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GIGA・BITE 第2話【前編】

【前回】



【1】

目の前に突如現れた、怪しげな姿の男。
彼はメロを超獣と呼び、その誕生を讃えた。

「超獣……って何? そんなことより、この人達は?」
倒れている男達の方に目をやると、ちょうどそこにドローンが到着、2名を救助し地下研究室へと移送した。
見たことのない物体を目の当たりにし、メロは言葉を失った。

「色々と説明が必要らしいな。まぁ良い、ついて来たまえ」
最後の「ついて来たまえ」というフレーズを、博士は得意気に言った。人生で一度は言ってみたかったセリフを、堂々と言うことが出来て満足している。

まだ状況に追いついていないメロだったが、取り敢えず博士について行くことにした。

じきに日が暮れる。かつては病院として使われていた大きな建物が不気味に見えてくる。
建物の奥、入口の反対側にあるゴミ置き場までやって来ると、博士はしゃがみ込んでアスファルトにタッチした。

「何してんの?」
「まぁ見てろ」
《掌紋を確認。ようこそ桐野教授》
女性の機械音声がアスファルトから聞こえる。
次の瞬間、地面の一部がスライドし、地下へと続く螺旋階段が現れた。

博士が先を行き、メロも後ろに続く。メロが階段を降りていくと、地面が再びスライドし、入口は完全に塞がれた。
階段には小さなセンサーライトが幾つか設置されているが、それでも物足りない程の暗さ。長い階段を降りるのは少し怖かった。

「さっきの地面のやつ、どうやったの? あの変なドローン何? あんな機械あるんだったらエレベーターとか無いの?」
「質問の多い奴だな。後で教えてやるから黙っ……」

『エレベーターは無いの。狭い所嫌いだもんね〜、博士?』

突然甲高い女性の声が響いてメロは驚いた。が、先程の戦闘で“優しく”戦い方を教えてくれた女性だとすぐにわかった。声は左手首の腕輪から聞こえてきたものだった。

「あっ! さっきはありがとうございました!」
『いえいえ、ナイスファイト! 格好良かったよ!』
「え? そ、そうっすか?」
「勝手に喋るな。雰囲気が台無しだ」

そんなやり取りをしている間に地下フロアに到着。地下は照明が付いていてかなり明るい。黒く輝く床。その上を2人が歩くコツコツという音が心地良い。

壁のほとんどがガラス張りになっていて、山積みになった資料や用途のわからない機械が各部屋に置かれている。映画の中に入ったみたいだとメロはウキウキしていた。

真っ直ぐ続く廊下を直進。途中で左に曲がると、他の部屋とは違う、真っ黒な扉が現れた。博士はその扉を開けてメロを招き入れる。
そこはモニタールーム。博士がトキシム達の戦闘を監視していた部屋だ。
壁に設置された複数のモニターにメロは興味津々だ。

「ようこそ、私の実験室へ。自己紹介がまだだったな、私は……あっお前!」
「うわぁ、スゲェ! 何だこれ!」

モニターにベタベタと手を触れ、キーボードにも触ろうとしていたメロを慌てて制止する。精密機器に気安く触れられたのも解せなかったが、何より自分がやりたかったシチュエーションである“格好良い自己紹介”を邪魔されたのが、博士は心底不愉快だった。

「触るなよ、高いんだから!」
「あぁ、ごめんなさい。で、ここは何? おっさんは何者なの?」
「それを今言おうとしてたんだよ! まったく」

一度咳払いしてから、改めて博士が自己紹介した。
「私は桐野。桐野仁蔵。この研究所の所長だ。博士と呼びたまえ」
「は、博士」
「それで良い。さて、まずは何から話そうか」
「あの、さっきの女の人は?」
「はぁ?」
「俺に、腕輪の使い方、教えてくれた人」
言いながら思わずニヤけてしまうメロ。下心が丸見えだ。

可愛らしい声に優しい呼びかけ。さぞかし素敵な人に違いない。そんな気持ちが顔に表れている。綾小路メロ、19歳。良く言えば、いつまでも童心を忘れていない男である。

『ここにいるよ』

と、再び女性の声が聞こえてきた。今度は腕輪ではなく、この室内。それも、モニターの方から聞こえる。ここにいると言っているが、その姿は見当たらない。辺りを見回し戸惑っているメロを見て桐野博士は意地悪な笑みを浮かべた。

