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X100V - Ever Lasting.

少し前に、X-Pro3を買った。でも、結論から言うと売り払ってしまった。

X-Pro3には外装にチタンが採用されている。軽量で強靭で、長く使用されることを想定されたこのカメラにはうってつけだ。でも、その素材自体は問題ではないかもしれないけれど、先代のX-Pro2に比べて、このカメラは造り込みの甘さが、少なくとも自分の使う個体では目立った。カメラを握った時に、外装のチタン部分がたわむのだ。ここが些細かもしれないけれど、使う上でとても気になった。強靭なカメラなはずなのに、どこか心許ない。握るたびに、「ギシッ」とか「パキッ」という音が、ボディのどこかしらから聞こえてくるのも気になった。我慢すればいいとか、使い続ければいずれ慣れるだろうとも思っていた。でも、長く使おうと思っていたカメラが使う度にたわんだり、そういう音が聞こえてくるのが、個人的には我慢できなかった。結局、残念というか、無念というか、泣く泣くお別れをしてしまった。

さて、X-Pro3で出来た隙間を、どのカメラが埋めてくれようか。

X-Pro2も素晴らしいカメラだ。でも、そろそろ新しい刺激も欲しい。そんなこと思いながら、自宅と仕事場の往復の間に、カメラ屋が加わる日々が続いた。
そんな日々が1週間ほど続き、やっと「その」カメラに出会った。

X100Vだ。

FUJIFILM Xシリーズの原点とも言えるX100。その5代目にあたるモデルだ。

これまでも、X100シリーズの存在は何度も意識してきた。でも、レンズが交換できないとか、防滴防塵出ないとか、いろんな理由があって手を出してこなかった。

でも、今回から防滴防塵が機能として加わった。撮影をする上で障害となる点は、すべて取り払われた。

もうひとつ。最近は換算35mmの焦点距離を使うことが多くなり、レンズ交換式カメラなのに、一つのレンズをずっと着けて使うことが多くなった。そういうわけで、一つのレンズで、一つの画角で、どう工夫して旅先で写真を撮れるか、むしろそっちの方が荷物も減って、いろんな味方で写真を撮れるチャンスが増えるのではないか、そう思うようになった。
ちょっとチャレンジかもしれないけれど、そういう訳で、ずっと静かに憧れていたカメラ、X100Vを迎え入れた。

トップから全面にかけての、エッジの立った直角的なデザインが、これまでのどんなX100にも、そして他のどんなXシリーズのカメラにも似ていない。このカメラオリジナルの要素が、持っていて嬉しい気持ちにさせてくれる。アルミのひんやりした感触も、寒くなってきた今、妙に心地いい。季節は12月。寒くなってキンとした澄んだ空気は、寝不足でも外に出て、写真を撮ろうという気持ちにさせてくれる。早くどこかに一緒に旅に出たくて、仕事中も気が気で無かった。カメラが原因で旅に出ようという気持ちになったのは、X-Pro2を手にした2016年のあの頃に感じた、久しい気持ちだ。

しかし、こういうご時世で、どこでも行っていいという訳ではない。密を避け、まだ訪れたことのない場所を探していた時、福岡までの航空券が往復1万円ということを知った。行くしかない、そう思う前に、自分の指は、無意識に予約のボタンを押していた。1泊2日の弾丸旅行だけど、往復1万円なら気楽に行けてしまうのが嬉しい。九州の、人気のないどこか綺麗なところへ行こう、そう思った。

さあ、出発だ。

九州の地に降り立ったのは6年ぶり。大学に入る前、鹿児島の遠い親戚に会いに行った時以来だ。前回は九州の右も左もわからず、列車旅もあまり出来なかったけれど、今ならそれなりに知識もある。あとは、自分自身で列車に乗って、いろんな景色を見て、写真を撮ろう。そう思い、福岡空港から地下鉄で5分、博多駅。写真と映像でしか見たことのない列車に乗れると思うと、心が躍る。

まずは鹿児島本線で35分、鳥栖駅に向かった。鳥栖駅は古くから鉄道の要衝で、長崎本線がここを起点に分岐する。国鉄時代から続く、レトロな駅舎やプラットホーム、立ち食いうどん屋が鉄道マニアにとって魅力的。いつかは行ってみたいと思っていた駅だ。

