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【連載小説】妖と結婚したら加虐者だった話9【妖の加虐者】

前回のお話はこちら

百鬼さんが帰って来て4日。
あの夜から4日。

妖の回復力というものは凄まじく、普通の人間であれば全治何か月ともわからない状態で帰ってきたのにも関わらず、百鬼さんは既にピンピンしていた。
まだ傷跡は残るものの、既に薄らいだ状態で、やはり人間とは違う事がありありとわかる。

庭を眺めながら縁側に座り込む、百鬼さんの隣に腰かけた。
どうやらしばらく仕事は無いらしい。

「鬼退治ってどんなものだったんですか」
「仕事に興味もってくれたん?」

百鬼さんはからりと笑いながら、庭に迷い込んだ猫を目で追っている。

「今回は珍しく、大勢やったんよ。強いのが数体。いずれも、もとは人の子やったね」

庭の猫は、子猫を木の下にかくまうために、奥から口で咥えては運んでいく。

「昨今で言う集団犯罪。それも、放っておいたらきっと、大きな犠牲者がでるようなもんやったんやろうね」
「テロ、とかそういうのですか」

百鬼さんは私の方を見ず、ゆっくりと頷いた。
鬼になったからといって、人ではある。
それを殺めた重責は、きっとこの人の背中に大きく圧し掛かっている。

仕方のない事だ。
少し前に流行ったトロッコ問題のようなもので、やらないと、やられてしまう。幾多の命が犠牲になる。
だが災魔に乗っ取られ、鬼となった人も、本来は過ちを犯すべく人間ではなく、ただの人なのだ。

この人はずっと背負っているのだろう。
自分の消してきた、命の灯を。

「魅音」

百鬼さんは優しい声で、私の手を握った。

「はい」
「できたみたいやわ。僕たちの子が」

百鬼さんは、まるで涙をこらえているかのように微笑んで言った。

「できたん、ですか」
「うん。子が宿っとる匂いがすんねん。妖の子はね、人よりも何倍も育つんが早い。きっと三月もすれば、生まれてくるよ」

ぎゅっと百鬼さんの手が強く私の手を握りこめる。
いかないで、とでも言いたいかのように。

「魅音、生まれたら、選んでええよ。ここから去ってええよ。魅音には、魅音の人生がある。もっと好きな事、したいやろ?」

言葉とは裏腹な、百鬼さんの鼓動が手から伝わってきた気がした。
それでも彼は、行かないでなんて口で言わない。
ここに居てほしいなんて言わない。

私を愛しているから。
私の幸せが、自分の幸せだと思っているから。

そこに、自分の姿が無くとも、私が幸せであればそれでいいというように、百鬼さんは私を手放そうとしている。

「……考えてみます」

私はそう言って、縁側を立った。

百鬼さんのそばに居たい。そうあの夜には思った。
だけど、百鬼さんのそばに居るという事は、百鬼さんが鬼退治に行っていた夜のような不安がずっと付きまとい、ずっと、私の人生がどこか私の思うがままに生きていけなくなるように感じて、即答できなくなっていたのだ。

縁側を離れて、そのまま百鬼さんの部下の人たちがいる宿舎へと歩みをすすめる。

決断までの時間は無い。
赤ちゃんが生まれてしまう前に決めないと、きっと。

きっと、私は今までみたいに、自分のまわりのせいにして、逃げ道を考えてしまう――。

そんな気がした。




「あの……。羅城さん、ですよね」
「ああ?」

目つきの悪い、頬に四つの目がある妖にして、百鬼さんの右腕。
話すのは初めてだけど、何度か百鬼さんが名前を呼んでいるところを見たことがある。
たまに羅城さんの話を百鬼さんはするが、百鬼さんは彼の事をヤンキーだの、まだまだ子供だの言いながらも、可愛がっている様子だった。

「私、百鬼さんの……」

妻、と言おうとして、思わず口をつぐんだ。
妻ではある。結婚はしている。
だけどすぐに、契約終了で破棄になるかもしれない肩書だ。

「ああ。アンタ、若頭の」

羅城さんの右頬の瞳が、ぎょろりと私を睨みつけた。

「んで、若頭の嫁がなんの用だよ」

いかにも、歓迎してないから早く帰れと言わんばかりの口調で問い詰められた。

「あの……鬼退治で、百鬼さんはどのくらい強いんでしょうか」
「そんなこと聞いてどうすんだよ。なに、あんた一緒にでも行くつもりか?」

嘲笑しながら羅城さんは言った。
まるで学校にいるいじめっ子みたいだ。
話していると、居心地が悪くなっていく感覚がして、思わず逃げ出したくなった。

だが、答えを聞くまでは、私も、ここを去れない。

「百鬼さんは、鬼退治で死んだりしませんよね」

強い口調で問いかけた。
きちんと、百鬼さんに死んでほしくないという意図が伝わるように。

羅城さんは驚いた様子で、頬を二、三掻いた。

「わかんねえよ」

眉間に皺を寄せて続ける。

「若頭は強い。今までのどの妖よりもきっと。だけどな、災魔もどんどん強くなってやがる。死ぬか死なねえかは、正直時の運みたいなところがあんだよ」

羅城さんは嫌そうに言った。
よっぽど百鬼さんを信頼しているようで、百鬼さんが死ぬという事を考えるだけで嫌なのだろう。

「だがな、嬢さんよ」

羅城さんは懐から、小さな手帳を取り出した。
中を開けて、私に向ける。

そこには、羅城さんと、女の人と、女の人に抱きかかえられた子供の姿が写った写真だった。

「守るもんがあるってのは、強くなれるってことだぜ」

羅城さんはそう言って、からからと笑うと、黒い鼻緒の下駄を鳴らしながら、宿舎の自室へと帰っていった。

妖にも、妖で、幸せになれる方法もあるらしい。
幸せな家庭が築ける方法もあるらしい。

それならば、きっと。

私は百鬼さんと……?

頭の中で羅城さんの声がリフレインした。

「守るものがあると、強くなれる」

小さな声で、呟く。
夕焼けの空がにじんで、一日の終わりを告げようとしている。

沢山の背負ったものにも押しつぶされず生きてきた百鬼さんの、その沢山の重荷を一緒に背負える人に、私はなれるのだろうか。
彼が、死にたくないと思って、最期の一瞬まであきらめない希望に、私はなれるのだろうか。

いや、なれるのだろうかじゃない。
なるんだ。

私は百鬼さんが、好き。
私を愛してくれる百鬼さんが、優しい百鬼さんが、傷ついた過去のある百鬼さんが、好き。

そしてお腹の子も、私は離れたくなんかならないはずだ。
私が生む命なのだから、きっと。

心は決まった。
うじうじと悩んでいるのは、私の性にあわない。

ここにきてからというもの、目まぐるしい毎日ですっかりと自分を失っていた気がしたけど、私はあの時。災魔に襲われたあの時に、自分の思うがまま生きると決めたのだ。

私の思うことはただ一つ。
百鬼さんと、この先もずっと、一緒に居たい。


私は彼に想いを伝えるべく、落ちゆく夕日を眺めながら、ぐっと服の裾を掴んで、誓ったのだった。

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