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タクシー代が高すぎるから、なんとかして元を取りたい



タクシー代、高すぎじゃね?




私は、気づいてしまった。


華の金曜日、夜遅くまで働いてそのあと飲みに行き、気づけば夜中の1時。

終電なんてとっくに終わっている時間だ。
帰るためにはタクシーを使わざるを得なかった。


1回あたり帰宅にかかるタクシー代は、4000〜5000円程度。

うっかり逃しただけでも、すごい出費になる。


頑張って稼いだお金が、高い高いタクシー代に溶けていく……



私、損してる!!!?



もちろんこんな時間に、しかも自分の行きたい場所へ送り届けてくれるサービスには大変感謝している。この世にタクシーがなかったら、私はこのまま居酒屋の前で朝を迎えることになるし。

それを避けるにはそれ相応のお金を支払わなければならないことも、頭ではよくわかっているつもりだ。


それでも、私のような若者にはちょーーーっとばかりお高すぎる。上流階級向けのサービスだわ……



この領収書たちを処分しているとき、あることをふと思いついた。




なんとかして、タクシー代の元を取ることはできないだろうか?


例えば、お酒が弱い私は、飲み放題なども全然お得に感じることができない。割り勘のときは若干損した気分になる。
だから、たくさん食べることで元を取ろうとしてしまう。


同じように今、私はタクシー代を高いと感じているけれど、どうすれば運賃相応、ないしは安く感じられるのか……。


タクシーという乗り物の付加価値って、一体なんだろう。


……そういえば、幼いころ長崎旅行でタクシーに乗ったとき、運転手さんに「ここが福山雅治さんの実家なんですよ〜」って案内してもらったんだよな。

そのことは、なぜか今でもはっきりと覚えてる。
ここだけの話を聞けて、ちょっと得した気分になれたから……かもしれない。


でも、東京に来てからはあんまりそういうタクシー運転手さんと楽しく会話をする……なんてことはしていなかった。

ただただ、目的地まで乗せてもらっていただけだった……。

 


そうだ、運転手さんとおしゃべりしてみたらどうだろう!?

もしかすると、"なんか良い話"が聞けたらむしろタクシー代が安く思えるんじゃないか???


そんな狡いことを考えた私は、次からタクシーに乗るとき、「どうにかしてタクシー運転手との会話を通じて価値のあるものを引き出そう」という企みを実行することにした。



1人目:「AIに奪われる前に、生涯青春」


最初のチャレンジをする機会はすぐにやってきた。
時刻はすでに25:17。

案の定終電を逃してしまったため、タクシーに乗ることに。
金曜の夜ということもあり、手をあげるや否や私の前にピタリと1台のタクシーが止まる。

待ってましたと言わんばかりである。タクシーに乗り込む。


運転手は、生真面目な感じのおじさんだった。

運転席の後ろに、社内報に載った自分のプロフィールが綺麗にラミネートされ、貼ってある。
真っ先に私の目についたのは、「座右の銘:生涯青春」


いや、こんなに真面目そうなおじさんが「生涯青春」を掲げているなんて、気になって仕方ないんですが!?

でもいきなり「生涯青春ってどういうことですか?」っていうのも違うよな……。




とはいえそれ以外に盛り上がりそうな話のネタも見当たらないし...…。

どうにかして自然な感じで会話したい...…。



「あの……」

「はい?」


思いの外低めな声で、おじさんの返事が返ってくる。
いや生涯青春を掲げているおじさんとは思えないほど、テンション低くないか?

しかし、ここで怖気付くわけにはいかない。
恐る恐る、まずは手始めに都内のタクシー運転手さんが鉄板で持ってそうな「今までに乗せた面白いお客さんエピソード」をふってみた。

「……お客さんで、有名人とか面白い人を乗せたことってありますか……?」

「ああ、いろんな人がいましたね」




……会話終了。



もっと「こんな有名人乗せたことあるんですよ〜」とか、「こういう人いたんですよね」みたいな話を自慢げに語ってくれるのかと思っていたのに。


どうしよう、このままじゃまたタクシー代で損をしていると思ってしまう——



「運転手さんは、どうしてタクシー運転手になったんですか?」


なんとも言えない空気が流れる場をつなぐために、咄嗟に口から出た質問がこれだった。


でも、60代くらいに見えるおじさんが、どんな人生を歩んでどういうきっかけでタクシー運転手になったのかは少し気になる。タクシーの運転手ってセカンドキャリアが多いだろうし。

「え、私ですか?」

ちょっと戸惑う運転手さん。いや、言い出した私も戸惑っている。


変なこと聞いちゃってごめんなさい。

でもなんかこのまま面白いこと聞き出せないと、私はまた、この上流階級向け移動サービスを(少し後ろ向きな気持ちで)ただ利用するだけの女になってしまう!