鉄道は公共交通機関。みんなのもの。常に時代に合わせて、設備が新しくされることが多い。特にJRのような大規模な会社では、更新工事が毎日どこかしらで行われている。しかし、この鳥栖駅が違う。いい意味でノスタルジーな雰囲気が残っていて、すこしタイムスリップしたような気持ちにさせてくれる。鉄道を含めて、何かが日々変わっていくのは世の常。だけど、可能な限り残っていて欲しい、そう思わざるを得ないものも確かに存在する。鳥栖駅こそ、そんなものの一つだと、ここに足を運んでそう感じた。

ちなみに今回の旅ではほとんど新しいフイルムシミュレーション「クラシックネガ」をベースにしたカスタム設定を使用して撮影している。SUPERIA PREMIUM 400を思わせる暖色系の色がとても気に入っている。

鳥栖駅を後にした後は九州新幹線、鹿児島本線を経由し、八代まで向かった。

八代〜川内間。今回の旅のメインとしていた区間に突入する。ここは、2004年まで鹿児島本線として運行されていたこの路線は、九州新幹線の開業により、自治体と民間企業の出資により設立された「肥薩おれんじ鉄道」によって引き続き運行されている。特急はすべて新幹線に移行し、普通列車と一部観光列車だけになったこの路線だが、JR時代を知る社員さんからすれば「何も変わっていない」らしい。むしろ、普通列車の本数が増えて、地元の方からすれば改善されたようだ。都市間輸送から地域密着型の路線として生まれ変わったこの路線は、海沿いを走る眺めの良い区間を走る。2018年公開の映画「かぞくいろ」の舞台ともなったことは記憶に新しい。

海の見える駅、上田浦駅に向かう。

突然車窓に海が現れると、自分も、地元の人も、一斉に窓の外を眺める。海は誰にとっても、たとえ見慣れた風景であっても、どこか特別な風景なのだと感じる。

本当に静かな駅だ。海の反対側には小高い山がそびえ立ち、その隙間に何件かの民家が立ち並んでいる。

時間は夕刻直前。周りには自分だけ。こんなに綺麗な風景を独り占めでしてしまって良いのだろうか。そう思いつつ、琴線に触れては、無心でシャッターを切り続けていた。

もともと静かな田舎で生まれ育ったからか、この海沿いの静けさが新しくも、どこか懐かしい。都内で働き詰めていると、音を立てずに心がだんだんと疲弊してくる。時折、無性にこういうところへ逃げるように旅に出たくなる。今回は新しいカメラとどこかに行く、という名目だが、もしかしたら、心のどこかでこういう静かな環境に逃げたかったのかもしれない。

先述の通り、X100Vはレンズの交換ができない。デジタルクロップを利用して50mm、75mmの画角にすることもできるが、基本的には35mmの画角一本勝負となる。しかし、旅の道中、不便を感じたことは一切なかった。当然、距離的に遠くて撮影を断念したものもある。ただ、撮れないものは撮れない。そう割り切る。ああ、このレンズを持っていれば、着けていれば…そう後悔することこともない。レンズを交換する手間も省ける。このカメラは、自分自身の旅のあり方もコーディネートしてくれる。あくまでも自分の眼の延長。しっかりとした存在感があり、でも飾りすぎることもない。旅においてこのカメラとの関係性は、とにかく心地いい。

以前にどこかの記事で、写真家の内田ユキオ氏は、「カメラ選びは、靴選びによく似ている」と仰っていたこと以来、その言葉を、一つの指標としている、性能云々じゃなくて、重さ、デザイン、しっかりとした造りの良さ、適度な性能。トータルでちょうどいいバランスの、ずっと手にしていたくなるようなカメラ。

X-Pro2に続いて、長く歩き続けられる靴を、やっと見つけた。

このカメラとの、X100Vとの旅は、まだまだ始まったばかりだ。未だ見ぬ明日も、未だ見ぬ景色も、よく見るけど大好きな景色も、このカメラで撮り続けていきたい。

季節は冬。乾燥肌が少し辛いけれど、空気が澄んで、光がいつもより一層美しくなる。地元の山形を含め、北の方では雪が辺りを覆い、景色を一変させてくれる。寒くても、カメラがまた、自分を外に連れ出してくれる季節だ。

この冬は、X100Vと、どんな景色を見れるのだろうか。

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