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日本の「食」が抱える問題解決の糸口-FRaU

未来の“おいしい”を考えた時、持続可能な食環境づくりを始め、多くの課題が立ち上がってきます。誰にとっても身近な食、その未来のために個々人ができることとは? 食を取り巻く現状、豊かな食文化を持つ日本人だからこそ向き合うべき問題を、農学者で発酵学者の小泉武夫さんに聞きました。

小泉武夫(こいずみ・たけお)
農学博士。醸造学、発酵学、食文化論の専門家。1943年、福島県小野町の酒造家に生まれ、家業を継ぐため発酵道へ。現在、東京農業大学名誉教授ほか、鹿児島大学、福島大学、別府大学、石川県立大学、島根県立大学で客員教授を務める。発酵文化推進機構理事長、和食文化国民会議顧問、農林水産政策研究所客員研究員。最新刊に『最終結論「発酵食品」の奇跡』がある。

まずは山積みの問題を知り、 食について考えることから

農業や漁業の後継者不足による食料自給率の低下や、気候変動による食料危機、フードロス問題など、食というものがいま多くの問題を抱えています。

現在、日本の食料自給率は37%ほどしかなく、6割以上の食べものが外国から入ってきています。しかし、世界各地で異常気象が増えてくるとどうでしょう。日本に食料を輸出している国も、穀物が育たず、自分のところで食べる分が精一杯だという状況になってくる。同時に、アフリカや南米などの発展途上国やアジアの一部を中心に、世界人口がいま爆発的に増えています。

また、鳥インフルエンザや豚コレラなど家畜の伝染病による殺処分なども広がっている。いまの子どもたちは将来食べていけなくなるかもしれません。あと30年くらい経つと、地球に食べものがなくなってしまうのではないかとも言われていますね。だからこそ、フードロスなんてことは一刻も早く止めなければならないのです。

さらに日本は、世界の中で最も就農年齢が高いという問題もあります。農業に取り組む人の平均年齢は64歳くらいで、農業人口も圧倒的に少ない。地方の自治体と農家が一体となり、地産地消を考えて作物を作り、流通形態から変えてやっていくようなことをしていかないと、食料自給率もなかなか上がらないでしょう。農業人口を増やすために、大学や企業から若い人たちを派遣して後継者を育てたり、自治体と企業が一体となって新しい営農の仕組みを構築しなければならないと思います。

また、海に目を向ければ、異常気象で海水温が上昇し、気候変動によってサンマやイカが獲れなくなっている。日本では乱獲などによっても、漁獲量が減ってきています。江戸時代から続いてきた海苔に代表されるように、持続可能な方法で、養殖漁業に秀でた国の技術を生かした事業に、さらに力を入れていく必要があるでしょう。

そしていま私が一番危機的と感じているのは、日本人の食生活の変化です。例えば、和食を中心とした昔からの食事に戻れば、地産地消が自然と叶えられるのではないかという考え方もひとつあるでしょう。民族としての食を取り戻すことに、問題解決のための様々なヒントがあるのではないかと思います。


日本古来の食文化に、いま一度、舞い戻ること

ここ60~70年の間で日本人の食生活は、がらりと変わりました。私は日頃から「食乱れて、民族滅ぶ」と言っていますが、食の未来というのを考える時、すでにそういうところにまで来ているのではないかと思います。

肉をあまり食べなかった民族が、それらをどんどん消費するようになる。

すると何が起こるか。47都道府県中、2005年までは男女ともに上位、女性は2005年まではトップだった平均寿命が、2015年には男性37位、女性7位となった沖縄を見ても、そこには明らかに食生活の激変があるでしょう。

かつて琉球料理が主だった間は、沖縄はものすごく健康だった。それが、アメリカから西洋の食文化が入ってきて以来、琉球料理が次第に、いわゆる沖縄料理に変わって定着していく。伝統的な食生活が崩れて変化すると、その土地の文化も、人間の身体も変わってしまうんです。

これは沖縄だけの問題ではありません。いまから約80年前まで、日本人は主に7種類の食べものしか食べてきませんでした。土の中で育つゴボウやニンジン、自然薯などの「根菜」。白菜や小松菜などの「青菜」。トマトやキュウリを含む「青果」。そして、「山菜ときのこ」。春はワラビやゼンマイを、秋はきのこを採り、湯がいてから天日に干して、乾物として一年中楽しんでいました。ほかに「豆」ですね。特に大豆は奈良時代から、豆腐や味噌、納豆として食べていました。

また、「海藻」を食べる民族は珍しいのですが、ヒジキ、ワカメ、昆布、海苔などは、我々にとって身近な食材です。そして最後が「穀物」で、米、麦、蕎麦、ヒエやアワなど。これらが伝統的な主食であり、すべてに共通するのは「植物」だということです。魚もかつてはおめでたい時にしか食べられない、副食だったんですね。

つまり、日本人というのは世界の民族の中で、最もベジタリアンで、最たる菜食主義だったというルーツがある。

遺伝子的にも野菜食が、身体にいい機能を果たすものとして組み込まれている。だからといって、肉を食べるなということではないんです。ただ、肉ばかりだと大腸へのリスクが高くなることは覚えておいてもいいですね。

肉と一緒に野菜をたくさんとることで、野菜の繊維が肉と一緒に病気につながる悪玉菌を吸着して体外に排出してくれるので、野菜はとても有り難いものだし、また副食としては肉だけでなく、魚をもっと食べた方がいいですね。日本人というのは世界一の魚食民族で、海に囲まれた島国であり、内陸部には川や湖がたくさんあって鯉や鰻、鮒や鮎もいる。魚は昔から、日本人の食生活を作ってきたものの一部ですから。


「一汁一菜」という食の知恵を受け継ぐ

日本古来の食文化である和食の基本は「一汁三菜」と言われています。

つまり、ご飯と味噌汁と3つのおかずがあれば、和食は成立するという意味です。でもこれは後からの話で、基本は「一汁一菜」だった。この時の一菜は室町時代から、香の物=漬物と決まっていて、ご飯と味噌汁と漬物が一品あれば、食事が成立する、本当に質素な民族だったんですね。この「一汁一菜」のなかには漬物と味噌、2つの発酵食品が入っています。もっと発酵食品を食べることも考えたほうがいいでしょう。

日本人はもう少し、昔の人たちが作ってくれた食の知恵を生かして、ある意味で保守的な食生活を取り戻すのがいいのではないでしょうか。朝はご飯に納豆と味噌汁、昼と夜は冷奴を加えて、鰹節をかけてお醬油で食べるとかね。いつも豪華なごちそうばかりでなく、そういう質素な食事もたまにはいいのかなと感じますね。

こうして食を知るということは、子どもたちのための学習ではないんです。大人が食を学ばないから、子どもたちにいい加減な食事をさせてしまう。これからでも遅くはないから、何を食べさせたら一番いいのかということを、独学でもいいから学ぶこと。そうすると、子どもたちも幸せに育っていくと思いますよ。

おいしい食べ物というのは幸せの原点にあって、周辺にある様々な問題を解決できる方法でもあるのです。


引用元:

2021.11.25掲載記事より

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