アナログ巌流島【ショートショート】
「10分後、巌流島に着陸します」
アナウンスを聴いた途端、夫は、防護服のグローブで、私の手を握りしめた。
「巌流島だ! アナログの巌流島!」
「痛いよ。落ち着いて」
「あ、ごめん」
夫は慌てて手を離し、深呼吸した。こういう素直なところ、可愛いよな。
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古代、人類が防護服無しで、地表で生きていけた頃も、新婚カップルは旅に出たらしい。
バーチャル旅行全盛の昨今も、新婚旅行は、アナログと呼ばれる地表世界の、リアル旅行が定番だ。
行き先を巌流島に決めたのは、古代小説ファンの夫だ。
新居は全て、私の好きにした。旅行は、彼の希望を叶える番だ。
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アナログの空は、黄色く濁っていた。
「宮本武蔵が見た空は、青かっただろうね」
「残念?」
「ううん、最高」
夫は私を見た。防護マスクからのぞく瞳が輝いている。
「世界一好きな人と、世界一来たかった場所に来てるんだもん」
こういう事、さらっと言えちゃうところ、ずるいよな。
私は黙って、夫の手を握った。
お目に掛かれて嬉しいです。またご縁がありますように。