本を買うのを一年先に延期した

　ひょんな事から、急に東京へ行く用事が出来た。

　私の住む場所から、東京までは遠い。電車を乗り継いで、大きな駅に出て、新幹線に乗って……。でも、かなり頑張れば、何とか日帰り出来なくはない。

　少し大きめの出費があったばかりだった。このところ忙しくしていたので、かなり疲れも溜まっている。帰宅が午前零時を回ったとしても、どこかに泊まるよりは、家の布団で眠りたい。

　日帰りで帰るつもりで支度をして、家を出た。

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　東京近郊には何人か友達がいる。だけど用事が終わる時間が読めないし、日帰りとなると、会う時間を取れない可能性が高かった。会いたい人たちの顔が浮かぶ。声をかけてみようかなあ。でも、今回は、難しいよなあ。

　そんなことを思いながら、行きの新幹線で、SNSをチェックして、そして気がついてしまった。

　今！　キャラメルボックスが公演中だ！

　あああ、どうして、日帰りにしちゃったんだろう！　東京に行くと決まった時に、ちゃんと公演をチェックしていたら、最初から泊まりにして、明日の公演を観に行ったのに！　友達にもちゃんと声をかけて、会う時間を作ったのに！

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　キャラメルボックスの大ファンだ。サポーターズクラブにも、二十年以上在籍している。

　けれど、東京在住ではないから、公演全てを観に行くのは、なかなか難しい。多くても年に一本、頻度が空くと、数年に一本のペースでしか、観に行く事は無い。

　今年の春、七年前に観る事が出来なかった芝居の再演を、観に行ったばかりだった。だから、次に観られるのは、来年以降。勝手にそんな風に思っていたのだ。

　あーあ。せっかくのチャンスなのに、惜しかったな。たまたま東京に行く時に、キャラメルボックスが公演中だなんて、そんな事、そうそうある事では無いのに。

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　……待って。

　惜しかった、だなんて、何故、勝手にそんな風に思っているのだろう。

　そう。今から宿泊を取ればいいだけの話。明日は何も用事が無い。

　日帰りの支度しかしていない？　そんなのは、どうにでもなる。行先は東京だ。お店もほとんど無いような山の中に行く訳ではない。

　少し大きめの出費があったばかりなのは確かだ。体力的にも少々辛い。

　でも、たまたま東京に行く時に、キャラメルボックスが公演中だなんて、そんな事、そうそうある事では無い。

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　劇場の中に入り、客席の空気を吸い込んだら、それだけでわくわくした。

　観に来るつもりが無かったから、何の前情報も入れていない。どんな話なのかも、どの役者さんが出演するのかも、全く知らない。

　でも、キャラメルボックスだ。絶対に外れは無い。

　演目は「エンジェルボール」というタイトルだった。原作は、飛騨俊吾さんの小説で、全四巻の物語だという事だ。

　今回の作品は、原作の一巻から二巻にあたる部分だそうだ。芝居を観て、登場人物のその後を知りたくなった人は、小説を読んでみて下さいね、という仕組みになっているらしい。

　飛騨俊吾さんという作家さんを、不勉強にして存じ上げない。でも、キャラメルボックスが作品にするからには、小説も面白いに違いない。

　前説が終わり、灯りが落ちた。物語に包まれる時間が始まった。

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　物語は、あれっ！　ここで終わるの？　というところで終わった。

　でも、そこも良かった。ラストシーンが美しくて。

　登場人物のその後は、明示されないけれど、誰がどうなっていくのか、何がどうなっていくのか、全部想像できる。そこには、悲しみも、痛みも、含まれている予感がある。だけど、喜びと、ときめきと、幸せが、それを凌駕する予感がある。

　涙したシーンは幾つもある。一番ぐっと来てしまったのは、とある登場人物が、自分の本当の望みを、初めて口にするシーン。

　彼は、内側に抱えていたコンプレックスと憧れを、初めて自分の外側に開示して、それでも憧れに向かいたいと、きちんと決意する。その決意を、彼の大切な人たちが後押しする。彼が一番聞きたかった言葉で。

　それを見られただけでも、予定を変更して、一日滞在を延ばした甲斐があった。

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　ロビーで原作本の販売があった。迷ったけれど、荷物を重くしたくなくて、地元の書店で買う事に決めて、その場を離れた。

　帰宅して程無く、来夏、続編の上演が決定したと発表があった。

　本を買うのを、一年先に延期した。来夏の公演を必ず観に行く事も決めた。今度はきちんと予定を立てて。

　不器用で一生懸命な、あの素敵な人たちに、来夏再会できるのを、今からとても楽しみにしている。

　東京公演は千秋楽を迎えました。あとは、京都公演の千秋楽（7/22(日)13時開演）と、広島公演（7/25(水)19時開演）を残すばかりです。今、思い立っても、観に行ける方は少ないかもしれません。特に、広島公演は、観に行ける状況に無い方もいらっしゃる事でしょう。でも、急遽思い立って、行ってみようと思う方には、ご覧になって損は無いですよ、と、お伝えしたいです。公演の情報を載せておきます。 http://www.caramelbox.com/stage/angel-ball/