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雪を見に、上越国境を目指した。

12月も終わりに近づいた頃、ふと、雪を見たくなった。

年末に実家に帰るんだから別にそれを待ってもいいじゃん、と言われそう。でも、個人的に雪が最も似合う町、というのは、群馬県から新潟県にかけての県境区間、通称「上越国境」だ。かの有名な川端康成の小説「雪国」の冒頭にも、それは登場する。群馬県の温泉街である水上を過ぎ、国境の長いトンネル、清水トンネルを抜けると、何から何まで真っ白な景色がお出迎えする。一度この経験をしたら、強烈に記憶に残る。毎年雪が降ると、地元の雪景色よりも真っ先にそれを思い出す。川端康成のファンではないし、縁もゆかりもない町だ。それでも、この感動をまた味わいに、またここへ来たくなるのだ。何もない休日の午後、さっと新幹線に飛び乗って越後湯沢を目指すことにした。

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この時期、関東はとても天気がいい。雨や曇りなど、あまり天気が悪くなるというイメージがない。でも、雪国生まれの人からすると、関東がこんな感じの天気だと、東北や北陸は決まって雪が降っている…そういう勘が働く。

移動手段は在来線から新幹線の時代になったけれど、国境の長いトンネルは今も健在だ。上毛高原駅を通過すると、列車は程なくして大清水トンネルに入る。全長20kmを超える長大トンネルだ。時間にして大体15分くらいか、暗闇は立った視界は一気に真っ白くなり、大体の予想通りだけど、やっぱり感動してしまう。列車はすぐに越後湯沢駅に滑り込む。トンネルを抜けてからホームに滑り込むまでのわずかな時間で、窓の外に釘付けになる。

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越後湯沢駅に着いたら、降りて少しだけ駅前を歩いてみる。件の影響もあって例年通りのお客さんの数はいないけれど、それでも雪を被った山々やスキー場、温泉宿はいつもと変わらない。やっぱり美しい。

束の間の散歩に満足したら、駅へ戻って在来線で千葉へ引き返す。列車に乗って上越国境の雪を見るのがメインの目的だから、越後湯沢は今回の目的ではない。あくまでも中継地点。在来線で少し南へ行ったあたり、そこが今回の小旅行の要だ。

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在来線ホームに向かってみると、運行に支障のないところや使わないホームのスペースに大量の雪がお出迎え。やっぱりすごい。駅のホームに雪が積もるだけで、何でこんなに味わい深い旅情あふれる雰囲気になるのだろうか。列車が来るまでの間、夢中でシャッターを切り続けていた。

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長岡からやって来た普通列車に乗って、越後中里駅を目指す。新潟地区の主力車両、E129系も随分と馴染みのある顔になった。

越後中里駅は、越後中里スノーリゾートの最寄り駅。越後湯沢近辺では一番南側にあるスキー場だ。スキー場の麓には、引退した旧型客車十数両が繋がった状態で、スキー客の休憩所として使われていることでも知られている。今回はスキーをしに行ったわけではなく、しかも日没後なのでその姿を観察できないのが少々残念。

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2面3線の結構立派な設備を持つ駅だ。けれど、駅自体は閑散としている。県境付近の利用者は他に比べれば少ないのが現状なので、特に不思議なことではない。そんな雰囲気を雪が一層もの寂しげなものにしている。雪は周囲の騒音を吸収する性質があるそうで、雪が降りしきる日は物音が本当に小さくなる。地方であれば、本当に「無音」に近いと言っても過言ではない。誰もおらず、音もしない。周りにいるのは自分だけ。そんな一抹の不安が旅情を掻き立てる。一人になる程、マイノリティになる程、余所者になる程、そして景色が新鮮である程、感受性のアンテナが伸びる。シャッターボタンにかかる指が、幾度となく反応し、力が入る。

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降り頻る雪がだんだん強くなってきた。帽子もカメラも雪に濡れ、手袋越しでもだんだんと冷たさを感じるようになってきた。それでも、誰もいない雪の駅を独り占め出来ることが何よりも嬉しい。撮りたいと思ったままにシャッターを切り続けていれば、1時間なんてあっという間に過ぎる。よく、感情が豊かな人とか感受性が強い人は生き辛いとか言われるけれど、自分はそうは思わない。普通の人が素通りするような場所でも、立ち止まって写真を撮ったり、物思いに耽ることができる。旅においては、そういう道中の積み重ねが自分だけの、何よりの思い出になる。これからもこういう駅探訪は続けて行きたいし、感受性が豊かだと言われてきた自分を誇りに思いたい。

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楽しい旅の時間は、あっという間に過ぎるようで。さあ、帰ろう。

途中、土樽、土合、湯檜曽に止まり、列車は水上へと向かう。駅と駅の間が信じられないくらい長く、普段総武線で通勤しているとその長さは永遠みたいだ。

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水上で高崎行きの列車に乗り換える。かつて首都圏で活躍していた211系。東京や上野によく顔を出していた頃はあまり雪の中を走らなかったかもしれないが、前面にスノープラウ(雪かき)をつけたその顔つきはなんとも頼もしい。雪の降る群馬県北の顔として相応しく思う。発車の時、ガクンという、少し前の車両独特の揺れとともに、水上を後にした。

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高崎。もはやここまでくると帰って来たも同然。雪はすっかり無くなったものの、上州名物の乾いた冷たい風が、ホームを駆け抜ける。反対ホームに止まっていた高崎線上野行きに乗り換えて、帰路へと就いた。

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思い立って家を出てから、半日も経たないうちに帰宅した。とてもそうとは思えないくらい濃い時間を過ごしたと思う。逆に言えば、半日さえあれば雪に降る地で、首都圏の喧騒から離れることが出来る。本当にいい時代になった。時代は変わって、より速く、より便利に旅が出来るようになった。でも、かつての旅人や文豪が感じた、この国の土地や季節が魅せる豊かな表情は、いつになっても変わらない。きっとまた近いうちに、雪を、旅情を求めて、来た列車に飛び乗る。そして、暗闇を抜けた先で、こう呟くのだろう。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

と。

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