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短編小説を抱いて、夢のなかへ

寝る前のカフェインにはご注意、とよく言われます。
ホットミルクや養命酒の方が安眠をいざなうのでしょう。

寝る前の傑作推理小説、冒険小説には注意でしょう。
ほんのり平らかな短編小説のほうが、安らいで明日に向えるのでしょう。

山本周五郎、浅田次郎、百田直樹、原田マハの短編が僕は好きで、ストーリーが抜群に面白く、次のページを捲りたくなります。僅かなページ数で没頭でき、非日常へといざなって貰えますので、僕にとっては日中向けなのです。

今、僕が夢中になって読んでいるは、吉田篤弘の短編。
特に、24話を束ねた 「月とコーヒー」(徳間書店)と12話からなる「台所のラジオ」(ハルキ文庫)は何度か読み返しています。

著者の短編集はどの作品もドラマティックな展開はなく、結末も「あれっ、もう終わり?」というものあります。また、極悪人や意地悪な人は登場しません。静かに不思議な物語が紡がれ、強いスパイスを入れてない分、 まろやかで優しく、どこか懐かしいテイストなのです。読了後にほっこりとして、 穏やかな心持ちになります。すべては作者の狙い通りと判ります。

「月とコーヒー」は、大人のメルヘン、社会派的なSFの筋立てやシュールな風合いのある物語集。あとがきで作者は、就寝前のひとときに読んで貰いたいと記しています。 次どうなるのか、はらはらするのではなく、自分で想像しているうちに寝てしまう効果があると。

「台所のラジオ」は、寂れた街のアパートや喫茶店、ステーキハウスなどを舞台に、 台所や冷蔵庫の上のラジオと食事をモチーフにした、若き男女が織りなす物語集。あとがきで作者は、起承転結の「結」がないのは、 地上から主人公たちを見下ろしている天使が、彼ら彼女ら登場人物の行方をもう見届けなくて大丈夫だろうと思ったから、と説明。

一旦締めた物語のその後を読者に想像してもらう。 読者は寝床に就き、その余韻と奥行きを追いかけ、やがて夢の中へ溶け込んでいくのです。これがクセになれば、もう吉田ワールドの住人ということだと僕は思います。

「秋の夜や本開けたまま寝入る夜」弥七

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