みんな違ってそれでいい。学びは豊かな社会をひらく|元IT会社社員・中川朋恵さんインタビュー
みなさんは「ジェンダー」という言葉から、どんなイメージを思い浮かべますか?
難しそう、面白そう、よくわからない……。
一人ひとり想いや考えが異なるからこそ、センターでは、ジェンダーについて学ぶ場をつくり、お互いの考えを共有する時間を大切にしています。
元IT会社社員の中川さんは、センターの主催事業によく参加してくださる方のお一人です。組織という枠をこえ、さまざまな学びを楽しんでいるという中川さんですが、ジェンダーを学びはじめたのは、社会人になってからだったといいます。
なぜ大人になってからジェンダーを学ぶようになったのでしょうか?
今回は中川さんに、ジェンダーを学ぶ価値や、学ぶことで得られたものについてお話しをうかがいました。
プロフィール
中川 朋恵さん(元IT会社社員)
北海道札幌市出身。小学校教員の祖父母、新聞記者の父をもち、本に囲まれた環境で育つ。学びの原点は絵本と北海道の自然。
帯広畜産大学を卒業後、IT会社に就職。38年間勤続する中で様々なコミュニティに所属し、ジェンダー、教育、行動学、社会問題など多岐にわたる学びを深めた。2024年2月末に勤めていたIT会社を退職し、新たな道に。
スキップから始まった学びの世界
ーー現在さまざまなコミュニティに所属して、学ぶことを楽しんでいる印象がある中川さんですが、いつから「学び好き」になられたんでしょう?
中川:学びのスイッチが入ったきっかけは、「エミコの部屋」という、サイボウズ株式会社の永岡恵美子さんによるイベントです。2018年4月に開催された第1回目に参加しました。
当時私はIT会社の管理職だったので、モチベーションマネジメントやリーダーシップ研修など、さまざまなセミナーを受けていました。でも「エミコの部屋」はこれまで受けてきた、ビジネスの手法を教えるようなセミナーとは全く違ったんです。
イベントのコンセプトは「スキップしながら会社に行こう」。会社員や公務員、個人事業主など、働く人たち20名ほどによる交流の場でした。開催目的のひとつが「日本財団子どもサポートプロジェクト難病児支援基金」への寄付であったことも印象に残っています。
イベントで出会った人たちの温かさ、恵美子さんのお話の素晴らしさに心が動き、「スキップして会社に行ける靴を買いました」と初めてSNSに投稿をしたことを覚えています。
薫陶で封印が解かれていった
ーー学びや気づきを率直に伝えている姿が素敵です。特にジェンダーのことは、自身の学びと身近な関係との結びつきをなきものとして、周囲に伝えることを避けてしまうことも多いように思います。
中川:私が発信できるようになったのは、社外で出会った人たちのおかげです。個人の考えや気づきを尊重し合い、のびのび学ぶことができたから。仲間の存在が自信と勇気に繋がりました。
社外の学びの場に行くことが増えてから、その場にいる人たちがまとう薫りに燻されていくような感覚がありました。まさに「薫陶を受ける」とはこのこと。
すると徐々に、今まで「当たり前」だと思っていたことに違和感を覚えるようになりました。社内で「あれ?」「これは違うんじゃないかな」と思うことが増えて。
違和感を覚えたことのひとつが、ジェンダーでした。実は入社当時から違和感はあったんです。大学ではジャージしか着ておらず、化粧もしていなかったので、最初はかなり社内で浮いた存在だったと思います。
「男は仕事、女は家庭」という昭和モデルの中で、ジェンダーに対する違和感を封印して、勤め続けてきた自分に気がつきました。SNSの投稿も最初は怖くてできませんでした。会社の人に見つかって、変な奴って思われたらどうしよう、って。
でも、社外の人たちから薫陶を受けることで、だんだん勇気が湧いてきたんですよね。もう「変人上等」だと思って、同僚や上司に社外での学びを共有したり、社内で感じた違和感について声をあげるようになりました。
同時期にコロナ禍の影響で、社内SNSでのやり取りが活発化したことも、発信の後押しになりました。自分と似た考えを持つ社員が全国にいると知って、心強かったですね。
フィンランドで体験した「想定の保留」と、中学生から学んだ「大人の余裕」
ーー学んできた中で、印象に残っている言葉や考え方はありますか?
