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生き方の美意識は表現の美意識

みっともなくていい

カッコつけないで生きたいと思っている。
みっともない自分を隠さずに、言い訳せずにそのまま生きたい。

だからって露悪的になるのも傍迷惑な話なので気をつけたいんだけど。

生き方に対する美意識は踊りに対する姿勢と同等なので、カッコつけない踊りが好きってことだ。

伸びやかでゆったりして、しなやかな動きが好きなんだけど、そういう生き方が好きなんだね。

誰かと絡まったり、関係したりしながら、個々のダンサーがソロなのが好きというのも、生き方に同じことを求めているんだろう。

好きな傾向をあらゆるものに当てはめて考えると、答えはハッキリしていることに気づく。

会社も表現も今までで一番、自然体でムリの無い形になっている。

個でありながら関わっていく。

これが私の生き方と表現の基本らしい。

目下の興味をミクロからマクロまで考える

ミクロは体のこと。年齢と共に変化していく。筋肉量の減少を感じるが増やそうとは思わない。ただ、地面を踏み締め体を動かすことは維持できる筋力を維持したいと思う。

内臓はますます労わっていく必要を感じる。今までの労を労うように、呼吸や食生活を考えていかなくてはならない。

踊りは今まで以上に体に征服されたものになるだろう。体を蔑ろにした踊りを私は好まない。激しくない、苦しくない、超絶技巧のない踊りは観る人を楽しませてはくれないが、自分の体に服従しながら踊ろうと思う。

若い頃は菓子パンやジャンクフードばかり食べていて、始終内臓が気持ち悪くて具合が悪かった。
風邪をひいたり、妊娠した時に体に悪いものを食べたくなくなることに気づいて、頭の欲求よりも体の声に従ったら、どんどん食べるものが変化した。

ついでに言うと、生き方も変化したし踊りも変わっていった。つまりは全部関連してる。

だから、踊りを追求することは生き方を変えていくし、食べるものも変えていく。逆もまた然り。

踊りは変わっていくのが見えない。動画で見ることは出来るけど、何が変わったのかはわからない。自分は自分でしかなく、いつだってその時の自分なので当たり前に存在してるだけだからだ。

食生活はわかりやすい。仕事もわかりやすい。
特に仕事は数値化されるからわかりやすい目安になる。

踊りをより良いものにしたいから、常に美意識や哲学、価値観を確認する。より良いって何なのか。美とは何か。価値あることは何か。

一人一人の答えは違うから常に問い続ける。

観念的に思考していると思考の森に迷うから、体の改善、経営の改善という思考に切り替えている。

体の改善は、足指、足首、肩関節、背骨、大腿筋辺りが今のところのブームだろうか。

地を踏み、制限なく動かし、筋肉を伸び縮みさせたいということだ。

経営の方は借金を地道に返し、支払いをし、在庫を把握し、知識を増やし、関連企業との関係で商品化に応えていきたい。

関連企業との連携はこれからだ。

つまり、踊りも人と関わり、作品づくりするのはこれからということになる。

体の使い方も、各所がつながり動線になっていくのはこれからということだ。

自分自身を基礎練しつつ、マクロへ目を向けていくところに今は立っているのだろう。

人生は潮の満ち引きのように繰り返している。

今までも同じ局面は多々あったに違いない。マクロを見過ぎて自分を見失ったり、自己犠牲に走ったりして破綻してきた。

あくまで自己があり、そこから繋がりが生まれることを忘れないようにしたい。

見失ったら原点に立ち返ること。

毎日生まれ変わり、毎日生まれて初めてやるかのように基礎に立ち返る。

初めて経営した時の気持ちを忘れないようにする。

日々そこから始めて拡げていこう。

いつも応援ありがとうございます。サポートしていただいたお礼はアートプロジェクト事業費として創造空間の作成やアーティスト活動、仲間への感謝の気持ちの一部とさせていただきます✨