『アタシはここ』

やはり声は壁面中央の大きなモニターから聞こえる。恐る恐る近づき、耳を側立てると、
『はじめまして! ノーラって呼んで! お姉さんでも良いよ! これからよろしくね!」
と大音量で女性の声が聞こえて思わずのけ反った。耳を押さえるメロの姿を捉えて女性……ノーラはケラケラ笑っている。
博士も耳を手で覆い、モニターを一瞥してメロに種明かしした。

「こいつは人工知能だ」
「人工……あの、アニメとかに出てくるやつ?」
「そうだ。人工知能だから実体は無い。強いて言うならこのモニターがこいつの体にあたる」
「も、モニターが……」

あからさまに落ち込むメロの姿が面白かったのか、博士はまた口角を上げた。
『そんなことより、とっとと話しなさいよ、博士!』
ノーラが怒鳴った。
「言われなくてもわかってるよ」
不機嫌そうに応えると、博士はまず自身のことと研究所について話し始めた。

旧笠原総合病院。遥か昔、軍事施設としても利用されていたこの病院の地下に研究所が造られたのは20年前のことだ。
造られたと言っても、元からあった病院の最下層のフロアを改築しただけだ。ここが何のために造られたフロアだったのかは桐野博士も知らない。

人知れず改築された研究所を根城にしていたのは、秘密結社【桃源郷ノ騎士団とうげんきょうのきしだん】。
怪しい団体がこの大きな病院の地下を自由に使用出来たのは、嘗ての病院長である笠原かさはら唐十郎とうじゅうろうが組織の大幹部だったことに起因する。

彼等の理念は組織名が示す通り、世界を理想の姿へと作り変え、平和で豊かな理想郷を完成させること。“彼等の考える”理想郷と言った方が正しいか。

ここで行われていたのは、化学兵器の製造、新型ウイルスの培養、人体実験など、非人道的な研究ばかり。
病院長の援助もあり、潤沢な資金と資源、そして実験台に恵まれた組織は、秘密裏に研究を進めていた。病院長が著名な議員や警察関係者らとも繋がりがあったため、世間がこの組織を認知することは無かった。

組織の構成員のほとんどが元軍人や有能な科学者。ただ、大規模な研究や大義名分の割に、その数は50人にも満たなかった。人数が増えれば、その分裏切り者が出てくる可能性も高まる。笠原病院長ら幹部連中はそのことを危惧していた。

選りすぐりの構成員50人弱。その中に若き日の桐野仁蔵も含まれていた。生物学の知識に長けていた彼を幹部がスカウトしたのだ。

最初は組織に疑念を抱く桐野青年。
しかし、彼にはどうしても研究したいことがあった。とは言え、その研究に注力する余裕も資金も無かった。
この組織に入れば、そのチャンスが得られるかもしれない。桐野は申し出を受け入れた。

「ここまでで質問はあるか?」
「うーん、難しい言葉ばっかりでわかんない」
メロは話に追いついていない様子。博士がわざとらしく大きなため息をついた。
「でも、取り敢えずおっさんが悪人なのはわかった」
『おおっ、察しが良いね!』
「おい、ちょっと待て! 飛躍しすぎだろ」
「だって、話を聞いてるとテロリストみたいだし。要は人間を支配しようと動いてたんだろ?」
「まぁ間違いじゃないがな。ところで、こんなデカい組織が、何故今この有り様なのか、知りたくないか?」

長きに渡る研究の中で、組織は“それ”を生み出してしまう。

特殊な性質を持った微細な生命体。

この生命体には「司令塔」と、そこから分裂、増殖した「群体」が存在する。
群体が生物の体内に侵入すると、その生物は意思を失い、自分が何者なのかもわからなくなる。

ただ、記憶の一部は残されており、群体に寄生される前の行動を繰り返す傾向がある。宿主が死んでしまうと群体も死滅する。それを避けるための生命維持の一環なのかもしれない。

聞き慣れない言葉はあまり理解出来なかったが、メロなりに博士の言葉を解釈すると、あるものを思い出した。
常にボーっとしている。彼等はただ歩いたり、商店街の品物を見ていたり、喫茶店のいつもの席に座っている。

