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メルカリCEO山田進太郎さんに聞く「経営者はなぜノンフィクションを読むのか」

※旧SlowNewsのサービス終了前の記事です。文中のリンクは現在は使えませんのでご了承ください。


メルカリ創業者でCEOの山田進太郎さんは読書好きな経営者としても知られている。実はローンチ以来、SlowNewsを愛用しているという山田さんに、ノンフィクションの魅力や調査報道への関心、SlowNewsへの期待などをお聞きした。(聞き手:スローニュース 瀬尾傑)

本はコスパがめちゃくちゃいい

瀬尾 山田さんは一日一冊ペースで本を買う読書家として知られています。お忙しい中、どのように本を買い、読んでいるのか気になる人も多いと思います。

山田 週に一度は書店で棚を眺めますが、基本はKindle派です。Kindleをいつも持ち歩いて、インターネットなどを眺めていて気になったら即ポチる。ビジネス、サイエンス、歴史、小説、漫画、そしてノンフィクション。ジャンルは問いません。常に10冊ぐらいの本を読んでいるイメージですね。その日やその場の気分で、開く本を決めます。

情報を得る手段はいろいろありますが、本はコスパがめちゃくちゃいい。一冊つくるのに著者だけでなく、編集者や校閲など多くの人が膨大な時間をかけてつくっています。それが単行本なら2000円、文庫本なら1000円以下で読めます。

最後まで読まなくても、少しでも自分のアンテナに触れたら躊躇なく買っています。ただ最後まで読むのは2割くらいですよ。なので、面白そうな本を自由に楽しめる、SlowNewsの読み放題というのはうれしいですね。

『逃げるが勝ち』から学べること

瀬尾 ビジネス書や実用書とは違う、ノンフィクションの魅力はどこにありますか。

山田 自分の知らない世界や人間を知れることですね。
仕事では付き合う人がどうしても同質化しがちです。私の場合もネットビジネス界隈の人や、起業家がどうしても多くなります。
でも、本の世界、特にノンフィクションの本の中には、これまでもこれからも自分の人生に接点が全くなさそうな人がたくさん描かれています。その人たちが何を考えているかをノンフィクションは教えてくれます。
たとえば、スローニュースで連載していた高橋ユキさんの『逃げるが勝ち』がわかりやすいかもしれません。保釈中や拘留中に逃走する人がなぜ逃げたかを追ったノンフィクションですが、彼らが何を考えているかは普通に暮らしていたら想像がつきません。いや、想像しませんよね、普段は。そんな世界を僕は純粋に知りたいし、実はビジネスの根幹にもつながっています。

『つけびの村』の高橋ユキさんが逃走犯を描く

瀬尾 ノンフィクションがビジネスに役に立つと。

山田 はい。ノンフィクションは、仕事や生活をハックする方法を教えてくれるわけではありません。でも大事なことは、人間や社会を深く知れることなんです。
僕はサービスを提供するならば、より多くの人に使ってもらいたい。サービスは使ってもらうことで、初めて価値が生まれますし、使う人が多ければ社会に生み出せる価値は大きくなります。自分の知っている世界の人だけではなく多くの人に使ってもらうには、世の中の仕組みを知らなければいけないし、いろいろな人の抱えている課題を知ることも重要です。そのためにはノンフィクションは最適ですね。

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会社という「虚構」に飲み込まれないために

瀬尾 ユーザーエクスペリエンスなどプロダクト考える上で、ノンフィクションの読書経験が役立つわけですね。山田さんは数多くのノンフィクションを読まれてきたと思いますが、オススメのノンフィクションはありますか。

山田 せっかくなのでSlowNewsで読める作品を挙げましょう。森功さんの『地面師』は面白かったですね。地主になりすまして、不動産をだましとる「地面師」が大手企業を騙す話です。これこそ自分とは絶対に縁がなさそうな人たちがたくさんでてきます。彼らが何を考え、行動しているかが詳述されていて引き込まれました。大企業が簡単に騙される仕組みも勉強になりました。

森功さんは連載『最後のフィクサー葛󠄀西敬之』も話題に

高橋篤史さんの『粉飾の論理』も推したいです。ライブドア、カネボウ、メディア・リンクス、監査法人に焦点を当てたドキュメントで、粉飾の構造が生々しく描かれています。興味深いのは、一部の経営者だけで粉飾が行われているわけではなく、直接間接に多くの関与者がいることです。
僕が経営者として意識しているのは、会社は虚構だということなんですよ。

東洋経済新報社の敏腕記者が粉飾事件に迫る

瀬尾 会社は虚構?

