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マーケティング用語の定義バラバラ問題

マーケティングプランナーのひさしです。

例えば医者がスタッフに対して「これはエンハンスが必要だな。アンギオグラフィーに回そう」と指示したのに、その言葉の理解が各自バラバラだった場合、大変な事故が起きかねませんよね。

それが日常茶飯事なのがマーケティング業界です。(ちなみに上記の医者の発言は、エンハンス=造影剤を使用する検査、アンギオグラフィー=血管造影です)

僕はこのことが長年不思議でたまりませんでした。とにかく打合せが非効率なのです。意味が一意に定まっていない言葉を用いて議論するわけですから、必然的に理解が少しずつズレていくのです。

医療業界や航空業界は人の命を預かるため当然のように厳密に言葉を定義しています。定義がないなら改めて一つにまとめればいいじゃない、とマリー・アントワネットのように言い放ちたくもなります。しかしマーケティングの世界ではどうやらそううまくいかないようなのです。

今回はなぜそんなことが起きるのかを考えてみたいと思います。

「インサイト」の定義を巡って

マーケティング用語の代表例である「インサイト」という言葉を例にとりましょう。僕がネットで乱暴に拾った定義を以下に羅列してみます。

  • 人を動かす隠れた心理

  • 消費者を動かす隠れた行動原理や深層心理

  • 購買意欲の核心やツボ

  • 無自覚の価値観

  • 本人も気付いていない動機や本音

  • 消費者行動の根拠や動機

  • 無意識化にあるニーズ

  • 消費者本人が認識していない感情や想い

  • 消費者が潜在的に持っているニーズを引き出し、潜在ニーズを購買欲求へと変化させるスイッチ

上記の定義を読み「うん!よくわかった!」となった方、手を挙げてください。……あまりいないですよね。何か似たようなことを言っていそうで、でも完全に同じ像を結べないような、つかみどころのない言葉たちです。

例えば「インサイトも併せて提案してください」というお題があった場合、広告主Aさんは「押してすぐ効くツボ」が欲しいのに、代理店Bさんは「ターゲットの想い」を提案する、ということになりかねません。そしてお互い「何言ってんだ?」になるわけです。そりゃそうだ。っていうか「ツボ」ってなんなんだよ。定義にメタファー入れんな。

曖昧さは依存の源泉

僕は少し前にシナリオの学校に通っていました。一通りの決め事を習ったあと、シナリオ添削の際に講師に何度もこんなことを言われました。

講師「あなたのシナリオは人間がいない」
ひさし「?」「どういう意味ですか?」
講師「あなたは人間が書けていない、と言っている」
ひさし「?」「登場人物は人間ですが、なにか?」
講師「人間とは何か、考えなさい」

ウミガメのスープかなにかですか?

後日、海外の有名なシナリオの教科書を読んだところ、多分このことを言っているんだろうな、という箇所を見つけました。

【要約】
シナリオは刺激的な展開だけでは成立しない。あるイベントに遭遇した登場人物固有の感情と言動の変化を描くことで、観客自身の感情変化を誘い、物語に深みを与えることができる。

じゃぁそう言えよ!

言語化能力が皆無ではない限り上記のような丁寧な説明に変換することはできるはずです。でもそうしない。そうするインセンティブが講師には存在しないからです。

即ち重要なポイントを曖昧にすることによって生徒が理解しにくいグレーゾーンをつくり、半永久的にシナリオ学校(講師個人)に頼ってくる状態をつくり出した方がお得、ということです。

同様のことがインサイトにも言えます。インサイトの定義が一意に定まり余白が失われた世界では「ぼくのかんがえたさいきょうのインサイトのていぎ」という魔法が通用しなくなり、プレゼンスを発揮できない恐れがあります。

