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今年もやっぱり山梨の桜 心頭滅却 恵林寺の桜 20.04.03 11:30

大善寺から恵林寺へ移動した。ここまで全て甲州市内の出来事。
甲斐国の国府は今の笛吹市に有ったらしい。上国とはいえ国府でもない甲州市になぜこれほどまで寺院が集中したのか?山ぎわの土地柄が良かったのあろうか?当然ながら、私にはわからない。

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恵林寺は鎌倉時代に甲斐国の国守だった二階堂氏が夢窓国師を招き開山したのが始まりの寺。円覚寺派に属し関東準十刹の社格は甲斐では特別。甲斐武田氏の菩提寺ですから。

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広大な境内の恵林寺。
ホントならこの時期、墓がある信玄公祭りだかなんだかが開催されているはずなのにコロナ禍で中止に。武田信玄もコロナには勝てず。生きていたときからいざという時の病には弱いみたいだ。
長い参道には所狭しと並ぶはずだった屋台の姿がこれっぽっちも見当たらない。

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織田信長に責められて 快川が押し込められ火を放たれた心頭滅却すれば火もまた涼しの山門も桜に埋もれている。
心頭なんていくら滅却しようが桜はやっぱり美しい。
信長の焼き討ちは1576年の4月3日だったらしい。もっとも旧暦だろうから、新暦に直すと4月25日か?塩山の桜の季節には少し早いか、もっとも武田の時代では桜も植えられていまい。染井吉野は発見前だ。残念な中で快川は業火に倒れたのだろうなぁ。長いものに巻かれないところが流石高僧だけれども。

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春爛漫の桜の下、いつもなら信玄まつりの頃の参拝となるので、屋台を冷やかしたり出し物を見たりしているとあっという間に時間がすぎるのだが、こう何もない時期に来るといくら桜に見とれていると言ってもそこはたかが知れている。珍しく境内の見学をしてみた。
何時の頃からかなぁ、ここ2,3年前から、信玄の墓の参拝が月命日にしかできなくなっている。信玄の命日に合わせて恵林寺に来るなんてなかなかないので、墓参りができないのなら金払ってまで堂宇の中を見なくてもいいかみたいな心持ちでここのところ内部の見学をしていないので、年々ぶりだろう?今日も信玄の月命日ではないので墓参はできないのだが。

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墓の参拝ができないどころか、いつの間にやら鶯張りの廊下も、不動明王も撮影禁止。信玄の墓だけではなく、柳沢吉保の墓へも寄れない。何だそりゃ。結局夢窓国師の作庭と言われる恵林寺庭園ぐらいが見どころか。かなり悲しい。悲しいけれども仕方がない。恵林寺はただで境内の桜を見に来る場所となってしまった。

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時々吹く風にチラリほらりと桜の花が舞ったりするが、まだまだ散るには早い感じ。
今まさに満開の桜を愛でて、今日は終わりにしておきます。

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見事なほどに桜は咲くのに。それを見に来る人の数は驚くほど少ない。
この後、4月19日に山梨県知事が出した新型コロナの緊急事態処置に従い恵林寺は閉門となった。ぎりぎり滑り込めたことが良かったことか悪かったのか?






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