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GIGA・BITE 第2話【後編】

【前回】



【3】

高い身体能力を得たメロが、目にも止まらぬスピードで、建物の屋根やビルの屋上を飛び越える。

時刻は午後8時。辺りは既に暗くなっていたが、今のメロは暗がりでも人間を識別することが可能だ。これも改造の賜物だろう。
老婆がいないか、移動しながら様子を窺っていると、

『メロ君!』

ノーラから連絡があった。市内の監視カメラをハッキングし、しらみ潰しに記録を調べ、老婆の居場所を特定したという。
『鷹海中央公園駅の東口! 場所、わかる?』
「中央公園?」

忘れるはずがない。
幼少期、メロの両親が事故に巻き込まれて亡くなった場所。
そこが鷹海中央公園だった。

「ありがとうございます!」
ノーラとの通信が切れると、今度は博士の声が。
『勝手に動くな』
「でも、早くしないとばあちゃんが」
『俺も駅に向かっている。無茶するなよ』
そこで通信が終わった。

現場の位置はわかっているが、今いる場所からだと少し距離がある。メロは鉄塔に登り、公園の方角を見た。
ノーラが場所を特定するまで待てば良かった。メロが進んでいた方向は、公園から遠ざかるルートだ。

「くそっ」
鉄塔から近くのマンションの壁に飛び付く。幸い、付近には誰もいない。
壁をよじ登って屋上に到達すると、メロは公園に向けてパルクールを再開した。

◇◇◇

鷹海中央公園駅。

東口を出てすぐの所にある広場では、既に老婆とワンピースを着た女性が乱闘騒ぎを起こしていた。
半円形の広場。その地面はレンガで覆われている。半円に沿う形でベンチが設置されており、普段はデートスポットとしても人気を集めている。

今宵は、そんな憩いの場に緊張が走っている。
現場には市が派遣した特殊部隊が到着。銃を構えて様子を伺う。

ただの乱闘ならここまで大きな騒ぎにはならない。

夜の駅前。フラフラと歩く女性の背後から、突如ボロボロのTシャツを着た老婆が飛びかかり、か細い手で何度も殴り始めた。
すると女性は唸り声をあげて老婆を跳ね飛ばし、瞳を赤く光らせて飛びかかったらしい。最初に駆けつけた巡査からの報告だ。

「これは酷い」

特殊部隊の隊長が、戦っている2人を見てつぶやいた。
ホラー映画のワンシーンのような情景。傷だらけになりながら、人間の姿をしたものが、獣じみた声をあげて戦っている。メルヘンチックな雰囲気の広場に、鉄にも似た重く鼻を突く臭いが漂う。

このチームにとって今夜の事件が初めての大きな任務。噂に名高い「鷹海のゾンビ」をその目で見ることになるとは思いもしなかった。

部下達は市民の避難を完了させて戻って来た。
「まるで悪夢だ」
1人の新人隊員が呟く。
「ああ。だが残念ながら、現実だ」

ワンピースの女性が老婆の上に馬乗りになると、髪を乱暴に掴んでグッと引っ張り上げた。女性と老婆の顔があらわになる。いずれも傷だらけだが、特に目を引いたのはその瞳。報告通り、ワンピースの女性は真っ赤に、老婆は紫色に光っている。

隊長が指示を出し、部隊が銃を構える。
その内の1人、新人隊員の手が震えている。震えは大きくなり、思わず銃の引き金を引いてしまった。
「おい! 何をしている!」
銃弾は幸い2人には当たらず、近くの街灯に当たったが、その銃声を聞いて女性が老婆から手を離し、特殊部隊に向けておぞましい唸り声をあげた。威嚇のつもりか。

女性が部隊の方に向かってくる。その後ろで老婆が立ち上がり女性に襲い掛かろうとしている。
襲われる。そう悟った新人は「ひぃ」と悲鳴をあげ、今度は赤い瞳の女性に向けて発砲する。
「よせ!」
銃弾が女性に向かう。
しかし、その時。