それは嫌だ!!

だから、なんでもいいから面白そうな話をお聞かせください!




「私、出身が秋田なんですけども、東京のタクシー会社から出張面接がきていて。子育てで秋田を出るチャンスがなかったんで、一度東京に出てみたくて面接を受けたんです。」

ふむふむ...…?


「ただうちの息子からね、AIが進んで自動運転になるからせいぜい10年くらいしか働けないし、オススメしないよって言われまして」


そうか、タクシー運転手という仕事もAIにとって代わられる可能性があるのか……完全に盲点だった……。

でも息子さんから反対されてたのに、どうして運転手に……?


「スマホも20年前はなかったじゃないですか。10年後、もしこの仕事も無くなるのなら、今のうちにやってみようと思ったんですよね。いろんなお客さんといろんなお話もできて割と面白い仕事ですからね」


AIに仕事を奪われる前に、一度タクシー運転手をやってみたい……?



ナニその発想....!!!!?めっちゃおもろいやん!!?!!!!?!



てか、普通AIにとられそうな仕事をあえて選ぼうとしなくない?
いっそその前にやっておこうって、新しすぎるな???

超ポジティブだし、めちゃ攻めてる。
おじさん、流石『生涯青春』掲げるだけありますわ...…。



そこから運転手さんの独断公演『自動運転とタクシーと私』が延々と続く。この20分で50回くらいAIというキーワードが出た。AI大好きか。




だんだん会話についていけなくなったため、しばらく適当に聞き流していたら、あっという間に家に着いてしまった。



ファッ!!?もう少し他の話も聞いてみたかったのに...…!


これじゃ、まだ全然元取れてる気がしない...…。


と思いつつ、話しかけただけで偉い!、と自分を褒めて納得させる。



ま、最初なんてこんなもんか。


<結果>
・お客さんのエピソードって案外難しい話題なのかも。運転手さん自身の話ならしてくれやすい?
・一方的に話を聞くだけだとあまり上手くいかないかもしれない?



2人目:「嫌いになるまで、好きなことをして生きていく」


今日は大学時代の同級生と飲み。コロナでしばらく会えてなかったから、この日を待ちに待っていた。


20:24….

時間がない。急いでアプリを開いてタクシーを呼ぶ。

お。なんとか間に合いそう。
でもまた高くついちゃうなあ……。



いや、むしろタクシーに乗れてちょうどよかったのでは!?
私は今、「タクシーの元を取る女」なのだし。

時間的には大ピンチだけど、
前回のリベンジをする絶好のチャンスじゃないか……!



アプリの通知が鳴り、タクシーがやってきた。

前回は後半から取り返したもののやや不完全燃焼気味だったから、今回はもっと面白い話を聞き出して、あわよくばこの後の飲みでドヤ顔で披露したい。



……が、一筋縄ではいかないことを、私は知っている。

考えろ……考えろ……。
なんとかして、何か聞き出すんだ……。



この間はお客さんの話はイマイチ聞き出せなかったけど、運転手さん自身の話なら割とうまく引き出せたから、今回も聞いてみたい。

でも一方的に聞きまくっているだけだと、警戒されて心の壁ができてしまう感じがした……
確かに初対面の若者に自分の話を根掘り葉掘り聞かれたら、怪しむのは仕方ないよなあ。


「人の心を開く方法」

うん、困った時はGoogle先生に聞こう!
早速一番上のページを開くと、これでもかと太く大きな級数で書かれたキーワードが目に飛び込んできた。

「自己開示」……?

そうか、自分の話をすれば相手ともっと打ち解けられるってことね!


よし、決定!!!
今回は「自己開示で相手の心を開こう作戦」だ!

……でも、いきなり自分の話を切り出すのはちょっとなぁ……


「どちらまでですか?」


しまった!!!まだ行き先も伝えてなかった...!!
慌てて同級生が集まる少し洒落た恵比寿のお店の名前を伝える。

今回の運転手さんは、小柄でシャキシャキしている感じのおじさんだ。
40代くらいかな、この間の人よりは若い感じがする。

鋭い眼差しでじっと前だけを見つめ、細やかな手つきでハンドルを握る。私なんか眼中にない。
そんな眼をしている……気がする。






気がついたらもう半分くらいのところに来てしまった。
話しかける勇気が出ず、スマホを開いてはTwitter→Instagram→LINE……。SNSの無限ループが止まらない。


だめだ..….そんなことをしている場合ではない。

なんとかして、「ジコカイジ」を始めなければ!