「それって……」
「このフェーズに至った人間を、我々はトキシムと呼ぶ。君が言うところのゾンビだな」

映画のように一般市民に噛み付くわけではなく、周りの人間と同じように行動する鷹海市のゾンビ。まさかその原因となったものが町の地下で生み出された微生物だったとは。

博士は話を続ける。
「ここまではウイルスや寄生虫なんかと変わりは無い。重要なのはここからだ」

前述の通り、この微生物は司令塔と群体に分かれる。
群体は司令塔のコピー。全く同じ遺伝子情報を有している。ここで、司令塔に刺激を送ると、その司令塔から分裂して生まれた群体も同じ刺激を共有する。その刺激とは、

「我々が“意思”と呼ぶものだ」
「うん……つまり?」
「えぇ、つまりだな……くそっ、何でピンと来ないんだよ」

見兼ねたノーラが簡単な例を挙げて解説した。
『例えば、今この人が言ってた司令塔が、“お腹空いた〜!”って思ったとするでしょ? そうすると、メロ君が言う“ゾンビ”も同じように、“お腹空いた〜!”って思うわけ』

群体が宿主の意思たるものを上書きし、その役割を担う。そして、司令塔から送られてきた信号を、宿主自身の意思として体に流す。宿主はそれに従い行動する。寄生されることで、トキシムと化した人間は司令塔の手駒になってしまうのだ。

寄生虫自ら宿主に特定の行動をさせる例はあるが、組織が生み出した生命体は、自身のコピーを幾つも複製し、意のままに動く人形を何体でも作り出せる。この特性を応用し、組織は大きな計画を企てていた。

「全人類にこの群体を寄生させ、我々が司令塔を操作し、人類を統一する。全ての人間が同じ意思を共有し、真の平等を実現する。それが組織の最大のプロジェクト、【人類再創生計画】だった」
「さい、そう……? ごめん、次々新しいワード出さないでくれない? 言いたいことは何となくわかるんだけど」
「しかーし!」
これ以上メロにペースを乱されたくなかったのだろう。博士はわざと大きな声で話を続けた。ノーラが申し訳無さそうにメロに謝った。
メロは不機嫌な顔をし、黙って博士の話を聞いた。

「この生命体にはまだ秘密があった。群体だったはずの個体から、成長して別の司令塔となる個体が現れたのだ」
「それが何?」
「先程私は、司令塔が“意思”という刺激を受けると群体がそれを共有する、と言ったな」

司令塔は元々、研究所のシャーレという小さく空虚な世界で生まれたもの。世界を支配したい、などという大層な意思は持ち合わせていない。
そうなると、司令塔に意思を学習させる必要がある。

……ところで、組織に属する前から、博士にはずっと解き明かしたい謎があった。

意思とは何か。

一時期、組織の研究チームでは洗脳装置の開発が進められていた。
このチャンスを物にしない手は無い。装置の開発を進める傍ら、装置の精度向上のためだと、意思の研究を進めた。
研究の過程で、博士は偶然、意思の「姿」を捉えた。

それは一種の電気信号だった。

被験者が何らかの意思を示した時、脳内で特定の信号が流れたのだ。確証を得るため、同じ実験を日夜何度も繰り返し、やはり意思を示した際に同様の信号が確認出来た。

これが意思。
遂に意思を見つけた。

生命体が生まれたのは、それから半月後のことである。

「司令塔は複数存在する。来たる新世界で指揮権を握るのはその内1体。あの生命体の研究が進むに連れて、幹部連中は変わってしまった。いや、あれが本性だったのかもな」
先程までの自信に満ちた語り口とは打って変わって、どこか悲しげな声色。
メロも自然と博士の話に聞き入っていた。

「幹部らは私が見つけた電気信号に目をつけ、私からそのデータを奪った。そして、そのデータを応用し、司令塔に己の意思を植え付けることに成功したのだ」
「意思を植え付ける?」
「正確には逆だな。幹部らは自分達の頭に司令塔を移植した。自身の脳に流れる意思の電気信号を探し出し、そのポイントに司令塔を住まわせた」

