見出し画像

新しい色を知り、「当たり前」を選び直すことで彩りある世界が見えてくる|山中康裕さんインタビュー

 

 

 

 

「空の色といえば?」

そう聞かれて思い浮かべるのは、何色でしょうか。

 

代表的な色は「スカイブルー」とも呼ばれる、明るい青。

夕暮れのオレンジ色や茜色を思い浮かべる人もいるかもしれません。

 

刻々と表情を変えていく空の色には、心を捉える不思議な魅力があります。

 

 

 

では、もしあなたが「青色しか見えない人」として生まれたとしたら、空はどのように見えるでしょう?

 

そこにあるのは、明暗や濃淡だけがあるグラデーションの世界です。

 

「彼等には、おそらく、青色しか見えないという規則はつくれないであろう」と論じたのは、アメリカの言語学者であるベンジャミン・リー・ウォーフ。

 

彼の論文「科学と言語学」には、「『青』という色を知るためには、『他の色』が見える瞬間が必要である」ということが書かれています。

 

他の色の存在や、その差異を知ることで、初めて「青」は「青」として認識できる。「青色“しか“見えない世界」では、もはや「色彩」自体が存在しないのです。

 

 

 

この話を教えてくださったのは、北海道大学大学院教授の山中康裕さんです。山中さんはジェンダーについて思いを巡らせる時に、いつもこの「青い色」の話を思い出すと言います。

 

長きにわたり、地球環境の研究や教育に取り組まれてきた山中さんが、なぜジェンダーに関心を持ち、学びを深めようとされているのでしょうか?

 

山中さんからみえる「小さな空」について、センター職員がお話を伺いました。

 

プロフィール

山中 康裕 さん(北海道大学大学院 地球環境科学研究院 教授)

 

・1991年東京大学助手、1998年北海道大学助教授を経て、2010年より現職に

・現在は「気候変動」や「SDGs」をキーワードに、2050年の北海道を考えた地域づくりや環境教育に力を注いでいる 。

 

 

ジェンダーとは「ふたつの視点」で向き合っている

 

ーーまずは、山中さんがジェンダーに興味を持ったきっかけを教えていただけますか?

 

山中さん(以下、敬称略):主に2つのきっかけがあります。1つは「夫」である自分の個人的な視点からの気づき。もう1つは「教育者」として見た、社会からの気づきです。

 

まず感じたのが、結婚で妻の苗字が変わることへの違和感です。もし私が妻の立場だったら耐えられないだろうと思います。

 

研究の世界では、論文と氏名が連動しているのが基本です。氏名が変わることで、実績が途切れてしまう可能性がある。でもそれって、戸籍上の氏名での発表や登録を求める社会の問題だと気がついたんですよね。

 

 

 

山中:「教育者」としての気づきのきっかけは、日本の教育への疑問から生まれました。

 

学習指導要領によって「全国どこにいても同じ教育が受けられる」という点では、素晴らしい仕組みです。

しかし、GDP(国内総生産)をあげるために整えられた戦後教育から、抜本的な改革には至っていないことも事実だと思います。

 

私は、日本の戦後教育の行き着いた先が、均質な人材を生み出し、性別役割分業を基本とする男性優位の社会ではないかと考えています。

 

でも、戦後教育の「とにかく(特に男性が)働くことでGDPを上げることが善」とされてきた「しがらみ」から、どう脱却したら良いか分からないんですよ。私自身がその「しがらみ」を変えていかないといけないことに気づいたのが50歳を過ぎた頃だったのでね。

 

学生のみなさんには同じ思いをしてほしくなくて、意識的にジェンダーの話をするようにしています。

 

青色しか見えなかった人が、赤や緑も見えるように

 

ーー教育の課題がジェンダーに繋がっているのですね。学生たちにはどんなことを伝えているのでしょうか?

