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『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』は集大成であり新次元


9月9日の残暑厳しい昼下がり。
私は自宅より電車で片道1時間強かかる大型ショッピングモール内のシネコンへと足を運んだ。
根がインドア派の私は遠出をあまり好まないものの、こと映画に限っては時間も交通費も惜しまない。
況してやそれが約5年間待っていたコワすぎ!シリーズの最新作なのだから北の果てでも南の果てでも向かっていただろう。

今回の『戦慄怪奇ワールドコワすぎ!』は続き物でありながらも色々な理由で本作のみでも楽しめる、その世界を知れる作りにはなっている作品なのだが、その前にコワすぎ!シリーズについて軽く触れておきたい。

コワすぎ!シリーズはパワハラセクハラなんでもござれの暴力ディレクター工藤仁、工藤に振り回される被害者系アシスタント市川美穂、何があっても絶対にカメラは止めないイエスマンカメラマンの田代正嗣の3人が様々な怪異と対峙した記録を映したモキュメンタリーホラーの連作だ。
ジャンル的には一応ホラーということになっているのだが……。
何というかあまり怖くない……。
第1シーズンにあたる『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』は元がオリジナルビデオ作品なこともあって予算の少なさがわかるチープな絵面で登場する怪異が迫力不足なところがある。
工藤仁の破天荒なキャラクター性が登場する怪異よりも怖い(ある意味ヒトコワか?)。
何よりも既存のホラー作品とは一味違う少年漫画的な濃い味付けのキャラクターや狂気を練りに練られた脚本を見せられると恐怖よりも熱狂が先立つ。
例を挙げれば捕獲する予定の口裂け女を躊躇なく車で轢く、半裸になった工藤が陰陽師の作った結界の中で河童と素手で殴り合う、花子さんの謎を追っていたらタイムリープ物のSFになる、等のホラーという下敷きの上で多種多様なジャンルという名の人形を異種格闘技的に戦わせているみたいなシリーズなのだ。
現在であれば世界に色々あって第2シーズンに突入した超コワすぎ!シリーズも込みで過去シリーズ全作Amazon primeで観られるのでまずはホラーが苦手な人も体験してほしい。
1番真摯に怖がらせてくるのが1作目の『口裂け女捕獲作戦』なのでこれが大丈夫なら怖くて続きが観れないという事はとりあえず無いはず。
幽霊よりこのオッサン(工藤仁)が怖いってところを抜きにしたらの話だが。

私自身がこのシリーズに出会ったのは本シリーズの監督でありコワすぎ!シリーズでは田代正嗣としてカメラマンもやっている白石晃士監督の『貞子vs伽倻子』がきっかけだった。
Jホラーの二大巨頭が一つの画面に揃い踏みする、なんというかカツカレーみたいな映画と聞けばどんな絵面になるのだろうという純粋な興味を持って観に行ってみれば、何とも狂った画を観せられたのだから衝撃だった。
主役の貞子と伽倻子はしっかり怖いのだが、少年漫画的な霊能者の異様なキャラ付けやシュールな笑いを呼び起こす除霊シーンにすっかり魅了された。
「ホラーとギャグは紙一重」なんて聞き飽きていたはずの金言の意味を真の意味で理解したのはこの瞬間かもしれない。
カツカレーの上から更に白石印のドロッドロの特製ソースをかけてあるようなそんな映画だった。
そこから白石監督作品を掘ってみれば出るわ出るわソースダボダボの映画がたっぷりと。
『カルト』や『ノロイ』なんかの映画作品はレンタルビデオ店によく置いてあり比較的簡単に触れられたのだが、『コワすぎ!』は中々見つからなかった。
当時既に店舗数を減らしつつあったレンタルビデオ店を隣町やそのまた隣町まで梯子して見つかったのはトイレの花子さん、劇場版、超コワすぎ!ファイル1&2あたりだったと思う。
同時期に白石監督作品にハマっていた弟と割り勘で全巻ネット通販で揃えると決断するのにそう時間はかからなかった。
今にして思えばニコニコ動画のレンタルなんかを使った方がコストは安く済んだはずなのだが、物理メディアへの信頼が厚かった私はとにかく円盤にこだわった。オタクの習性なのかもしれない。
そして私はコワすぎ!チームの破天荒な行動に笑い、劇場版の工藤の覚悟に涙し、最終章の作品の垣根を超えた江野くんとの友情に昂り、シリーズが2015年を最後に更新されていないことに絶望した。

どちらかと言えばニッチでアングラ寄りなコワすぎ!シリーズの最新作がシネコンのようなゴリゴリのオーバーグラウンドで上映されることに若干の不安を覚えながらも上映4時間前に現地に到着した私は同行者数名とショッピングモールで時間を潰した。
今回の同行者は4人。
内2人はAmazon primeの配信をきっかけにシリーズを踏破、内2人は数年前に私が半ば押し貸しのような形でシリーズ全作を観せて洗脳した来るかもしれないこの時の為に作った鬼神兵のような者達。
「今回の作品は超コワすぎ!の続き?」
「全然関係ない可能性もあるぞ」
「『オカルト』ってあれ『未知との遭遇』?」