「危ないっ!」

突然、目の前に人が“降って来た”。
降りた衝撃でレンガが割れ、ヒビが入った。

「いってぇ」

1人の青年。だが、様子がおかしい。
上半身があらわで、左胸から腕にかけ、鎧のようなものを纏っている。銃弾は青年の右肩に撃ち込まれ、貫通せず中で止まったらしい。かなりの痛みだろうが、青年……メロは何事も無かったかのように立ち上がり、部隊に向けてこう言った。

「逃げて! この人達は俺が止める!」
『ちょっと! 何言ってんの!』
腕輪からは女性の声。メロの耳にも聞こえているはずだが、何も答えず、特殊部隊に呼びかける。右肩からは、生き物のように銃弾が這い出て地面に落ちた。

「何者だ!」
部隊のメンバーが問いかける。メロは背後からトキシムが近づく足音を聞き、背中に飛びつこうとしてきた相手の攻撃を振り返って止めた。

「言えない。俺もよくわかってないし」
問いかけに答えつつ、トキシムを突き放す。軽く押したつもりだったが、それでも女性は勢いよく吹き飛び、老婆に直撃して地面に転がった。

「でも、俺ならあの人達を助けられる」
「あいつも化け物か!」
「撃て。撃て!」

さすがにこの姿で表に出るのは無謀だったか。おまけにすぐ近くのビルから飛び降り、トキシムを軽々と吹き飛ばしてしまうという芸当も見せてしまった。
隊長は青年含め3人とも危険因子と判断。部隊に攻撃を指示した。

トキシムなら銃撃を受けても自己再生能力で傷を治せるが、攻撃を受けたら、あのドライバーのように、敵だと判断して特殊部隊を襲いかねない。
自分が盾になる。それなら死傷者を出さずに済む。メロはその場に立って銃撃を受けた。

『メロ君! そ……から……なれて!』
ノーラの必死の叫びが腕輪から響く。銃撃のせいで音が途切れてしまう。腕輪をはじめとする装備は、銃撃でも破損しない強固なものだが、それでも弾が当たった衝撃で通信に影響が出ているのだ。

メロはその場から動かない。改造により彼も再生能力を有している。銃弾が直撃すると痛みと衝撃で倒れそうになるが、トキシムらに当たらないようすぐに体勢を立て直す。

いつまでもこうしている訳にはいかない。トキシム同士の争いが激化し、彼等が命を落とすことを避けなければ。
鋭い痛みと銃弾の熱に耐えながら、特殊部隊に懇願した。
「やめてくれ! 俺なら救えるんだ!」
特殊部隊は聞く耳を持たず、銃撃はやまない。後ろでは、メロが盾になっているのを良いことに2体が乱闘を続けている。

鋭い痛みが、熱が、メロの体に走る。その度に、彼の心は昂ってゆく。そして、

「俺が……俺が助けるって言ってんだろ!」

広場に響く大声だった。
あまりの気迫に銃撃がやんだ。メロの体から銃弾が地面に落ちる音が辺りに響く。

メロは特殊部隊を睨み、腕輪に手をかけた。腕輪に装着された青い物体が電気を帯びる。その気迫は隊長を震えさせるほど。頭にノイズがかかったように、メロの意識が徐々に遠のいていく。
銃撃により弱っているのではない。自我を失いかけている。初めて覚醒した時と同じ状態に戻ろうとしているのだ。

「俺が……俺が……」
異変には気づいているが、それを抑えることまで考えが行きつかない。ノイズが大きくなる。今なお呼びかけているノーラの声はメロの耳には全く届いていない。

腕輪の上部を押し込もうとした直前、突如広場に煙が上がった。煙はたちまち大きくなり、その場にいた者達の視界を奪う。

突然の出来事にメロは我に返った。一気に脳に血液が流れてくるような感覚。倒れそうになるのを踏ん張って堪える。腕輪にかけていた手は自然に離れていた。
何事かと様子を窺っていると、今度は叫びが聞こえてくる。口々に叫んでいるが、何名かは「動けない」と言っているようだ。

