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文系受験生の戦略について考える(6)【文系数学の勉強法②知識のプラットフォームに乗って思考するという意識を重視せよ】

大学受験における文系受験生の戦略について考えています。
今回はその6回目です。

前回はこちら。

前回は、解法パターンの「インプット」の重要性を書いてみました。暗記とは分けて考えることもまた重要だという点も書いています。

今回は、すこしくどいようですが、その点について、別の観点から話をしてみたいと思います。

文系受験生、とりわけ国語、英語が得意な受験生の中に、数学を苦手にしている人は一定数いるのかなと思います。

理系の受験生を多く見てきた経験から言うと、「頭の良さ」という点では、このような文系の優秀な受験生の方が勝っているのではと思っています。

理系で優秀な方は、大半が学び上手なことが多いです。処理能力の高さと言ってもいいのかもしれません。

また、理系的なセンスというのは、問題をチラッと見ただけで、スラスラ解けるというものよりも、東野圭吾さんの『探偵ガリレオ』の湯川学のように、対象物への執着をもって取り組めるものだと思っています。

一方で、文系の優秀な方は、国語でも英語でもスラスラ解けるという側面が強い。これは才能に起因するもので、再現性が悪いのではと思っています。第1回であえて才能について言及したのもその点が大きい理由です。

文系の優秀な生徒さんは、理系よりも才能の関与する余地が大きい。

実は、これが数学を苦手とする理由になっているのかなと思っています。

というのも、この才能溢れる思考というのは、「自分の頭で考える思考」ともいえるのかもしれないと考えるようになったからです。

数学、とりわけ大学受験数学というのは、「限定されたルールのもとでの思考」が求められます。言い換えると、「自分の頭で自由に考える」ことには制限がかかる。

将棋と数学は相性がよいとよく言われます。プロ棋士の広瀬章人九段のように大学の数学科を出ている人もいるからです。将棋は一つ一つのコマの動きに制約があり、その組み合わせで思考しないといけない。

ルールというプラットフォームに乗ったうえで思考しないといけないともいえます。
これが時に、文系の優秀な生徒さんには苦痛に感じられるのかもしれません。

ただ、これは英語や国語とは別の概念で思考する必要があるという意識を持つことで、「切り替え」は可能なのではと思っています。

また、「なぜそうなるのか」という点も大事にしつつも、「そういうものだ」と受け入れることも大事かなと思っています。最近は、このような思考についての旗色が悪い時代ですが、思考のプラットフォームに乗るというのは、若いときには必要な経験でもあると思っています。

数学が苦手な文系受験生も含め、まずは数学のルールに乗って思考するという意識を高めてはいかがかなと思っています。


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