等と直近でコワすぎ!シリーズを踏破した者達の話を聞いたり、最新作の時間軸はどうなってるのかなんかを予想しながらモール内を練り歩いた。

予約してあったチケットの発券のために上映20分前に劇場ロビーに到着。
そこでまず驚いたのがロビーに溢れんばかりの人の数だった。
「これ全員『コワすぎ!』の客?」
流石にそんなわけないなと冷静な思考を取り戻したものの、物販コーナーのパンフレットが売り切れていたりほぼ満員のスクリーンを目にしてどうにも思っていた景色とは違うものを見せてくれるようだぞと確信めいた予感が沸々と湧き上がっていた。

前置きが長くなったが、ようやく今回の『戦慄怪奇ワールド コワすぎ!』の解説をしていく。
今回のコワすぎ!チームは実時間の経過も加味しているのか、久しぶりの再会という設定。
実際のところ本編内の時間も経過しているようで工藤はディレクターからプロデューサーへ、市川もアシスタントからディレクターに肩書を新たにしている。あっ、田代くんは特にそういうの無いです。
今回の騒動の発端「赤い女」をカメラに映した若者達が工藤の元にその動画を送り、工藤が真っ先に集めたのはいつものメンバー。
コワすぎ!チームは投稿者トリオ、助っ人霊能力者を引き連れて赤い女が待ち構える廃墟へと繰り出していく。





大傑作やんけ……。

シリーズのファンなら大興奮間違いナシのコワすぎ!ism。
今の倫理観で全国公開でやれるんか?と不安だった表現のブラッシュアップ。
単なる続編で終わらせないと宣言するかの如きコワすぎ!では観られると思ってなかった実験的表現。
コワすぎ!の続編として満足いく出来な上に攻めの姿勢を崩さないスタンスがもう最高だったね。

シリーズファン向けの目配せと言えば、1番に浮かぶのは「ここからはノーカットでご覧いただきます」のテロップに尽きるだろう。
これはシリーズ内でも屈指の人気を誇るエピソード『真相!!トイレの花子さん』で使われたハッタリ……失礼、印象的な表現だ。
『真相!!トイレの花子さん』はトイレの花子さんという怪異との戦いと同軸でタイムリープSFも展開される。どっちかというと花子さんがタイムリープSFの舞台装置になってるとか言っちゃ駄目。
史上初のタイムリープをカメラに映した映像という触れ込みなので、昼夜も空間もクソコラ空間を通じて目まぐるしく入れ替わるのだ。ワンカットで。コワすぎ!シリーズはドキュメンタリーなのでカメラに映る情報は全幅の信頼を寄せられる真実なんだよ。
今作でもとあるアクシデントがきっかけでカメラを回し続けることになり、件のテロップが流れる。
赤い女のいる廃墟がカメラを止めてはいけない映画のロケ地と同じなのも何か関係があるような無いような。
んで、コワすぎ!メンバーのやり取りもブランク感じないいつも通りの欲しかったやつなのだ。
粗暴で前時代的な発言を繰り返す工藤とそれに対してぼやくように物申す市川、んで基本的にイエスマンの田代。
コワすぎ!の魅力ってこの3人のやり取りも大きいと思うんだけど、工藤が分かりやすいだけで市川と田代もそれなりの……ともすれば上回る狂気を秘めているところが笑いのツボを刺激するんだよね。
アバンギャルドな行動をする工藤について行けるだけあって市川と田代もそりゃ狂気の火を秘めてなきゃついていけないよね。
今回の例だと不可視の攻撃を素手で弾く市川とか、珍しく命惜しさに後ろ向きな工藤を死地へどうにか引き摺り込もうとする田代とかはかなり狂ってて最高だった。
工藤が当たり判定が1番大きいってだけで噛み合い次第では狂気の瞬間出力を市川や田代が工藤を上回ることが結構な頻度であって、そのギャップに笑わずにはいられないのだ。

