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ショートショート:たばこ屋さん

私は街のたばこ屋さん。ビジネス街の中で、こぢんまりと店を構えています。最近はたばこを買える場所も吸える場所も限られて来たので、お昼休みや退社後の時間帯はけっこう繁盛しているわ。

実はこの頃、気になる人がいるの。常連のお客さんで、平日ほとんど毎朝セブンスターを買いに来てくれる人。その人はすぐそばの喫煙所で一服してから出社していくの。私はその背中を見ながら、今日も話しかけれなかったな、とか、アプローチできなかったな、なんて後悔ばかり。

決してカッコいいとは言えないかもしれないけど、とてもやさしい人なの。直接話したわけではないんだけれど、部下の人や同僚の人が喫煙所で話しているのを聞いたわ。職場でもすごい慕われているみたい。

いつかはこの気持ちを伝えたい。でもどうすればいいのかわからない。そんな日々をずっと過ごしていたの。

でも、ある日を境にその人はぱったりと来なくなってしまった。なんで?どうして?そんなことを考えながら毎日を過ごしていたわ。

そしたら先日、部下の人が話しているのを聞いてしまった。あの人は肺がんになっちゃったって。仕事には復帰できそうみたいだけど、禁煙しなきゃいけないみたい。

そんな。じゃああの人はもうここには来ないの?ううん。でもここに来て、たばこを買ってまた体を悪くしたら...

そんな複雑な気持ちを抱えて、それからの日々はとてもつらかったわ。

今日も彼は来ない...そんなことを考えながら退社する前に一服しているビジネスマンを眺めていたの。一人、また一人と帰宅の途についていく。

最後の一人が帰り、ああ、今日のお客さんは終わりかしら...と思ったその時、こそこそと物陰から一人の男が私のところに近づいて来たの。

あ!あの人だわ!暗くてわからなかったけど、近づいてきた時に店の明かりでようやくわかった。ちょっと痩せているけど、間違いなくあの人だわ!

何しに来たのかしら?ここに来る理由なんて一つ。たばこを買いに来たんだわ!

彼は財布を取り出し、いつものセブンスターを指す。でも私は迷っていた。たばこを売るべき?でも彼の病気が心配。そんな考えが堂々巡りしてたどり着いたの、彼に嫌われてもいい、彼にはたばこを売らないって。

私は彼にたばこを渡さなかった。彼は不思議そうな顔をしていた。彼は何度もセブンスターを指す。でも私は渡さない。そんなことを繰り返す内に彼を怒らせてしまったみたい。彼は表の窓をバンバン叩きながら私に迫ってきたの!でも私の考えは変わらない。彼にはたばこを売らない!

そんなことをしていたら、音に気付いた人が様子を見に来たみたい。どうやら彼の同僚のようだったわ。

『おい、なに騒いでるんだ?あ!お前たばこ吸っちゃダメなんだろ!何たばこ買おうとしてるんだよ!』

『クソ!見つかったか。いや、でも買えなかったんだよ。この自販機壊れてるみたいだ。何回金入れてもボタン叩いても出て来やしねぇ。』



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