 

山中:ジェンダーの話題に触れるとき、私がいつも心に留めているのは「青色しか見えない人」の話です。「青色しか見えない人は、そのことを認識できない」という論文の一節なのですが。

 

ジェンダー平等について考えると「青色しか見えない人」の存在をめちゃくちゃ感じるんですよ。

特に他国のジェンダー平等への取り組みを知る中で「世界での『当たり前』が日本では『当たり前』とされていない」ことを実感するようになりました。

 

学生たちにはフィンランドやニュージランド、スコットランドなど、女性首相が誕生した他国での取り組みや現状を伝えています。世界の状況や考えを知ることで、青色以外の色、例えば「赤」や「緑」を知るきっかけになればといいなと思っています。

 

 

一人ひとりが健康で、幸せである社会とジェンダー平等は繋がっている

 

ーー山中さんが考える「ジェンダー平等が達成された社会」とは、どんな社会でしょうか?

 

山中:私の中ではかなり明白で、あらゆる男女比は、多くの人が集まれば、必ず大数の法則により50:50になることです。50:50を目指す過程で、今まで見えなかったこと(未知の要因)が少しずつ見えてきたのが、ここ最近なのかなと感じています。

 

ジェンダー平等が達成された社会って、「一人ひとりの個性が十分に発揮される社会」だと思うんですよ。色んな区別がなくなって、個人そのものを大事にする社会。

 

その根底にあるのは「ウェルビーイング」だと思っています。ウェルビーイングとは、一人ひとりが、そして社会が「良い状態」であることを目指す取り組みです。

 

スコットランドの元首相ニコラ・スタージョンさんが、政策の目標として「ウェルビーイング」を掲げていました※が、国民一人ひとりの健康や幸せを目指す社会は、ジェンダー平等とも深く繋がっていると思います。

 

「ジェンダー平等」という旗をあげて、社会課題の先頭に立って進めていくことが、ウェルビーイングが達成された世界に近づく鍵になる、とさえ感じていますね。

 

 

※参考:TED「政府がウェルビーイング(幸福度)を優先するべき理由」

https://www.ted.com/talks/nicola_sturgeon_why_governments_should_prioritize_well_being?language=ja

 




 

 

山中:「ウェルビーイング」である社会を実現するために、まずできることは「自分の意見を持つこと」です。自分にとっての「良い状態」とはなんなのかを考えることが大事。そのためには他者との「対話」も必要です。

 

対話に有効なのが「心のボイストレーニング」。まずは自分の考えを言えるようになろう。次に相手が何を言っているのか受け止めて、自分なりに咀嚼してから意見を返そう。この練習をしよう、ということを学生たちには伝えています。もちろん、そういうことが言える心理的安全が保障される必要もありますな。

 

自分の意見を持ち、対話ができる人が増えていくことで、社会は良くなっていくと思うんですよね。

 

ジェンダー平等は社会を変えるエンジンになる。「分からなさ」を大切にしながら学び続けたい

 

ーー社会を「良い状態」にすることと、ジェンダーが結びついたとのことでしたが、環境問題などを研究されてきた先生にとって、ジェンダーの話をすることに抵抗や違和感はありませんでしたか?

 

 

山中:抵抗はなかったですよ。社会を良くするためのジェンダー平等、ということはもちろんですが、「当たり前のことが当たり前になっていない不思議さ」の方が、最初は大きかったかもしれません。

 

でも専門家ではないので、ジェンダーに関してはまだ分からない、知らないことが本当にたくさんあります。いくら学んでも「何かが足りない」という感覚がずっとあるんです。

 

 

 

 

私はシニアの男性で、おまけに北大教授という社会的には十分「強い立場」の人間です。だからこそ、「私みたいな人」がジェンダーの話をしないといけないなと思っています。

そのためには間違った知識を持っちゃいけない。だからセンターの事業で勉強させてもらっています。

 

学ぶたびに思うのは、これは「社会を変える突破口」だということ。50:50の実現に向けて行動することで、色んなものが芋づる式に動いていくと思います。

 

ジェンダー平等は社会を変えるエンジンです。これまでの「当たり前」を壊し、現代社会にフィットするものとそうでないものを選び直していく必要がある。

 

一人ひとりが幸福である社会を実現するために、これからもセンターの皆さんと一緒にジェンダーを学び、何ができるかを考え続けていきたいと思っています。

 

 

 

 

構成・文:本間幸乃(ライター、精神保健福祉士)

 

 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?