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ショートショート:夜道

男は夜道を歩いていた。その道は街灯も少なく薄暗い道だが、繁華街から住宅街へと抜ける近道だった。

男は歩きながら、今日会社から支給されたばかりの携帯電話を取りだした。最近珍しい、いわゆる"ガラケー"タイプの携帯だった。久しぶりに"ガラケー"を手にした男は、ボタンを弄ったり、設定画面をチェックしたりと機能の確認を始めた。そしてある機能が目についた。「フェイク着信」という機能だ。どうやらタイマーをセットし、カウントがゼロになると着信音が鳴る、という機能のようだ。この機能を使えば会議中や飲み会中にも『電話です。』と抜けられるな、と男は鼻で笑った。しかし、何故このような機能がついているのか?男は気になり、自身のスマートフォンを取り出しで調べてみることにした。男は気になったことはすぐに確認しないと気が済まない質なのだ。

「フェイク着信」を検索ワード欄に入力して検索すると、ネットの百科事典のページがヒットし、『夜道で一人歩きのときに通話しているように見せかけ、通り魔・変質者等に対して牽制し、心理的に安心感を得ることを想定した機能。』とあった。なるほど、本来はそのような使い方なのか、俺は不真面目だな、と男はまた鼻で笑い、確かに電話しているふりをしていたら、通り魔もすぐに電話で助けを求められると思って踏みとどまるかもしれないな、と思った。

ちょうど街灯の下に差し掛かり、男は塀に貼ってある張り紙に目が行った。【この道通り魔出没!夜道注意!】という張り紙だった。それを見た男は慌てて背後を確認した。大丈夫、周りに変な奴はいない。少し安心して、男は再びスマートフォンに目を落とし、「フェイク着信」のページの続きを読みだした。

ページの続きに『通話していないことを悟られては意味がないため、使用者にはある程度の演技力が要求される。』と書いてあるのを見て、男はまた鼻で笑った。確かにそうだな、一人で会話のふりをし続けるのは難しいよな、と思いながら、男は気になることが出てきた。

前を歩いている若い女だ。この道に差し掛かったところで突然電話がかかってきて、もう10分ぐらい話している。妙に会話がぎこちなく、無理に喋っているような感じがする。こちらを警戒するようにチラチラと後ろを見ながら相槌だらけの通話を続ける女を見て男はもしかしたら…、と思った。

男は気になったことはすぐに確認しないと気が済まない質なのだ。男は慣れた手つきで懐からナイフを取り出し、歩みを速めていった。


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