コワすぎ!メンバーの変わらない点にフォーカスを当てたので大きく変化した点にも触れておこう。
私だけじゃなく多くのコワすぎ!ファンが心配に思っていただろうことが1つある。
「今の倫理観で、しかも大型シネコンで“あれ”をやれるの?」
コワすぎ!シリーズに漂う倫理観ははっきり言って地の底だ。
工藤の暴力は基本的に無差別でアシスタントの市川は勿論、そこらのホームレスや投稿者の若者相手でも(恐ろしいことに男女平等だ)容赦はない。
そこが大きな魅力であり、日和った工藤を観せられる位なら思い出の中でじっとしていてほしい気持ちも無くはなかった。
とはいえ、昨今の界隈の情勢で地の底に落ちた倫理観を純度たっぷりそのままお出しするのは火中の栗を拾うようなものだ。それこそ工藤の存在が一発垢BANされてもおかしくない。
では、どうするか?
白石監督が出した答えは「市川が工藤より強い」だ。
映画の冒頭でいつものような工藤と市川の言い争いが始まり、私はいつもの暴力を期待した。
案の定市川の頭を狙って放たれる平手。
が、それをかわして懐に潜り込んだ市川のボディブローが工藤の腹を抉る。
まるで予想していなかった絵面に思わず笑い声を上げてしまう。
劇場の各所からもチラホラと笑い声が上がる。
そりゃ流石にコワすぎ!ワールドの物理最強の座を欲しいままにしていた工藤の攻撃が見切られた上に反撃まで喰らわせられる人材がまだいただなんて信じられないのだから。おまけにそれが市川なのだから。
その後もちらほらと工藤は市川に攻撃を繰り出すのだが全て見切られて反撃を喰らう。
その度に上がる笑い声。私の笑い声も重なる。
工藤が人間相手から反撃を受けるのはそれだけ有り得なくてシュールな絵面なのだ。
この描写は本作が過去2シリーズとはまた違う世界線のコワすぎ!であること、つまり戦慄怪奇ワールドであることを如実に表している。
まあ、超コワすぎ!の工藤はコワすぎ!の工藤よりクズらしいと推定されるし益々スクリーンに出れないどころか主人公なんてやれないわな。
形ばかりの新たな価値観に基づいた雑な属性付与で新たな表現、新時代の描写なんて言い出すのは本質が伴ってない限りは是としないスタンスなのだが工藤より強い市川は過去シリーズでの狂気の下積みがあるので飲み込みやすかった。
そういう意味では今回の真の敵たる暴力性の権化の別世界の工藤も良かった。
ややこしいので敵の工藤は異界工藤、主役の工藤はワールド工藤と呼ぶ。
殺人•レイプやりたい放題で異界の生物(霊体ミミズ)の能力を使いこなす異界工藤は過去作の正統進化系とも呼べる工藤だ。
ワールド工藤は異界工藤の挙動に驚愕しっぱなしの辺り異界周りの知識は無いものと思われる。
異界工藤の容赦ない攻撃を何とか捌ききって、異界工藤にトドメを刺すのもやはり暴力。ワールド工藤自身はその姿は確かに自分の中にあるとしながらも、暴力によって鎮圧。
ここの一貫性が真摯で良い。
何度でも現れる暴力性の権化も飽くまでも自分の一部であるということで存在否定までしないのが過去作を蔑ろにしてないようで良かったね。

んで、最後に今回初の試みの実験的表現。
映画の終盤のメタフィクションである。
空間を飛び回るコワすぎ!メンバー達は霊能者珠緒師匠のパワーで正しい時空へと戻ろうとする訳なんだが、パワーが足りず協力を仰ぐのが私達だ。
……いや、熱狂した私達が珠緒師匠に協力を仰ぐんじゃなくて珠緒師匠が私たちに協力を仰ぐんだよ。
「これ見てるお前らも念を送ってくれ!」
って語りかけてくるんだよ。
お前達も戦慄怪奇ワールドの一員だ!って肩を叩いてくれるような!
滅びかけてる世界の一員は嫌だな。
これで応援上映やらないのは嘘でしょ、と思ってたんだけど……。

知ってた。
まあそりゃやりますし盛り上がりますよそんなの。
私の生活圏から外れた場所での開催なのが残念だ。頼むから全国でやってくれ。
この記事を投稿した時点で第1回の応援上映は終わってるようなので、あとでパブサでもするか……。
応援上映で盛り上がるだろうシーンはいくらでも思い浮かぶんだけれども、件のプリキュア映画みたいな珠緒師匠に次いで盛り上がりそうなのはやはりエンディング。
シリーズの象徴とも言えるテーマ曲(フリー音源らしい)に合わせてコワすぎ!メンバーの歌声が乗ってるのだ。
コッワスギ!(コワスギ!)コッワスギ!(コワスギ!)クドウジン!
こんな感じの歌詞の。
これが超コワすぎ!で存在が示唆されていたコワすぎ!音頭ですか?
最後に劇場一丸となってこれ歌うの楽しいだろうな……。


1作目の『口裂け女捕獲作戦』から数えるならば10年以上も続いた長寿シリーズも遂に終わりを迎えた。
クライマックスの展開を経て本当に終わりか?と聞かれると普通はそうは思わないのだが、何せ他ならぬ白石監督があのエンディングを選んだということはここで一区切りなんだと思う。(監督の過去作『カルト』や『オカルトの森へようこそ』なんかを参照)
惜しむらくは白石監督のスタンス的に超コワすぎ!のフィナーレが描かれることはないというところか。
完結編の撤回はいつでもウェルカムなので気が向いたら思い出してほしいね。
とはいえ、本格的にマルチバース的な描き方が示唆された以上まだまだコワすぎ!メンバーとの縁は続くと思いたい。
とりあえず各世界の工藤が集合する『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 工藤バース』はやってほしい。
ヤバすぎ!時空も含めた大量の大迫茂生さんに混じって見慣れない人がいるなー?と思って近づいてみると地獄少女時空の工藤こと波岡一喜さんだったとかめちゃくちゃ面白いと思うので。
スクリーンでまた工藤が観られる日が来るその日まで私は鬼村先生の如く「前進〜!」していこうと思う。

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