山田 会社は、目的を達成するためにつくった箱のような存在です。ミッションを掲げ、それに賛同する人が働いたり、お金を出したりする仕組みです。この仕組みは目的を達成する推進力にもなります。しかし、行き過ぎてしまうと、負の側面が大きくなります。組織を動かす論理が強くなってしまい、組織の常識と世の中の常識が乖離して、落とし穴ができます。
自分がどういうフィクションの中にいて、どのような役割を果たしているかを常に意識していないと、虚構に飲み込まれて、世の中から脱線してしまうリスクが生じます。自分を戒めるためにもこうした企業ノンフィクションはよく読みますね。

「ここではないどこか」に想像をめぐらせる

瀬尾 粉飾もそうですが、企業の不正は冷静に考えればいつかバレます。そんな当たり前のことに当事者は気づかない。そもそも、会社員が危険な橋を渡って会社に滅私奉公しても全く割に合いません。企業ノンフィクションにはそうした虚構に飲み込まれてしまって冷静に判断できない人が多く出てきますね。

山田 そうですね。でも、あえていえば、その気持ちはわかります。多くの人は僕も含めて、中学生や高校生の頃は、学校やクラス、友人関係、あるいは家族といった非常に狭いコミュニティーで生きていたはずです。「ここではないどこか」に自分がいる姿を想像できない。そもそも、「ここではないどこか」があるという発想がない。だからいじめですごく悩んだりするんです。大人になってからもコミュニティーの外側に気づかないと、虚構に縛られっぱなしになります。それは会社かもしれないし、家族かもしれないし、地域社会かもしれない。社会と違うロジックで動いていてもそのコミュニティーしか知らなければ、おかしさにもリスクにも気づけません。

瀬尾 コミュニティーの外側の違う世界を自分で体験できればいいですが、本の世界、とりわけノンフィクションで知ることもできますね。

山田 僕は旅が好きで、メルカリを創業する前に世界一周しました。それこそ沢木耕太郎さんの『深夜特急』の世界です。旅には未知の世界に自ら入っていって、そこの中で体験することで何かを発見できる楽しみがあります。体験することで知らない世界を知る面白さですね。でも、自分の体はひとつなので体験を重ねるのにも限界があります。本を読めば、場合によってはその人の一生を追体験できる。やはり、コスパがいいですよ。

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調査報道の力を信じています

瀬尾 山田さんはメディアや報道のあり方にも非常に関心をお持ちですね

山田 メディアについて書かれたノンフィクションはよく読みます。一昔前なら佐野眞一さんの『巨怪伝』、中川一徳さんの『メディアの帝王』、最近だと柳沢健さんの『2016年の週刊文春』は読み応えがありましたね。メディアはその成り立ちも含めて部外者からはよくわからないところだらけです。そのよくわからないところが面白い。人間の欲望が集まっている世界であり、人間くささがたまらないですね

瀬尾 新聞社や出版社は今でこそ古い大企業の代表みたいに扱われていますが、もともとはスタートアップです。さらにいえばアウトサイダーでもあった。産業界のど真ん中に上品にいたわけではなく、人の興味を煽ることで成長してきた産業です。いまはデジタルメディアのPV至上主義が批判されますが、もともとテレビも視聴率主義だし、週刊誌も部数を追いかけるし、もちろん新聞だってそうです。歴史を遡れば、昔から読者の好奇心に向き合って伸びてきたわけです。その人間くさいメカニズムこそ、メディアの本質なんでしょうね。

メディアの裏側を知るためのSlowNewsのおすすめ

山田 そのネガティブ側面としては、コロナ禍では煽情的な報道が目立ちましたね。こちらとしてはどのニュースが本当かもわからないし、どのような裏付けが取れているかもよく分からない。本当かどうか以前に、テレビや新聞を見ても、自分が知りたいと思った情報がそもそもなかったり。「これってもっとうまい仕組みができないのか」と思いましたね。ただ、僕はメディアに否定的なわけではなく、報道、特に調査報道の力を信じています。調査報道によって不正が暴かれたり、政策が変わったり、人の意識が変わったりしてきた歴史がありますから。