そして、事件は起きた。
組織が内側から崩壊したのだ。

司令塔を移植した幹部達は、自分が新たな支配者となるため争い始めた。別の生命体を取り入れたせいか、元々人間だった彼等の肉体に変化が起きた。幹部達は外に飛び出し、自らの尖兵を量産していった。

「君が凶暴化したトキシムを見た時、何か気づかなかったか?」
「え?」

突如争い始めたトキシム達。彼等の瞳は異なる色に変化していた。
そのことを思い出すと、メロの体が震え出した。

「気付いたようだな。トキシムはトキシム同士で争う。それぞれのリーダーの意思のもとに」

【2】

人間が知らず知らずのうちに、誰かの尖兵にされている。
そしてそれが、ここ鷹海で起きている。

メロは装甲に覆われた自分の左腕に目をやった。凶暴化したトキシム達に襲われたあの日、死の恐怖を味わった。命は助かったものの、体はこの通り、異質なものとなってしまった。

この気持ちを味わえるだけ、自分はまだ幸せなのかもしれない。
意思を乗っ取られ、誰かもわからない相手と戦い、何の感情も抱くこと無く傷ついていくことほど辛いものは無い。

「あの生命体が生まれたのが今から10年前。幹部が自分達の体に小さな化け物を入れて、何処かに飛んでいったのはそれから6年後のことだった。研究というのは容易じゃないんだ。連中の要望に応えるために、多くの犠牲を払った」
桐野博士の語気が強まった。

人体実験を続ける中、実験台に選ばれた患者が再起不能の状態になることも、死者が出ることもあった。

“再起不能の状態”。

博士は明言していないが、凶暴化していないトキシムのことを指しているのでは、とメロは感じた。

世間では医療ミスが指摘され、病院の経営が悪化。病院は廃業し、組織の維持も危うくなっていた。それ故に幹部らも躍起になっていたのかもしれない。
更にはほぼ同時期に笠原病院長も死去。組織内で大きな影響力を持つ存在が居なくなり、統制が成り立たなくなっていた。

権力を振り翳し、桐野博士に研究成果を提供させた幹部達。実験台も供給出来なくなったため、彼等の目線で「不要」と判断した人間達を実験台とし、移植実験を続けていた。ある時は市民を誘拐し、またある時は“要らない”構成員を実験室に連れ込んで実験を強行した。

結果を急いでも失敗が続くだけ。幹部らはそんなことにも気付けぬほど余裕が無くなっていた。そして、それを指摘する者もまたいなかった。

桐野博士もそんな実験に参加せざるを得なかった。意思の電気信号を発見したのは博士だ。それに、幹部に刃向かったり、研究所から逃げようものなら殺されていただろう。いや、博士もまた実験台にされていたかもしれない。

目の前で「理想郷」の住人になるはずだった者達、同胞達が死んでゆく。しかも、自分が時間も労力も犠牲にしてようやく見つけたものが、目の前で穢されていく。それも、自分のせいで。

何が騎士団だ、理想郷だ。桐野博士の怒りは増すばかり。だが、幹部に対して何も出来ない自分自身にも憤っていた。
こんなことなら、初めから幹部らの要請を拒否していれば良かった。いや、いっそ死ねば良かった。あの研究に精通しているのは自分の他にいない。自分が死ねば、計画も頓挫していたかもしれない。
だが、当時の博士はそこまで勇敢にはなれなかった。

「6年もかけて、ようやく生命体と電気信号の接続が安定、幹部達に移植手術を施した。力を得た彼等は嬉々として飛び出して行ったよ。我々を置き去りにしてな」
「俺の知らないところで、そんなことが起きてたなんて」
「ふん、知らなくて当然だ。極秘実験なんだからな。何かしらの噂は立っていただろうが、他の都市伝説や陰謀論に紛れて忘れ去られた」

幹部不在。構成員も指で数える程度にまで減った【桃源郷ノ騎士団】。
活動意義を失い研究所から去る者もいた。だが、桐野博士をはじめとする数人の構成員は、地下施設に残り続けた。

組織の復興を望む者。嘗て組織が掲げていた理想郷を現実のものにしようと志す者。そして、復讐を望む者。
異なる思いを持つ数人の構成員達は、まず幹部達の目的を止める必要があると考え、対策を練り続けた。

