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第2話 バイト先の先輩が実は女の子だった話:城崎(キノサキ)先輩

 大学生の僕は、とあるIT系事務職のアルバイトに採用された。

 場所は都心の一等地。オフィスビルが立ち並ぶ一角で、普段の生活ではなかなか立ち寄らないようなエリアだ。
 服装自由と言われて来たけど、スーツで来たのは正解だったかもしれない。

「お、キミがもしかして今日から採用のバイト君かな?」
「はい、よろしくお願いします」
「私が人材育成担当の城崎だ、これからよろしく」

 オフィスの前に来ると、社員が1人、入口の前で出迎えてくれていた。
 小柄で童顔、少年のようなハスキーボイス。だけど凛とした顔つきで、見るからに上質そうなスーツを着こなしている。見た目は若くても、仕事できるオーラが漂っていた。
 オフィスまでのエレベーターを案内される。乗り込むと、意外なところから雑談が始まった。

「キミ、あだ名とかある?」
「あだ名、ですか?」
「うち、役職呼び禁止で、逆にあだ名呼び推奨なんだ。加えて服装はオフィスカジュアルなら自由。ITベンチャーあるあるだね」
「へぇ……でも城崎さんはスーツなんですね」
「私はスーツが好きだから。奮発して、オーダーメイドだよ」
「どうりで、良さげなスーツだなって思いました」
「お、いいね。スーツの良さがわかる男は好きだよ。それで、最初に戻るけど何て呼べばいい?」

 僕は少し考えて、大学でよく呼ばれているあだ名を紹介する。あだ名は今までに2、3個あるけど、これが一番しっくり来る。
「ん、了解。じゃあ〇〇、これからよろしく頼むよ」

 エレベーターが開く。
 これから、どんな仕事に携われるのか。
 不安と期待を抱きながら、エレベーターを降り立った。

   ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
 
 率直に言って、城崎先輩はガチで仕事のできる人だった。
 事務仕事から営業、電話での問い合わせ、システム系のトラブルシューティングまで。あらゆる業務で、城崎先輩は他の社員から頼られていた。

 バイトを始めて1週間ほど経った頃。
「〇〇、これから得意先に営業に行くんだけど、ついてこないか?」
「僕が? いいんですか?」
「もちろん。得意先への挨拶回りだからそんなに難しいことないし、見ておくだけでもいい経験になるんじゃないかな」
「そういうことなら、よろしくお願いします」
「うん、それじゃあ準備でき次第すぐに行くから。持ち物は名刺に筆記用具とメモ帳くらいあれば大丈夫かな。先に準備できたら外で待ってて」
「わかりました」
 自分は持ち物を確認してジャケットを羽織ると、すぐにエレベーターへと向かった。

 エレベーターを降りて、先に1階の外で待つこと5分。
「遅いな……」
 ずいぶんと、準備に時間がかかっている。さすがにそろそろ来るかな、と思っていると。
「ごめん、待たせたね」
 後ろから足音。同時に聞き慣れた声が聞こえた。

「あ、城崎さ……ん?」
 僕の頭上に、いくつもの「?」が浮かぶ。
「あれ、あの、城崎さんって……?」
「ああ、やっぱり〇〇も勘違いしてたパターンか」
 そう言って笑う城崎先輩は、女性用のスーツを着ていた。
「いや、だって、男物のスーツ着てるから……」
「だから言っただろ、服装自由だって。それで私は男物のスーツが好きだから、営業以外の時はあの格好ってわけ。緩めな得意先だと営業でもあのまま行っちゃうけど!」
「ほぇー」
 驚きすぎて、変な声が出た。
 でも確かに、今ここにいる城崎先輩は女性で、特に細い腰のボディラインから、その上下にかけての……この……。
 つまるところ、城崎先輩は思っていたより「オトナの女性」だった。

「キミ、今何かヤラシイこと想像してなかったかい?」
「い、いやっ、そんなことは……」
「狼狽え方が図星なんだよなぁ」
 その通りすぎて、何も言えない。
「よし、今日からキミのあだ名は『思春期くん』だ!」
「え、嫌なんですけどそんなあだ名⁉︎」
「仕方ない、じゃあ今日1日限定で許してやる。さあ思春期くん、荷物持ち頼んだ!」
「え、ま、待ってくださいよー!」

 おそらく城崎先輩は最初から、僕が勘違いをしているのはお見通しだった。
 その上で、今日まで見事に正体を隠してほくそ笑んでいたわけだ。
 その証拠に、ほら。
 ネタばらしをした城崎先輩は、めちゃくちゃ楽しそうだ。
 僕の頼れる先輩は、もしかしたら小悪魔だったかもしれない。

<了>

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