解釈の余地がある状況における「私の考える定義」というのは、曖昧な状態で不安や疑問が付きまとい続けている人々には、とても魅力的に聞こえるのです。

※ちなみに、ひさしのかんがえるさいきょうのインサイトのていぎは以下です。しかしこれもまたひさしのポジショントークかもしれませんよ。

曖昧さは利益誘導の源泉

このことは、幅のある解釈は自社もしくは自分への利益誘導が可能、というところに繋がります。組織の中での存在意義を高めたい、といった個人的な野心なら可愛いものですが、会社の営業戦略として行うとなれば少し警戒すべきです。

引き続きインサイトを例に取れば、自社が保有する行動データを売り込みたい企業は「本人も気付いていない隠れた本音」的な定義をしがちですし、クリエイティビティを売り込みたい企業は「ツボ」「スイッチ」と言いがちです。

つまりインサイトの定義が一意に定まっていないこの世界では「かいしゃのりえきをさいだいかするさいきょうのインサイトのていぎ」を言い切ったもの勝ちなのです。

定義するべき用語としなくてよい用語

曖昧にしておくことの効用をここまで2つ検討しましたが、こうしたメリットが存在している以上は、いまさら定義を一つに統合しようという動機は構造的に生まれにくいでしょう。

我々が最低限できることは、打ち合わせや提案のたびに「ここでの定義」を明確にしながら進めることです。

とはいえインサイトに関してはその定義がバラバラである状態はむしろ様々なアイデアを誘発する可能性があるため、そこまで神経質に自分の定義を押し付ける気はありません。

ざっくり言えばインサイトとは欲望のことです(また定義を増やしてしまった!)。その定義がバラバラだということは、各人や各社で欲望に対する視点の持ち方やアプローチに多様性があるということ。より良い打ち手を開発・選定するにはその多様性を利用するというのも一つの手だからです。

しかし絶対にあってはならないバラバラ定義がマーケティング業界には存在します。それが「ブランド」です。

「ブランド」の定義を巡って

マーケティングに従事する人は当然のように「ブランド」という言葉を扱います。ブランドを生み出し最大化する活動、すなわち「ブランディング」という言葉に至っては毎日1回以上は耳にしますよね。

しかし「ブランドって何?」と聞かれて正確に回答できる人はいるでしょうか?ひさし調べでは正答率3%くらいです。皆自分勝手な定義をしているのです。

例えばこんな定義です。

  • 高級品をそれっぽく見せるためのまやかし

  • 統一化されたデザインシステム

  • 製品の情緒的なイメージ

  • 付加価値とか気分とか

  • テレビCMや広告のトンマナ

  • 企業と顧客の約束

  • 思い出の小箱

つまり我々はブランドという言葉の定義が共通化されていないのに「この製品のブランド価値ってぇ~」「このロゴはブランドイメージに合わない気があ~」と平気で口にしているのです。

インサイトは多義性が時として武器になりえるのに対して、ブランドの多義性は笑えません。インサイトは所詮マーケティングの手段ですが、ブランドはマーケティングのゴールになることも多いからです。正確に定義できないゴール設定に何の意味があるのでしょうか。

続きはニンゲンラジオで……

ずばり、ブランドの定義は一意に定まります。5年前も20年前でもブランドの意味はたった一つです。各々勝手な定義をしている場合ではないのです。
(ちなみに上記の定義のうち「思い出の小箱」は半分正解と言えます。しかしメタファーを使用している定義は不正確に伝わる可能性があるので、ここではいったん不正解ということにしておきましょう)

今回ニンゲンラジオでは「ブランドって何?」というテーマで全四回の企画を毎週水曜日に更新していきます。僕の解釈を最小限にとどめ、基本的には7つの書籍から抜粋した情報を僕の視点で再編集してお話しします。

この機会に、「ブランド」とはどういう定義がされているのか、どういう効果があるのか、どういう背景で生まれたのか、どうして機能するのか、を一緒に考えましょう。

それではニンゲンラジオでお待ちしております。

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