中川:たくさんあるのですが、特に大切にしている言葉は「想定の保留」です。ワークショップ企画プロデューサーの中野民夫さんの言葉なのですが、ジェンダーをはじめ、あらゆる差別問題に通じる考え方だと思います。
私が「想定の保留」でイメージするのは「氷山モデル」です。目に見えている氷山はほんの一部で、その下には大きな氷の塊が隠れている、という考え方。「想定の保留」とは、目に見える一部分だけで人を判断するのではなく、見えない氷山の下を理解しようとする行為だと、私は解釈しています。
まさに「想定の保留」を実践していると感じたのが、フィンランドの人々でした。
以前フィンランドの保育園を見学した際に、現地の通訳さんが「ここでは小さい頃から『みんな違う』ということを学んでいるのですね」と仰っていたんです。違いを知るということは、「誰もが氷山の下を持っている」という共通認識を持つことだと感じました。
特に印象的だったのが、保育園に置かれていた可愛いエコバック。レインボー家族、里子がいる家族、保護者3人の家族など、10種類の家族の形が描かれていました。
中川:もうひとつ、私が大事にしている言葉は「大人の余裕」です。
これは中学2年生の女の子の言葉なんですよ。エルプラザで行われた、SDGsのワークショップでの出来事だったのですが。
「地球が幸せになるために、大事なことってなんですか?」という質問に対して、女の子は「大人の余裕」と書いていたんです。衝撃を受けました。
男だから、女だから、母だから……などと決めつけたり、括ってしまう方が楽なんですよね。だからこそ、意思を持って「想定を保留」することが大事。でも余裕がないと忘れてしまうし、楽な方を選んでしまう。だから「大人の余裕」も大事。この2つは、いつも心に留めている言葉です。
みんな違うから面白い、違うことに価値がある
ーー「大人の余裕」ってすごく良い言葉ですね。ジェンダーについて話すとき、「あれもだめ」「これもだめ」とダメ出しばかりしていたことに気がつきました。一番残念で避けたいことは「ジェンダーって窮屈だな」と思われてしまうことなんです。そうではなく、「ジェンダーに配慮することで豊かな社会になる」ことを伝えたいのですが。ヒントとなる学びはないでしょうか?
中川:私はフィンランドにヒントがある気がします。だからフィンランドの人々がなぜ幸せそうだったのかを考えているのですが……。
「人と違っていることがあなたの価値なのだ」という考えが、幸せを生んでいるのではないでしょうか。
一人ひとり違うことが面白いし、素晴らしいというフィンランドの価値観は、ジェンダーに配慮することで生まれる豊かさに通じると思います。
金子みすゞさんの有名な詩で「みんな違って“みんな“いい」という一節がありますよね。これをフィンランド流にすると「みんな違って“それで“いい」となるんじゃないかな。
フィンランドで一番印象的だったのは、子どもの希望を大人が必ず叶えること。保育園で作った友達の作品を「大統領に見せたい!」と書いた手紙を、作品とともに大統領に送っていたんです。それも子どもの言葉のままで。そうしたら大統領から返事が来たんですよ。なんて素晴らしい国なんだと感動しました。
「子どもが主体」という考えのもと、大人の考えで括らず、個を尊重する。フィンランドの教育からは学ぶことが多くあると思います。
カオスの中に身をおき、学ぶ楽しさを味わう
ーー中川さんにとってジェンダーを学ぶ意味、価値はどんなところにありますか?
中川:カオスの中にいることの面白さでしょうか。びっくりすることとの出会いが楽しいんですよね。ジェンダーのように、正解がない、人によって答えが違うことを学び、考える楽しさは、学びの醍醐味です。
一過性の楽しさではなく、今まで知らなかった知識や価値観を知る喜びや幸せを、ジェンダーを学ぶことから感じています。
ですから「ジェンダーは堅苦しくて窮屈だ」と感じている人も、学びを深めることで共感することや納得すること、新たに気づくことが必ずあると思います。私自身、学ぶことで多くの刺激をもらって、仲間ができて、見える世界が広がりました。
実は4月から、新たな道に挑戦するんです。初めての体験に今からワクワクしています。
不思議なことに、学べば学ぶほど、子どもの頃に戻っていると感じるんです。これからも好奇心を原動力に、学びを楽しみ続けたいですね。
構成・文:本間幸乃(ライター、精神保健福祉士)
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