同意社会
「斎藤元彦兵庫県知事」の「パワハラ疑惑」が「百条委員会」で議論されている。
もちろん、「斎藤元彦兵庫県知事」も喚問されて。
しかし、「斎藤知事」は「誰が聴いても普通はあり得ない異常な答弁」を繰り返して、「辞任」を拒否し続けている。
「元・局長」が「自殺」したという「事実」があるにも関わらず。
「自民党」は現在「総裁選」のゴタゴタでそれどころでは無い様だが、まだ首相は岸田文雄。
「テレビ局」「新聞社」は「自民党総裁選」の行方を連日報道しているが、「国民」は「自民党総裁選」に「投票」出来る訳でも無く、そんな「お手盛り報道」は止めて、「自民党裏金問題」とか「物価の度重なる上昇問題」を深掘りすべきである。
アメリカの「ワシントンポスト」や「ニューヨークタイムス」は「社会の木鐸」として、「政権」を常に監視しており、例えば「ウォーターゲート事件」を報道して、「ニクソン大統領」を辞任に追いやっている。
「日本政府」の「長」である「岸田首相」が「斎藤元彦兵庫県知事」に「日本政府」として、「辞任」を促す様にしなければならないはず。
また、「新聞社」「テレビ局」などの「マスコミ」も「知事の辞任」を求める「報道姿勢」を明確化しなければダメだと思う。
かつて、久米宏や筑紫哲也が「ニュース・ステーション」や「筑紫哲也のニュース23」で「自分の考えている意見」を言い続けた様に。
例えば、「新聞の社説」。そこには「記者の名前」が無い。
つまり、それは「読売新聞」であり、「朝日新聞」の「意見」という事だそうだ。
しかし、「読売新聞」「朝日新聞」自体に「実態」は無い。
「社説」は「新聞社」を代表する「人物」が書くべきであり、「著名入り」にすべきだ。
かつて、「読売新聞大阪本社社会部長」、「黒田清」という「ジャーナリスト」がいた。
様々な問題を「記者の主観」で「取材」して、「記事」にさせた。
しかし、彼はある年の「読売新聞元旦の紙面」に「被差別部落の記事」を掲載させて、当時の読売新聞大阪本社の「社長の逆鱗」に触れて、読売新聞を辞める事になったと僕は聞いた。
「組織の論理」が働いた瞬間だ。
「社会の問題」をちゃんと「記事」にしてこそ、「記者」のはず。
そんな黒田清さんの様な「ジャーナリスト」は今はもういない。
僕は今の「日本」は「同意社会」になっていると強く思う。
つまり、「他の大勢の人が『同意』しないと物事が決められない社会」。
「SNS」の「イイね!」しかり、全て「匿名性」の下での「同意意見」が飛び交っている。
ドラマ「セクシー田中さん」の「原作者」が「自殺」した事件。
「日本テレビ」も「小学館編集部」も「公式コメント」を発表したが、双方とも明らかに「社内の『同意』に基づく見解」であろう。
それには、誰の意見かなどという事は全く明らかにされていないのだ。
「反対の意見」を言った人が居たかも知れないのに。
「コメント」を作る「過程」を「議事録」として公表して欲しいのだが。
「24時間テレビ」の「日本海テレビジョン」の「元・局長による寄付金の横領」。
結局、テレビ画面で陳謝したのは、日本テレビアナウンサー・水ト麻美さんだった。彼女は生放送のテレビの中で、涙を流して「謝罪」した。
アナウンサーとは「告げる人」という意味。
その役割を水ト麻美アナウンサーが「日本テレビ」の代表として背負っていたと、一部の週刊誌が非難している。
「24時間テレビ」の「募金の横領」という事実を1人のアナウンサーに背負わせるのはあまりにも「重荷」だ。
「誰も責任を負いたくない社会」「誰も失敗したくない社会」、それが今の「日本社会」、つまり「同意社会」なのだと僕は気付いた。
「マンションの理事会」の理事をやった事がある。
誰も自ら物事を決めようとしない。特に「女性」は。
「同意社会」の典型で、何事も遅々として決まらなかった。正直、イライラした。
昨夜、NHK「映像の世紀 バタフライエフェクト ゲッペルス」を観た。
「ゲッペルス」は「ナチスの宣伝相」だった人物。
彼は「メディア」を巧みに操作して、「ナチスのプロパガンダ」を成し遂げた。
その「ゲッペルス」の「実際の演説映像」に酔いしれる「ドイツ国民」が映し出される。
あまりの「怖しさ」にテレビの前で腰を抜かしそうになった。
「人間」は「強い言葉(アジテーション)」によってあたかも「人形」の様に簡単に操られるのだ。
「敗戦」を実感した「アドルフ・ヒトラー」が愛人と共に自殺すると、「ゲッペルス」は翌日、妻と幼い6人の子供を巻き込み、自決した。
「ドイツ国民」の前で、狂った様に「演説をし続けた男」ゲッペルス、彼の死は呆気ないものだった。
「ゲッペルス」の為に、「ドイツ国民」200万人以上が「戦争」で命を失ったという。
「同意社会」である「今の日本」は「ワイマール憲法下で繁栄を極めた、ヒトラー率いるナチスが台頭する直前のドイツ社会」に極似している。
「テレビ業界」で今よく使われる「コンプライアンス」という言葉。
この言葉が、「言論統制」の「第一歩」になっている事に気づいている人は少ないと思う。
「同意社会」はその「言論統制」に繋がり、それが「ファシズム」を生み出し、「戦争」を引き起こす。
今の「日本国民」に必要なのは、間違っていてもいいから、「自分の意見」を堂々という事。
そして、議論する事である。
この国の「未来」に「戦争」という「二文字」が浮き上がって来る様に見えているのは僕だけだろうか❓
「日本人」は「平和ボケ」をしている。
「生きる」という事は「死」を知るという事。
「家で死ぬ人」が激減し続けて、「太平洋戦争」の事を知らない人が増え続けている。
「戦争の悲惨さ」「弱者の生き様」を描き続けた脚本家・山田太一さん原作、山田太一さんを尊敬する脚本家・宮藤官九郎さんが脚本のスペシャルドラマ「終りのない街」が9/21に「テレビ朝日系全国ネット」で放送される。
山田太一さんが書いた「同名小説」の三度目の「ドラマ化」である。
現代に生きる脚本家一家がある日突然、昭和19年の「太平洋戦争中」にタイムスリップする話。
このドラマの結末をじっくりと観て欲しい。
とてもとても、とんでもなく怖いから。