【短編小説】親友
「昨日は何人殺った?」
山本大地(やまもと だいち)は昨日何食べた? のノリでそう聞いた。
「3人」
答える方も答える方である。
石館真希人(いしだて まきと)は落ち着いた様子で答えた。
山本と石館の2人は殺し屋だった。
裏稼業では有名な2人で、常に殺した人数を競い合ってきた。
2人とも、黒い覆面をかぶり、その上に帽子をかぶっていた。
「やるな。僕は1人だよ」
山本は悔しそうに言った。
「昨日は大型連休の初日だったからさ、人出が多すぎて、手こずったんだよね」
山本はいい訳をした。
「いい訳か?」
石館はストレートに聞いた。
「厳しいね~。ま、こういう日もあるってことさ。めでたいじゃないの、大型連休。こんな時に殺されてちゃ、かわいそうじゃん」
「かわいそう? どの口が言う」
「いつも通り、君は厳しいよ」
「今日はどうする?」
石館が聞いた。
もちろん、殺す人数の話である。
「僕、今日はオフの日なんだよね。ほら、こう毎日毎日、人殺ししてたら気が滅入るじゃん。だから、何日かに一度、定期的にオフの日を設けてるんだよ。これ、人殺しのコツね、コツ」
山本はどや顔だった。
「いいのか、オフなんて作って。俺との勝負に勝てないぞ」
「いいよ、勝てなくても。どっちみち、君と僕は地獄行きさ」
山本は確信を持って答えた。
2人が殺した人数は前年度、推定千人を超えている。
累計にすれば、1万人では済まないだろう。
すなわち、2人は世界に轟く殺し屋なのである。
当然ながら、2人の首には懸賞金がかかっていた。
噂に寄れば、1人につき、億の額を超えているらしい。
世界中の賞金稼ぎが血まなこになって探しているのだ。
だが、彼らの姿は中々見つからなかった。
顔すら知られていない。
2人で会うときも、いつも覆面をかぶって会うことにしている。
そして、会うときは必ず、ここ日本だった。
2人で会うときは、かなりのリスクを伴う。
2人まとめて片付けられる可能性が大きいからだ。
なので、2人とも殺されるなら、ふるさとの日本と決めていた。
明日、中東で仕事があろうとも、欧米で予約があろうとも、会うときは必ず、日本だった。
人を殺しまくっている殺し屋とはいえ、骨をうずめるのは日本と決めていたのだ。
その上、2人は親友関係にあった。
非常に珍しいかもしれない。
ライバルの、しかも殺し屋同士の2人が親友関係とは。
だが、悩みを打ち明けられるのは、お互いしかいなかった。
結婚もできない。
結婚なんてしたら、自分の命どころか、相手の命が危ない。
彼女を作るといっても、相手を欺く、フェイクのために動員したまでのことで、本物の彼女なんて作れない。
すなわち、2人とも孤独だったのである。
「明日、手伝おうか? 何せ、今日オフだからさ」
山本が親切心で聞いた。
「バカを言うな。俺とお前はライバルだ」
石館はふざけるなという感じだった。
すると、
ブーブー、
お互いのスマホが震えた。
まず、間違いなく殺しの依頼である。
お互いに画面を見られないように、スマホ画面を見た。
「!」
2人とも驚いたが、顔には出さず、ポーカーフェイスを決め込んだ。
「依頼だった?」
山本が聞いた。
「まあな」
石館は遠くを見ながらつぶやいた。
お互いが依頼された次のターゲットは想像に難くない。
お互いだった。
山本には石館を殺すように、石館には山本を殺すように、依頼が入ったのだ。
どこで顔が漏れたのだろう。
依頼はすべて顔写真からとなっている。
今回、相手の顔であろう写真画像が送られてきた。
間違いない、次のターゲットはこの場にいる相手だ。
もう一度言おう、2人は親友だ。
お互い、苦しみを分かち合える唯一の友、親友だ。
これまで、社会のワルどもをさんざん殺してきた。
捕まらない殺人鬼、人身売買の胴元など、社会のワルを殺してきたという自負はあった。
ここに来て、お互いを殺せとは。
タイムリミットは24時間。
それ以上超えれば、2人とも命はない。
殺されるのだ。
彼らを雇っている組織によって消されるのである。
けれども、2人は悩まなかった。
殺らなければ、自分が殺られるだけだ。
2人はビルの屋上のへりに足をぶらぶらさせて話していたが、2人ともほぼ同時に立ち上がった。
というのも、お互いが依頼されたということはもう感づいている。
どちらかが、屋上から突き落とすかもしれない。
それを防ぐために、2人とも同時くらいに立ち上がったのだ。
