかからはクルマで30分ほど。カーブの多い山道にはご注意ください。
『古代焼き』の店は、大滝鍾乳洞に併設された釣り堀の向かいにあります。
これが古代焼き。きれいな水に育てられる『郡上米』の新米とともに。

そして友人たちと別れ、美しい郡上八幡の駅を眺めてから、郡上を後にしました。ここから東海北陸道、東海環状道路と経由して、中央道に分け入ります。僕は日本中、クルマでどこにでも行ってしまうけれど、なぜか中央道の名古屋〜諏訪の間は走ったことが無かったのです。
そしてそこで見たものは、古くから観光で栄えた地域の、それはオミゴトな紅葉でした。予告で一枚だけ貼っておきましょう。そしてもちろん、郡上八幡の駅も。

途中で寄り道した天竜峡。そろそろ紅葉の見頃も終わると思うので、今のうちに貼っておきます。
「日本一、夏休みが似合う駅」、郡上八幡駅もすっかり秋の風情なのでした。










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