そこで浮上したのが、生命体による意思の乗っ取りを無効化する力。無効化し、逆に己の糧として利用する力だった。
仮にパンデミックのような状態に陥り、各幹部の「色」に染まったトキシムが大量に発生した場合でも、全てのトキシムを統一出来るような力があれば、互いに争わせることも防げる。

一縷の望みに賭けて、博士達は実験を始めた。
「理想というのは口にするのは簡単だ。だがそれを現実のものにするのは困難を極めた。町を監視してトキシムを捕らえ、群体を抽出して。そんな中、群体を取り込んでしまい変異した同志もいた」
「その人達はどうなったの?」
「始末した。そして気付けばこの通り。私1人になっていた」

これは実験が始まった時に桐野博士達が決めたことだった。偽りの理想郷に生きるくらいなら、死んだ方がマシだと。
だが、本音を言えば博士は否定的だった。この騒動には自分の研究も絡んでいる。自分の夢が人を死へ誘う。これほど絶望的なことはない。

「だからこそ、私は君に期待しているんだ」
先程メロが止めたトキシム達。地下研究所の別の実験室で経過観察中だが、今は昏睡状態で、群体も動きを止めているらしい。体の傷も、トキシムの自己再生機能のおかげで塞がっており、命は助かったそうだ。

今の自分なら彼等を助けられるかもしれない。メロもまた、自分が授かった力の可能性を信じた。
「まぁ一度は中止したが、君の精神も安定しているようだし何より……」
「え、ちょっと待って。中止してるの? 一度も成功してないのに、俺の体を改造したってこと?」
少しの間があり、博士が「青年、挑戦しない限り進化することは出来ない」と諭すように言ったが、それをノーラが遮った。

『そうそう。だから正直めっちゃ心配だったの。昔の資料は出してくるし、“融合炉”をそのまま転用するなんて無茶なこと言い出すし』

融合炉とは、異なる意思をキャッチした群体同士を掛け合わせ、どの幹部の洗脳にも耐えうる個体を生み出すための装置。メロの胸部を守る装甲がそれだ。茶色いドーム状で、中央に黒い大きな窪みのある鎧。
融合炉の話を聞いたからか、その形状は壺の上部にも見える。

一度頓挫した計画をもとに改造され、実験のためにこしらえた装置を自身の体に取り付けられたわけだ。メロの心を不安が浸食する。

『ま、アタシが頑張って調整したから、心配しなくて大丈夫だけどね』
「あ、そうなんですね! じゃあ大丈夫だ! ありがとうございます!」
単純なもので、メロの不安は一気に吹き飛んだ。ノーラに対する信頼はかなり厚いらしい。初対面の、それも姿の無い存在に。

「おい、礼を言う相手が違うだろ! こいつは私の手伝いをしただけで、君を蘇生し、超獣システムを適応させたのはこの私だ」
『い〜や! 7:3の割合でアタシのほうがシステム完成に貢献してましたよ〜だ!』
「はぁ? 何言ってんだお前!」
『博士が中途半端に考えたシステムを実用化出来るように改良、調整したのはアタシですよね? ここの管理AIがアタシじゃなかったら絶っ対失敗してたもん! 人に言われたことをただやるだけなら、そこらのAIでも出来るんです! アタシみたいな“意識高い系AI”がいなかったら今もメロ君は暴走……』
「ん? 暴走?」

2人の口喧嘩をメロが止める。ノーラも小さく『あっ、ヤバ』と声を発した。
「俺、暴走してたの!?」
思えばモニタールームに来てからまだ目覚めた直後のメロの話を一度もしていなかった。博士の首を締め上げた記憶も、他のトキシムと同じように咆哮し戦っていた記憶もメロには無い。

博士がニヤリと笑った。そしてここぞとばかりにキーボードを操作し、監視カメラの映像を呼び出した。
覚醒直後の姿、そして地上に飛び出して超獣に変異、トキシムらをねじ伏せる自分の姿がそこに映し出されている。その恐ろしさにメロは驚愕した。瓦礫の山から立ち上がる前まで、自分がこんなことをしていたとは。これでは凶暴化したトキシムと変わらない。

「ほら見ろ! まだまだ勉強不足だな、意識高い系AIさんよぉ!」
『う、うるさいっ! そもそも前例の無いシステムなんだから何が起きるかわからないじゃん!』
「それを予測するために作られたのがお前なんだよ。変な方向に育ちやがって」

