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夏空、夏風、夏の爽 2

僕の職場の同僚、
夏風爽一は謎に包まれた男だ。

怒りや情熱を全く発しない、感じさせない人。
血の気の荒い僕から見ると、不思議でならない。
でも、彼も若い頃は相当な荒くれ、
近隣の他部署からも目立つ程に
大声を出したり、険しい表情をしたりする人だったと、
かつての彼の同僚が教えてくれた。

僕は、職場の喫煙メール、
いわゆる煙草部屋で彼と一緒になったとき、
あの真夏の飲み会の、話の続きを
聴いてみたくなった。

「前も話したけど、夏風さんは、
本当に飄々として、怒らない人だよね。
でも以前はそうではない、と聞いたことがある。
何がきっかけで変わったの??」

確かに、若い頃は、
感情を出しっぱなしでしたね。
自信がなかったからかもしれません。
馬鹿にされたくないと虚勢を張り、
勢いよく仕事に没頭しないと
置いて行かれるような、
そんな気がしていたのでしょうね。

「年次を重ねるごとに、自信がついてきて、
怒りや感情をあまり表に出さなくなった、
ということ??」

まあ、それは大きいでしょうね。
でもそれだけでなく、自分にとって大切なものを
維持できているなら、それ以上を望まず、
賢く生きたくなったのだと思います。

「それはいつぐらいから?」

10年くらい前でしょうか。
部下5~6人の部署の責任者
になってからですかね。
最初は思い通りに動いてくれない部下、
こちらの考えを理解してくれない部下に
どこか態度が不遜な部下たちに、
イライラして、血圧が急上昇していましたよ。
自立神経なんか、乱れまくっていたと思います。

「それがどのようにして
賢く振舞えるようになったの?」

あるとき、反発心のある部下と相対していて、
なんだか、とっても疲れてしまったんです。
俺って、なんでこんなに疲れているのだろうと。

所詮、みんな、他人であり、
人生観や価値観は百人百様。違って当たり前。

自分の思いや考えを押し付けたりして、
部下の考え方や行動を
改めさせようとすること自体、
大きな間違いであると、気づいたのです。
それは上司に対しては、なおさらのこと。
他人は決して変えられませんよね。

「理屈では、頭では、俺もそう思うけど、
なかなか、うまくいかないよね。」

そうです。もちろん、すぐに切り替えて、
うまく立ち振る舞えるように
なれたわけではありません。
少しずつ変えてゆき、時間がかかりました。

そのうちに実感してきたのが、
上司の思い通りに動く部下=良い部下(前者)
上司の考えに反発する部下=悪い部下(後者)、
という方程式を、捨てるべきということ。

とかく前者をかわいがり、
評価を高くする傾向がありますが、
前者ばかりでは、
自部署も私も全く成長しないのです。

後者は、上司としては
確かに扱いにくく、しんどいですが、
じっくり対話をしていくことで信頼が生まれ、

話し合いが終わったころには、
ブレークスルーの爽快感と
自分でも教わったことが多々ある
との実感があるのです。

「後者ばかりでは、重すぎるけど、
後者が必須ということもわかる。
物分かりの良い部下ばかりでは
組織は成長しないのは確かだ。
でも、実際、反発心のある部下って、
面倒で、かったるいぜ。」

仰る通りです。
だから僕は、3つの段取りを決めたのです。
まずは、彼らとは笑顔で接し、良好な気を発する、
二つ目は、彼らの意見を徹底的に聴く、
三つ目、彼らの意見を真っ向から否定しない。

「それだけで、うまくいくの??」

徹底的に聴いたあとで、
彼らの考えの素晴らしいところを褒めたり、
ちょっと偏りがあるところには、
軌道修正のヒントを加えたり、
とにかく穏やかに、柔らかく、
寄り添い続けるのです。

そんなことを話し合っているうちに、
信頼関係は出来てきます。

要は、この上司には、どんな意見も、
堂々と言える安心感のある職場環境が大切。
そのためには、上司から歩み寄ること。
それが高ポジションの人の責務であり、
真の大人のありようだと思って。

「なる程、そうすれば、
この上司は話を聴いてくれた、
この上司にはなんでも話せる、
この上司は信頼できる、
この上司は大きい、
この上司に付いて行こうとなるね。」

そうすれば、大抵は円滑にいきます。

部下と反目するだけでは、
上司である自分が損をするだけで、
なかんずく、職場の誰もハッピーになれません。

きっと、僕は疲れたくないだけなんですよ。
自分がかわいいだけなのかもしれません。
結局、人間は自我、自分を守るいきもの。
どんな綺麗ごとを言っても。
自我のレベル感、度合いでしょう。

「そうだよね、まあ、理屈ではわかるのだけどね。」

根底にあるのは、
上司である自分は特段、
偉くないということです。
部下との間にあるのは、
役割の違いだけで、
人間の上下などないのですから。

僕はたいしたことのない人間ですから、
恥をかいてもいいんですよ。
虚勢を張るほど若くないし、
執着やプライドを持てば疲れるだけです。
年下からも、経験の浅い人からも
学ぶことが出来ます。そのほうが楽です。
これぞ、真のビジネス・アスリートでしょ。

自分は年上だぞ、上司だぞ、
自分のほうが経験はずっと上だぞ、
という人は、それ以上の成長はなく、
みじめ、あわれ、格好悪いですよ。
伸びシロを全くない、下り坂の人でしょ。

また、怒りや感情を露にする、
いい歳した管理職の人たち。
稚拙だし、器が小さいし、さもしい。
こんな人が重要ポジションにいては、
この会社の先が知れる。

そんな人にはなりたくないですよね。
穏やかに、楽しく、
若い人に頼って、楽に生きたほうが、
お互いのためですよね。

夏風の言葉が
僕の胸に突き刺さる。
あたかも自分の悩みを
彼が見透かし、その答えを諭し
教えてくれている。
僕は自分がいかに小物か、
思い知らされている。

「さっき『自分にとって
大切なものを維持できているなら』
と言ったけど、それって、何??」

先輩、すっかり長居してしまいました。
次の会議に遅刻しそうです。
この続きは、またこんど。

彼は電子煙草をジャケットの
内ポケットに仕舞込み、
風のように去った。

(短編連作、次号に続く)

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