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原作者を怒らせた2つの名画(「惑星ソラリス」と「シャイニング」)

Andrei Tarkovsky's 〔Solaris〕& Stanley Kubrick's 〔The Shining〕


 連休の間、Amazon prime videoで、いくつかの映画を観ました。その中で『惑星ソラリス』のリメイクであるスティーブン・ソダーバーグ版の『ソラリス』を観たのですが、まあ、正直に言うと、もともとのタルコフスキー版の『惑星ソラリス』の方が良かったなって感じでした。

   でも、観ながら、そう言えば、タルコフスキーの『惑星ソラリス』を観た原作者が、すごく怒ったエピソードがあったよな〜ってことを併せて思い出し、さらに、原作者が怒った映画といえば、キューブリックの『シャイニング』もそうだよな~と芋づる式に思い出してしまったのです。

 せっかく思い出したので、現在は名画と言われるタルコフスキーの『惑星ソラリス』キューブリックの『シャイニング』は、なぜ、当時、原作者が怒ったのか、その理由について、ネタバレ覚悟で書いていこうと思います。(十分注意ください。)



 

ーーー ここからネタバレを含みます ーーー


◎『惑星ソラリス』について

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監督 アンドレイ・タルコフスキー 1972年:ソ連
主演 ドナタス・バニオニス、ナタリア・ボンダルチュク

 タルコフスキーの『惑星ソラリス』は、ポーランドのSF作家、スタニワム・レムの『ソラリスの陽のもとに』を原作に1972年に制作されたソ連のSF映画です。

 160 分の長い長い映画で、難解だし退屈な部分も多いのですが、独特の映像美があって、今でもカルト的な人気を集めています。

 人間の潜在意識を探り出して実体化する“海”が存在する惑星ソラリス。その謎を解くためにソラリスの上空に浮かぶ宇宙ステーションに到着した心理学者は、目の前に10年も前に自殺した妻が突然に現れて驚く…。

 ソラリスの宇宙ステーションでは、記憶の中の人物が再構成されて実体化するという現象が起きていて、乗員たちが異常な状況になっているのが物語の序盤となります。
 そこを訪れた主人公の前に、10年前に自殺した妻が再構成されて現れてくることで、物語が動き始めます。(このシーンは、かなりゾクゾクするのです。)
 主人公は、現れた妻に拒絶反応を起こすものの、徐々に受け入れて、というより、段々、溺れていくといった感じで物語が進みます。やがて、再構成された妻が自殺を図り.....そして、最後に主人公が下した決断は....みたいな内容です。


【原作者が怒った理由】

 映画版では、主人公とかつて自殺した妻のことが中心となり、妻を自殺に追い込んでしまった主人公が救済を求めていくところが主題になっています。そこが主人公の取った最後の決断に集約されていって切なくも美しい映画となっているのです。
 ですが、原作者のレムは「タルコフスキーが撮ったのはソラリスではなくて罪と罰だ。」と痛烈に批判しています。

 なぜ、気に入らなかったのか……というと、実は、レムの原作では、「ソラリスでは、なぜ、そのような現象が起きるのか」や「誰が何のために起こしているのか」といった謎が重要なポイントとなっいるのですが、タルコフスキーの映画では、その部分がかなり端折られていて、地球外知生体とのファースト・コンタクトそのものがおざなりになっています。
 SFとしての主題が薄くなってしまったのは間違いなく、レムにしてみれば、そこは譲れなかったんじゃないかと思うんですよね。
 (ソダーバーグの『ソラリス』では、さらに端折られていたので、レムが生きていたらもっと怒られたに違いありません。)

 原作者は気に入らなかったとはいえ、タルコフスキーの『惑星ソラリス』は、その神秘的な映像と相まって、タルコフスキーの芸術作品として、今、なお愛されているのは間違いないのです。

(原作も間違いなく傑作です。)



◎『シャイニング』について

 さて、もう一つの原作者が怒った映画......

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監督 スタンリー・キューブリック 1980年:英・米
主演 ジャック・ニコルソン、シェリー・デュヴァル

 ジャック・ニコルソンがドアの裂け目から覗くこのシーンが有名な『シャイニング』は、スティーヴン・キングの原作を基に、キューブリックが1980年に制作したホラー映画の傑作です。

 とにかく、ニコルソンの演技が凄まじかったのですが、けっこうトラウマ要素が満載の映画でしたよね。双子の少女とか、エレベーターの血の海、237号室などなど、ホントに怖かったです。

   最近、スピルバーグが監督した『レディ・プレイヤー1』の中でも、中盤の舞台として使われていたりして、みんなにとっても定番なのかなと思ってしまいました。

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雪に閉ざされたロッキー山上の大ホテルに、管理人としてやって来た小説家とその家族。しかしそのホテルには、前任者が家族を殺し、自殺するという呪われた過去があった…。

 物語は、トランス一家が、いわく付きのホテルの管理人としてやってくることから始まります。ホテルで過ごすうちに、徐々に異変が起こり始め、やがて、父親ジャックが悪霊たちの影響を受けて精神に異常を来たし、家族を襲い始める.......といったストーリーです。

 映画ではわかりにくいのですが、一家の息子ダニーには”シャイニング”という特殊能力があり、ホテルの悪霊たちは、ダニーの力を狙ってたりするんですよね、それで父親ジャックを操って襲うという図式なのです。

 

【原作者が怒った理由】

 原作者のスティーヴン・キングは、当初から映画版に当たっての設定変更等に反発していたと言われています。最終的には自費で再映像化するほどだったので、かなり気に入らなかったのだと思います。

 なぜ、気に入らなかったのか………それは、一家の父親ジャックの描かれ方なのです。

   キングの原作では、父親はアルコール依存症を克服し、家族関係を取り戻すために、決意をもってホテルの管理人を引き受ける設定になっています。
 しかしながら、ホテル滞在中にアルコール依存症に苦しむことになり、少しずつ、悪霊に忍び込まれていくことになるわけなんですが、この過程が、映画ではかなり省略されています。
 また、映画版では狂気の最期を遂げる父親ですが、原作では、最後に家族を思う気持ちを取り戻す場面があったりします。(このシーンが、けっこう泣けるんですよね。)
 キングは苦悩する父親と家族の絆を描いたのですが、映画では、そこら辺がバッサリと切られていたわけです。

 映画『シャイニング』はホラーとしては傑作ですが、原作には家族愛が根底にあるのです。


 この『シャイニング』の続編、『ドクター・スリープ』では、大人になったダニーが、父親が克服できなかったアルコール依存症を乗り越えていく姿が描かれていて、けっこう感動的だったりするのです。

 『ドクター・スリープ』は、ユアン・マクレガー主演で映画化されていますが、実は未視聴なんです。『シャイニング』の映画版と原作版、どちらとつながっているのか、はたまた、どちらにもつながっているのか、楽しみなのです。(評価はあまり芳しくないんですが......)



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 自分は、原作も映画も、どちらも好きだったりします。原作が傑作なのはもちろんですが、タルコフスキーの『惑星ソラリス』キューブリックの『シャイニング』は、どちらも監督の作家性が出た傑作だと思うんですよね。
 逆に、原作者と喧嘩するぐらいの作家性を貫いたからこそ、今でも、カルト的な人気を持つに至っているのだと思います。

 原作に対するリスペクトはあってほしいのですが、そういう作家性を貫き通す映画監督が少なくなってきたことは残念なことのように思えて仕方ないのです。