と、ここでメロがあることに気付く。

映像は、暴走するメロが1体のトキシムに向かって行く姿を映している。メロは突如動きを止め、空に向かって吠えている。自我を取り戻す直前の場面だ。
メロが注目したのはそこではない。彼がトドメを刺そうとしていたトキシムの方だ。

「このばあちゃん!」
『え? このトキシムがどうし……ハッ』
元の人格を取り戻し、ノーラの指示のもと2体のトキシムを無力化したメロ。倒したのはいずれも男性。老婆のトキシムは無力化していない。同じ場所に留まっていたのなら、戦闘を終えたメロに襲いかかっていたはず。

老婆は何処に消えた?

ノーラが映像記録を操作して老婆の姿を捉える。
メロがトキシム達の攻撃をかわし、腕輪を操作している瞬間、老婆が肉体を修復し、素早い身のこなしで壁をよじ登っていくのが映し出されていた。
こんな重大なことに、何故誰も気付いていなかったのだろう。3人とも黙ってしまった。

メロは目の前の2体を相手するのが精一杯で、博士は超獣システムが安定したことに興奮、ノーラは腕輪の使い方を伝えるのに注力していた。
だが、ノーラは施設の管理AI。老婆のトキシムも認識出来たはず。博士の口撃が再び始まった。

「おいおいおい! 何で気づかなかったんだよ! お前高性能なんだろ!? こいつに戦い方教える間にあの婆さん止められただろ!」
『2週間フル稼働させたのはどこのどいつだよ! 今もセーブモードに切り替わってんだよぉ!』
「人命がかかってたんだ、フル稼働させて当然だろ!」
『都合良くメロ君を巻き込むな! そもそも怪我人を改造すること自体どうかしてるんだよ!』
「声がデケェなぁ! お前のそのデッカい声のせいで、あのトキシムが逃げ出す音もかき消されちまったんだろうな!」
『好き勝手言いやがってこのポンコツ!』

《警告、警告。システムの熱暴走を検知。冷却を行います》

興奮した時の博士はつくづく口が悪いが、ノーラもなかなかのものだ。自然に開発者に似てしまったのだろうか。

こんな言い合いをしている時間は無い。メロが2人を止めた。
「今はばあちゃんを探すのが先でしょ!」
何も言い返せなかった。
静かになったモニタールーム。最初に沈黙を破ったのはメロだった。

「博士! 今の俺なら、ばあちゃんを助けられるんだよな?」
「止めることは可能だろうな」
「俺、ばあちゃん探してくる!」
「あっ! 勝手に行くな!」
『待って、トキシムの現在地を』

メロは聞く耳を持たず、モニタールームから飛び出した。上半身は裸のままだし、改造の痕跡もむき出しのまま。それでも今の彼は老婆のこと以外考えられなかった。

部屋の外で大きな物音が聞こえる。監視カメラの映像を見て、自分の腕力なら天井を突き破って外に出られると覚えたのだろう。最初に空けた穴から出れば、病院の玄関前に出られるので早いのだが、残念ながらメロの記憶力は非常に乏しい。

冷却の傍ら、システムダウンしないギリギリの力で必死に町の映像を確認するノーラ。急いでメロに知らせなければ。闇雲に彼を走らせたら、町中に“怪物”として知れ渡ってしまう。
息を整えつつ、博士はメロが出て行ったドアを見つめている。

彼の正義感はどこから来るのだろう、と彼は考えていた。博士はまだ彼の素性を知らない。
その正義感に希望を見出し、彼に改造を施した。トキシムを倒すのではなく救う。当時の自分に出来なかったことを、彼なら成し遂げられるかもしれない。だが同時に、博士はその正義感を危惧してもいた。

『トキシムを発見! メロ君に伝える』
「俺も行く」
まだ興奮状態なのか、一人称は「俺」のままだ。
場所を確認し、部屋を出る。

ノーラの言う通り、超獣システムは前例の無い未知の技術。再びメロが暴走する危険性は捨て切れない。

最悪の場合は自分が彼を止める。
仮面の下で、桐野博士の目つきが険しくなった。


【次回】


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