【短編小説】盗人
「盗人猛々しいとはこのことよ」
盗人の親分はドヤ顔でした。
深夜2時。
何の音も聞こえない、静かな夜です。
ここは屋根の上。
当然、見知らぬ人の家です。
盗人の2人は今日も盗むことを考えておりました。
「盗むもん盗んだら、食料もいただいて帰る。ぬっふっふ、我ながら・・・」
「さすが親分。猛々しいですね~」
子分が遮りました。
「まだ、わしがしゃべっとる」
「すいやせん」
「うむ」
「ところで親分。猛々しいってのは、どういう意味ですかい?」
「アホか。言葉の意味もわからずに気安く使うな」
「すいやせん。で、どういう意味ですかい?」
「猛々しいとは・・・猛々しいじゃないか」
親分は身振り手振りを交えました。
「へえ。その猛々しいの意味がわからんのです」
「猛々しいというのはな・・・いかん、いかん。わしが簡単に教えてしまっては、お前の成長につながらん。辞書で調べてみよ」
「では、今から辞書をかっぱらってめぇりやす」
「バカタレ。辞書っていうのはな、使えば使うほど愛着がわいてくるもんだ。自分だけの辞書に育てるもんだ。それをおめぇはだな、簡単に人様の辞書を盗んで、一丁上がりなんてのは、安易に考えすぎだ。盗人の風上にも置けねぇ」
「ですが、意味がわからんと、こう、のどの辺りがむずむずしてきやすんで」
子分はのどの辺りに手を当てて、わなわなと動かしました。
「うむ。お前も少しは成長したな」
「ありがとうごぜぇやす。では、今から調べやす」
盗人の弟子はズボンのポッケからスマホを取り出しました。
「なぬ? お前は、いつの間にスマホホルダーになったんだ?」
「つい先日のことでやす。何と! スマホが落ちておりやして。それが触ってみると、使えるではありやせんか!」
「この、たーけ! スマホが落ちとった? たわけもいいところだぞ! すぐにお前が盗んだとわかってまうぞ!」
「いや、あっしはネットにつなげるだけでして」
「スマホのパスワードはどうしたんだ?」
「開けました」
「どうやった? どうやって解除した?」
「わからねーんで、試しに123456と打ってみたんでさあ」
「そしたら?」
「ご覧の通り」
子分はスマホを自慢げに動かしました。
「何という! まさか、これまでに、そのスマホで買い物をしたわけではあるまいな?」
「しやした」
「なぬ! 住所はどこにしたんだ?」
「当然、あっしらのアジトでさあ」
子分は得意気でした。
「この大だわけ! アジトがバレてまったがや!」
「へ? そうですかい?」
「どこの盗人業界に、拾ったスマホでネット通販するバカがおる!」
「いけねぇですかい?」
「足がつくんだよ、足が。今時、落としたスマホくらい、すぐに見つけられるんだからよ」
「さすが親分、よくご存知で」
「そんなスマホはすぐに捨てよ」
「へえ、わかりやした」
すると、子分は屋根の上から、思いっ切りスマホを遠くへ投げ飛ばしました。
それを見た親分は、
「うわあ、バカ! 今捨てるヤツがあるか!」
「へ? だって、親分が」
飛んでいったスマホは2人のいる屋根から2軒先の民家のガラスに直撃しました。
バリンッというガラスの割れる音が、深夜のシーンとした空気の中に響き渡りました。
近所の犬も驚いて吠えています。
「ありゃりゃ」
「この大バカ者が! 急いで逃げるぞ!」
「大丈夫ですよ、親分。見つかりませんて」
「バカタレ! アジトから撤収するんじゃ!」
盗人の親分と子分は急いで屋根から降りると、乗ってきた自転車に乗り込みました。
そして、急いでアジトへと向かったのです。
アジトと言っても、ボロボロのアパートの一室でした。
さびさびの手すりのついた階段で、急いでアパートの2階へと向かいます。
「でしょ? 大丈夫ですって、親分」
「急げ! 時間がない! 急いで荷物をまとめるんだ!」
「親分~、何をそんなに急いでるんですかい?」
子分は以前、拾ってきたボロボロのラブソファに一人でドカッと腰掛けて、大げさに足を組みました。
「落ち着きましょうよ、親分」
「お前はそうしていろ。わしは逃げる」
「逃げるって、どこに逃げるんですかい?」
子分はエラソーでした。
「どこでもいい。ここにいたら・・・」
すると、そこへ、パトカーのサイレンが聞こえてきました。
「もう来ちまったか!」
「落ち着いてくださいや、親分。遠くで鳴ってるだけじゃございやせんか」
「わしは行くぞ。さらばだ」
親分が部屋から出て行こうとしたその時、コンコンとノックの音がしました。
「遅かった~」
親分はガクッとひざをつきました。
「親分、あっしが出ますぜ」
そう言って子分が玄関のドアを開けると、ひとりの中年男性が立っておりました。
「警察の者ですが」
2人は目の前が真っ暗になりました。
盗人稼業もこれで終わりです。
残りの人生、刑務所で過ごすことになるでしょう。
「もう寝る時間ですよ、お2人とも。盗人ごっこは終わってください。お2人とも元気なのはいいですがね、想像力が豊かすぎるんですよ」
実は、ここは老人介護施設でした。
親分と子分の盗人、それらはすべて2人が空想の中で演じていただけでした。
相部屋の2人は部屋から一歩も出ておりません。
ただ、想像上の中で楽しんでいただけでした。
いつも、介護職員が「警察の者ですが」と言って入ってくると、それはもう寝る時間なのです。
2人は今日も、ゆっくりと眠りにつくのでした。
終
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?