「そろそろ、行こっか」
つとめて明るく山本が言った。
「だな。また今度な」
石館も珍しく、また今度と言った。
因果なものである。
こんな仕事をしていなければ、お互いを殺すことはなかったのに。
2人とも、そう思っていた。
2人は屋上からハシゴを使って、降りようとした。
だが、どちらからも降りようとはしない。
なぜなら、ハシゴで降りるのは、あまりにもリスクが高いからだ。
下を向いて、相手を見失ったら、パチンッ、一巻の終わりである。
2人とも、ハシゴを前に、降りあぐねていた。
「なあ、君は親友だ。僕の人生で唯一の親友さ」
山本は背中にある拳銃の存在を感じながら言った。
2人のルールでは、会うときは武器を持たない、持って来ないがルールだった。
だが、2人ともそんなことは守っていない。
同じように、石館も背中に拳銃を隠し持っていた。
「俺もだよ。お前は無二の親友だ」
石館もぼそっと言った。
「決着をつけないかい、ここで。こういう日が来ると、うすうす感じていたよ」
山本は白状した。
「俺もだ。いつかこういう日が来ると思っていた」
2人はお互い見つめ合った。
じっと、お互い見合ったまま、間合いをとっていった。
隠れる場所はいくつかある。
ここの屋上は資材置き場になっているし、貯水タンクもある。
2人はじりじりと間合いを開けていった。
山本が背中の拳銃を抜くが早いか、石館も背中の拳銃を抜いた。
2人とも、お互いに逆方向へ横っ飛びしながら拳銃を放った!
ほとんど銃声は1発にしか聞こえなかった。
それくらい2人の呼吸はピッタリだった。
しかも、2人が撃った弾丸はお互いの頬をかすめていた。
お互いに頬からつーっと血が流れ落ちた。
すぐに、2人とも資材の陰に身を隠した。
「さすがだね! 石館くん!」
山本はうれしそうに言った。
はじめて知った親友の名前を、はじめて口にした。
「お前もな、山本!」
石館も元気よく答えた。
ここに来て最大の敵、親友を殺さなければならない。
殺さなければ自分が死ぬまでである。
次はハズさない。
お互いにわかっていた。
お互い、相手の実力は知っている。
一度ならぬ、二度までもハズすなどということは、あり得ないのだ。
次が勝負だ。
次ですべては決まる。
「よーし! 正々堂々、勝負しよう!」
山本が大きな声で言った。
「ああ! その方がいいな!」
石館も大きな声で答えた。
2人は両手を挙げながら資材の陰から出てきた。
距離だけは詰めないように、できるだけ距離をとって、お互いが見えるところまで出てきた。
「早撃ちの勝負をしよう!」
山本が提案した。
「望むところだ!」
石館がうれしそうに答えた。
2人は背中に拳銃を戻した。
早撃ちのガンマンのように、屋上での決闘だ。
「コインをトスするよ! コインが地面に落ちたら、勝負だ!」
山本が10万円金貨を見せながら言った。
「おう! わかった!」
山本がコインを空中にふわっと投げた。
コインが放物線を描いて地面へと落下していく。
山本は背中の拳銃を掴んだ。
コインが地面に着くが早いか、山本は拳銃を引き抜き、石館めがけ発砲した!
再び、銃声は1発にしか聞こえなかった。
いや、今度は本当に1発だった。
なぜなら、石館は撃たなかったのだ!
ゆっくりと、石館は倒れていった。
山本の撃った弾丸はしっかりと石館の心臓を貫いていた。
山本はすぐに石館に駆け寄った。
「石館くん!」
石館は即死だった。
口から血を流し、死んでいた。
「石館くん! なぜだあ! 何で撃たなかったあ!」
山本は叫んだ。
ふと見ると、石館の左胸ポケットにメモ用紙が挟まっていた。
弾丸は心臓をぶち抜いたので、血が飛び散ってはいたが、その文字は何とか読めた。
いつ書いたのだろう、走り書きでこうあった。
〝俺たち親友だ〟
山本は涙が止まらなかった。
石館の遺体を抱きしめたまま、人生で一番というくらい大声で泣いた。
屋上で一人、山本は泣き続けた。
翌日、
山本はアメリカにいた。
山本と石館を雇っていた組織に復讐するためである。
組織の入っている巨大なビルを前に山本は立っていた。
空へとのびていく、そびえ立つ建物である。
「石館くん、君は本当の親友だよ!」
山本は拳銃を携えて、建物の中へと勇んでいった。
終
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