グエンの落し物…思い込みは珍事件の始まり。【エッセイ】
従業員は250名、日本人、ブラジル人、中国人、ベトナム人、フィリピン人と
最近の食品工場は多国籍。
私に与えられた仕事は工場内の事務全般であった。
事務所内には大きな丸いテーブルが4つ、各テーブルの上にはパソコンが4つに可動式の椅子が4つ、テーブルには引き出しはない。
定位置がなく自由で好きな場所で仕事をする、私物は置かないシステムだ。
事務所内には小さなロッカーがあり、社員は1人一個ロッカーが与えられ、引き出し代わりに使っていた。
ある時ベトナム人の男子15名が入社して来た。
どの子も20歳くらいの若者だった。
日本語が少し分かる子がたった1人、その子が通訳係になっていた。
ある朝、事務所のテーブルの上に置かれたメモを見つけた。
『ろうかに落ちていた』とだけ書かれたメモと一緒に茶封筒があった。
誰かが拾って届けてくれていた。
落とし主を探すのも私の仕事だった。
茶封筒にはカタカナでグエンと書いてある。
封筒はしっかりのり付けされ勝手に開けられないが、
丸く細長いものが入ってる感じがした。
私はグエンに心当たりがあった。
ベトナム人の中にそんな名前の子が居たように記憶していた。
通訳係の子を呼び出し、
『グエンは来てますか?』
出勤してるかどうか聞いてみた。
『来てない』と言う。
『明日は来ますか?』
『分からない』
これが精一杯の会話だった。
仕方ない、グエンが来る日まで落とし物は預かる事にした。
茶封筒を触りながら、中身は何だろうねと事務所内に居た6人ほどが話し始めた。
1人が形状からしてハンコだと言う。
外国人が入社したら、一番にハンコ(印鑑)と銀行通帳を作らせるのが会社の役目でもあったから、
『そうだ!それだ!』
ポケットに入れて落としたんだろうという事になった。
工場は24時間稼働し人の出入りが多い上、頭からつま先まで目以外が見えない作業服を着ていて、誰が誰だかさっぱり分からない。
作業服を着ていたら、たとえそれが部外者であっても気付かない、
事務所も18時以降は無人になり、かなり不用心である。
私は月末の仕事を片付け、退社準備を始めた。 ふとグエンの落し物が気になった。
翌朝見当たらなくなっていたら大変だと言った者がいた。
どこに保管しよう?
1人が名案を思いついた。
事務所内の社員が使っているロッカーには
鍵はかかっていなかったが、
いつも一つだけ鍵を掛けているロッカーがあった、
それは工場長のロッカーだっだ。
そこへ保管しようと言う。
工場長のロッカーには、
短期バイトの日給を入れて、いつ頃からか
貴重品入れになっていた。
工場長に『落し物を入れさせて下さい』と声を掛けて茶封筒をロッカーに入れて帰った。
2日して食堂で『グエン!グエン!』と呼んでみたら
人差し指で自分を指差ししてる子がいた。
手招きして事務所に連れて来た。
工場長のロッカーから落し物を出しグエンに渡してみた。
彼は、バツが悪そうに苦笑いをした。
私が封筒を指差して『ハンコ?』と言うと、
グエンが封を切った。
事務員3人がグエンを囲み封筒の中を覗きこんだ。
その瞬間『えーっ?』
3人が同時に声を発した!
空いた口が塞がらないとはまさにこの事。
驚きすぎて動けない。
封筒の中には…検便容器が入っいる、しかも使用済みである。
グエンは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
従業員は毎月の腸内細菌検査を受けることになっていた。
名前が印字された白い封筒と、検便容器が事務所のカウンターに置かれ、個人個人持ち帰る。
品質管理の責任者から後日聞いた話によると、ベトナム人15名分の検便用封筒が足りず、仕方なくその辺にある茶封筒に名前を手書きして、検便容器と一緒に渡したという事だった。
そんな事情を知る由もなく、
まさか茶封筒に検便が…
誰も考えなかった。
グエンが検便を提出前に落としてしまったのだ。
『誰やハンコって言ったのは…』
工場長がボソッと言った。
グエンの検便を、工場長のロッカーに入れて鍵までかけて、ご丁寧に2日間も保管するとは…
前代未聞だ!
『ハンコとウンコって一文字違いやん』
誰かが囁く…
『何を言うてるんや〜』
工場長が吹き出した。
事務所内は大爆笑!
言葉のわからないグエンもつられて笑ってる。
検便であろうが落し物には変わりはない。が、大きな勘違いである。
検便を失くしたグエンはきっと焦ったであろうが、
コトバが分からず放置していたのだろう。
グエンはホッとしたに違いない。
『やれやれ』と言ったような、言わないような…
それからも、外国人労働者絡みの不可解な珍事件が次々に起こる。
刺激的な職場は楽しい…
必ず最後は大爆笑。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?