テクノロジーがノンフィクションを変える

瀬尾 アメリカでは調査報道に取り組むNPOであるプロパブリカに巨額な寄付が集まる、きちんとした取材をするジャーナリズムにお金が流れる仕組みが始まっています。

山田 日本にもそういう仕組みが必要ですよ。ぼくも関心をもってメディアの人たちに積極的に会って話を聞きましたが、知れば知るほど難しい業界ですね。新聞は部数減が止まらず、出版も厳しい中でも、デジタルを含め、現場の人たちはいろいろ模索しているし、使命感を持って取り組んでいる。しかし、なかなかまだ正解は出てきていない。
ですから、SlowNewsは凄いですよ。正面から調査報道にお金が流れる仕組みをつくろうとしている。インターネットの力は既存のメディアの構造を壊したのは間違いありませんが、一方でニュースの消費量は爆発的に増えています。だから、ニーズはあるわけです。音楽業界がインターネットに破壊されて瀕死の状態になりながらもサブスクリプションの普及やライブ強化で復活しました。テクノロジーによってノンフィクションの世界にも変化を起こそうというSlowNewsの試みにはとても関心があります。

プロパブリカの調査報道もSlowNewsが独占翻訳

瀬尾 山田さんのようなメディア外の人から応援をしていただけるのはとてもありがたいです。メディアの人たちは内輪で集まりがちです。しかし、ジャーナリズムにとって必要なのは内輪の論理ではなく、社会から、外部から、支持されるようになることなんです。そういう意味でも、山田さんのような経営者からの声はとても重要だと思います。あつかましく聞きますが、SlowNewsをより多くの人に使ってもらうにはどうしたらいいですか。

山田 まずはどう面白さを知ってもらうかですよね。例えば、漫画のアプリが登場したことで、漫画の読者人口が増えています。「無料で1話読める」、「一定時間経つとまた無料で読める」ような仕掛けをつくることで、漫画をそれまで読まなかった人も取り込んでいます。暇つぶしに試した人が定期的にアプリを使うようになるわけです。もちろん、そのままノンフィクションの世界で同じことはできないでしょうが、調査報道は日本ではまだ開拓されていない領域です。面白いと認知してもらえたら、広がりも大きいいはずです。「こんなことも知りたい」という土壌ができれば、読者も集まりやすくなります。
これはあくまでも僕の思いつきですし、何が正解かわかりません。ただ、SlowNewsが立ち上がったことでノンフィクション界が大きな一歩を踏み出したという印象はあります。やはりテクノロジーが重要ですよね。

画期的なSlowNewsを応援しています

瀬尾 ネットでビジネスモデルが変わって、ジャーナリズムメディアは苦しくなったという声ばかり聞きますが、実際は書き手個人から見ればこんな自由な時代はないんです。会社の上司と意見が合わずに紙面も放送時間も貰えなくても、noteにでも Facebookに書けばいいわけですから。
SlowNewsは編集者とともに書き手を育てていくことに力を入れているので、そうした個人が活躍できる可能性がさらに高まります。山田さんが指摘されたように、テクノロジーの進化で解決できる問題はたくさんあります。

山田 本当に楽しみにしています。SlowNewsはオリジナルの連載だけでなく、過去の日本の一級品のノンフィクションが読めるようになっています。さきほど僕が挙げた『地面師』や『粉飾の論理』も読めるし、山際淳司さんの『江夏の21球』のような不朽の名作もある。

スポーツノンフィクションの金字塔

山田 加入者が増えて、サブスクリプションがうまく回り出せば、そのお金が調査報道など新しいノンフィクションを生み出すのに回ります。コンテンツもさらに充実します。そうすれば、「ここに来れば良質なものが手に入る」と認識されて、さらに加入者も増えるし、SlowNewsで書きたい書き手も増えて、より質も高まります。画期的な仕組みですよ。応援しています。
 
瀬尾 ありがとうございます。ネットの世界にノンフィクションや調査報道の良い循環ができるようがんばります。

  写真:塩田亮吾  構成:栗下直也

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山田 進太郎
やまだ・しんたろう 2013年にフリマアプリ「メルカリ」の運営会社を創業。代表取締役CEO。無類の読書家としても知られる。

瀬尾 傑
せお・まさる スローニュース株式会社代表取締役社長。スマートニュースメディア研究所所長。「ニュースを速さから深さへ」を掲げ、調査報道の活動を支援。


こちらの本に山田氏が登場。消費社会がどうあるべきか、今後のビジネスモデルについて真摯に語っています。