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呑んだり呑まなかったりする人の話

「え? 清水さん、お酒呑むんですか?」

 日本酒を頼んだら、同僚に驚かれた。無理もない。職場の宴席では、ずっと、「呑めない人」で通していたから。

 今回もお酒を頼むつもりはなかった。だけど、いかにも日本酒に合いそうな料理ばかりが出て来たので、ふと、気まぐれを起こしてしまった。

「清水さん、乾杯の時、ノンアルにしていましたよね?」

「ああ、私、お腹空いている時にアルコールを入れると、すぐに回っちゃうので、空腹時には、あまり呑まない事にしてるんです。お酒は、ある程度、何か食べてからじゃないと」

「でも、日本酒頼むところなんて、初めて見ましたよ。実はいける口だったんですか?」

「いける口って程では無いですけど、お酒、嫌いでは無いですよ」

「ええっ! そうなんですか」

「あ、でも、量は呑めないんですよね」

「そうでしたか。でも、全然呑めないんだと思ってました」

 そうですね。呑めない振りをしていましたからね。心の中だけでそう言って、曖昧に笑った。

 呑めない振りをしていた理由を、積極的に話したくはないから。

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「日本酒以外だと、何を呑むんですか?」

 私が日本酒を頼んだ事によほど驚いたのか、同僚は、興味深そうに質問を重ねてきた。

「うーん……そうですね……。お酒の味の違いがそんなに分かる訳じゃないので、特別にこだわりは無いですよ。あ、でも、甘いお酒は苦手です」

「おや、これは、実は結構呑めるんですね?」

 同僚は、からかうような口調になった。

 ああ、甘いお酒が苦手と伝えると、どうしてお酒が強いと誤解されてしまうのか。少々面倒な展開かもしれない。やはりお酒を頼むべきでは無かったかな。

「そうだったらいいんですけどね、残念ながら、本当にあまり沢山は呑めないんですよ。甘いお酒が苦手なのは、気持ちが悪くなる事が多いので」

「あ、そうなんですか」

 笑顔でそう話をしたら、同僚は少し拍子抜けしたようだった。お酒を無理に勧めてくるようなタイプではないと、思ってはいたけれど、拍子抜けしてくれた事に、やはり少しほっとした。

 そこへ日本酒が運ばれてきた。日本酒を口にしながら、私は、話題をどうやって逸らそうかな、と、考えていた。

 そんな事を考え始めてしまうと、何を話したらいいのか、ますます分からなくなってしまう癖に。

 ---★---

「清水さん、次の飲み物はどうしますか?」

 他の人たちが話をするのを、口数少なく聞きながら、お酒を空けた私に、同僚が尋ねてきた。

「そうですね……芋焼酎のお湯割りにします。薄目で」

「清水さんがこんなに呑むのを、初めて見ましたよ」

 あ、しまった。二杯目でこんな事を言われちゃうのか。ソフトドリンクにすれば良かったな。もう、お酒はこれだけにしておこう。

 と、心の中で思いながら、やはり曖昧に笑ってみる。

「普段、家で呑んだりするんですか?」

「まあ、夫がお酒大好きな人なので、それに付き合って、適当に」

「そうなんですね! なんで外では呑まないんですか?」

 ああ、やっぱり、その質問が来ちゃうか。これは、笑ってごまかすのが難しいなあ。どうしようかなあ。

 頭の隅で思ったのは、一瞬だった。でも、お酒のせいだろうか。ふと、そんな事を考える事自体が、面倒になった。正直になりたくなった。

「これ、あまり言ってこなかったんですけど、すごく正直に言うとですね、私、ずっと、子どもが欲しかったから、なんですよね」

 同僚は黙った。

 ---★---

「子どもが欲しいなって思っていると、お酒を呑む訳にいかないな、っていう時期もあれば、あ、お酒を呑んでも大丈夫になってしまったな、っていう時期もあると思うんです」

 あ、私、笑ってる。笑ってこんな事を言えるようになったんだ。

「でも、そういう事って、表明しにくいと言うか、出来ればしたくないと言うか……。表明された側だって、困るだけですもんね」

 同僚は黙ったまま、真面目な顔をした。

「そうすると、呑めない人って言う事にしちゃって、外では呑まないのが、いちばん簡単なんですよ。言わないだけで、多分そういう人、それなりに多いんだと思います」

 だからね。お酒を呑まない人や、お酒を呑んだり呑まなかったりする人には、あまり理由を深く突っ込まない方が、無難ですよ。特に、女性にはね。

 心の中だけで、そうつぶやきながら、私は笑顔で同僚を見た。

「なるほど」

「まあでも、この年齢ですし、何となくどこかで、吹っ切れちゃって。もう、呑みたい時は、呑んじゃおうかなあって」

「そうでしたか」

 私が笑っているせいだろうか、同僚も少し表情を緩めた。

 ---★---

 自分で自分に少し驚いた。

 少し前までは、職場の宴席で、こんな事は言えなかった筈だ。

 こんな事を言えたのは、四十代の終わりという年齢が理由かもしれないし、四半世紀という勤続年数が理由なのかもしれない。

 ご縁があって、ここ一年くらいで、様々な出会いがあり、新しい友人が増えた。新しい友人はオープンな人達が多く、私は彼らが眩しい。きっとその影響もあるのだろう。

 もしかしたら、noteのお陰もあるような気もしている。

 書き続ける事で、随分と自分を開く事が出来るようになったと思うから。

 ---★---

「清水さん、また行きましょう!」

 宴席が終わり、お疲れ様ですと、挨拶をしたら、同僚が声を掛けてきた。

 単なる社交辞令であっても、そんな言葉をもらった事に驚いた。あんなに率直に、言いたい事を言ってしまったのに。

「ああ、是非、こちらこそよろしくお願いしますね!」

 驚きながら、私も、にこやかに言葉を返した。

 私の言葉も、社交辞令では無いとは言わない。でも、全然本音では無い、と言う訳でもない。

 自分を開くと、開いた分だけ、世界は住みやすくなるのかもしれない。

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