でも相手はちょっっっと怖そうな人だから、警戒心を持たれたくない。


よし...…。
まずは、前回上手く聞き出せた「タクシー運転手さんの人生」から様子を見る。



「前職では、パチンコ屋の店主をやってたんすよ。横浜の方の小さな店の店長で。オーナーさんはすごくいい人だったけど、だんだん経営が先ゆかなくなってしまって…...転職することにしたんですね。他のパチンコ店からもオファーがあったんですけど店主の立場ってプレッシャーがすごくて——」


経営難から転職を考え、運転には自信があったということでタクシードライバーの道を選んだ元パチンコ屋店主の運転手さん。


面白い話は聞けたけど、パチンコやったことないしよくわからん。

そこから盛り上がることもなく、話がぴたっと止まってしまう。



ジコカイジ……ジコカイジ……
自己開示……

沈黙の中、私の頭の中には「ジコカイジ」という言葉が迫ってくる。

もっと自分にとって興味のある話にするためには、まさに今「ジコカイジ」が必要なんじゃないか?


よし...

意を決して、「自己開示で相手の心を開こう作戦」開始!



「わわわ私、20代で社会人になりたてなんですけど」

「おお、まだまだこれから楽しいときだねえ」

「楽しいことも多いんですけど、仕事は慣れないし上手くいかないことが多くて……プライベートも人間関係で悩むことが多くて本当にこの先どうしようかなーって迷うんですよね。周りも少しずつ結婚しだして、だんだん焦りを感じるようになっちゃって。どう生きたらいいんだろうと……」

なんか、自己開示してみたら意外と悩んでいることに気付かされて、話していてちょっと泣きそうになってきた。

運転手さん困ってるよね……?ごめんなさい……。


「若いのにたくさん悩んで大変だねえ」

「運転手さんは、若い頃って、どんな感じだったんですか?」

思いの外うまく着地できた!

さあ、なんて返ってくる?





「う〜ん、20代の頃はパチンコしかしてなかったね(笑)」

またパチンコかい。

なんとかしてパチンコ以外の話に持っていかなければ。



「へぇ!てことは自分の好きなことを仕事にしていたんですね」




「……でも、この歳になって大学の同級生とか、言っちゃ悪いけど当時は冴えなかった人たちが結局そこそこいい会社にずっと勤め上げて...…全然給料が違うわけですよ。

そりゃいっぱい苦労はあったと思うんだけどさ。立場がアレで、『たまにタクシー呼ぶよ〜』なんて言われちゃってね」



辛い……辛すぎる。




「だけど、もし今の仕事が好きなら、嫌いになるまでやった方がいいよ。頑張ってね」

降りる直前に言われた言葉がやけに胸に沁みる……。
飲み会終わりに聞いていたら絶対泣いてた。


葛藤はあれ、好きなことを仕事にしてきた人は魅力的だ。

今の仕事も誇りを持って楽しくて働いているって話していたから、自信持ってこれからも漫談をしつつも運転し続けて欲しい!!!

私も頑張るから!!!(涙)


<結果>
・運転手さんご自身の話は結構話してくれる
・自分の話をすると、アドバイス的な感じでさらに深い話をしてくれる



検証結果

その他ここには書ききれなかったが、テレビ制作会社を興したが借金まみれになり運転手さんに転向した方や、

不眠症で一日20時間くらい起きちゃう体がピタッとタクシー運転手のシフトにガチハマりして人生最高になった方、

自分の人生には相方と呼ぶ奥様の存在が超デカいんだ、と語るラブリーキュートな方など..….


いろんな運転手さんに出会うことができた。

(みなさん、めちゃくちゃ面白かったです。ありがとうございました...!!!)


もともと不純な動機でやってみた企みだけど、勇気を出して話しかけてよかった。

タクシーに乗るだけなのに、TVドラマを一本見たくらいの気持ちにはなれた。気がする。

自分だけが得た会話、情報、感情。

同じタクシーに乗ることなんて滅多にない。
だからこそ一期一会だし、SNSよりもずーっと濃いエピソードとして記憶に残るのかもしれない。

それってまさにプライスレス

だし、些細なことでも自分の考え方で、行動で、今までに見えなかった価値を見つけられたのは我ながらちょっと嬉しい。


今となってはつい1週間前まで「タクシーって高くない?損じゃない?」なんぞ戯言をこぼしていた私が恥ずかしい…...。


高い!なんてわがまま言ってほんとすみませんでしたっ!!!





こうして、私はタクシー代の元をとれる女になったのだ。



本当は、タクシーが「ただ少しリッチな移動手段」ではなく、

「少しだけ他人の知らなかったドラマに触れられる贅沢な乗り物」

だったのだと気づけたのだから。




私はもう、胸を張って運賃を支払うし、2割増の深夜料金にも文句はない。

終電を逃しても、よろこんで「空車」のランプを探すだろう。






いや、できれば逃したくないけど。









企画・イラスト・エピソード・執筆・編集:
NKCNAyaka.Osumi

※今回掲載したエピソードは、タクシー運転手さんに許可を得た上で掲載しています。



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