周囲で短い物音が聞こえた。スプレーを軽く噴霧した時の音に似ている。音はメロの周囲を素早く移動した。1度目が背後でしたかと思うと、今度は前方で2回、3回。

音が止むと、メロの前方、煙の中に大きなシルエットが1つ確認出来た。
辛うじて人型をしているが、両肩から大きな翼、それも羽毛の無い骨だけの翼が生えている。
シルエットはメロの方に近付いてくる。翼が畳まれ、何かが折れるような重く不気味な音と共にシルエットが完全な人型に変化する。

煙の中から出て来たのは、桐野博士だった。角の意匠がある黒い仮面を着けた博士。

「博士? 今のって」
メロの問いかけを無視し、博士は彼の右肩を強く掴んで引き寄せた。傷はもう修復されているが、グッと掴まれると少し痛んだ。
「無茶をするなと言ったはずだ」
博士は一度腕輪に目をやり、再びメロに視線を移した。
同時に煙が晴れ、周囲の状況が明らかになった。

まずは前方、特殊部隊のメンバー全員が、白い“網”に囲われている。網目が非常に細かい。まるで巨大な蜘蛛の巣のようだ。
そして背後ではワンピースの女性が、同じように蜘蛛の巣に閉じ込められていた。老婆の姿は見えない。

辺りを見回すメロの顔を自分に向けさせ、博士は怒鳴った。ノーラと喧嘩をしている時とは違う、身震いするような声だ。

「何だ、このザマは!」
「銃撃を止めてもらおうと思って」
「何?」
「ごめん。やっぱこの姿で人前に出るのは良くな……」

言い終える前に博士がメロの頬を殴った。
当然、殴られた程度なら痛みはすぐに引く。だが、その感覚は重くいつまでも残っていた。

「何すんだよ!」
「自分の体を見てみろ」
言われるがまま、目線を下に向ける。

地面には大量の血痕。転がる銃弾、血に濡れたズボン。そして、修復中の、赤い傷だらけの胴体。

「トキシムは不死身の生物じゃない。再生能力が高いだけで、それはお前も同じことだ! 被弾しても治るから、化け物の盾になろうとしたのか? 愚か者!」
肩を掴んだまま、博士は顔を近づける。その息は荒い。

「俺は死を恐れない無敵の怪物を生んだ覚えは無い! お前のような、自分の命を軽く扱う馬鹿はただの失敗作だ!」

メロの胸に博士の言葉が深々と突き刺さる。
今の自分ならトキシムに変異した人間を助けられる。そのことしか見えていなかった。
メロは兎にも角にも、誰かの助けになろうとする青年だ。自分の時間を後回しにしてでも、どれだけ叔母に遅刻を咎められても、人の為になることを優先する。
今回も、メロは自分の命を顧みず、凶暴化した2人を守ることを優先した。

自分の命を無視していた。

銃弾を撃ち込まれて、痛みが走った。それでもメロは盾になり続けた。「痛い」という、自分の命の声に耳を貸さず。暴走していないだけで、これでは幹部の駒になったトキシムと何ら変わらない。

「本気で誰かを守るつもりなら、まず自分の命を守れ」
そう言って博士はようやくメロの肩から手を離した。
博士の後ろでは特殊部隊が、メロの後方ではトキシムが、それぞれ声をあげてもがいている。博士はトキシムの方に歩み寄った。

「こいつは動けない。さっさと無力化しろ」
博士の冷たい言葉が、メロは何となく悲しかった。
「あいつらは、まぁ良い。そのうち解ける……」
博士が話している途中、何者かが広場に躍り出た。

あの老婆だった。
すばしっこい老婆は博士も捕まえられなかったらしい。どう捕らえるのかはわからないが。
「自分から戻ってくるとはな。ここにも命知らずがいたか」
博士が老婆のトキシムを睨む。メロも腕輪に手をかけ、戦闘体勢に入った。
老婆が2人を威嚇し、メロの方に向かって来ようとした瞬間、“それ”は起きた。

手を広げて飛びかかろうとした老婆の体がのけ反り、苦しそうな声を上げた。何事かと、メロと博士が老婆から距離をとる。
老婆はうずくまって悶えている。その背中から、ほんの一瞬だが、緑色の煙のようなものが漏れ出たのをメロは見た。

『博士、これって』腕輪からノーラが博士に呼びかける。
「堕ちたか」
「堕ちた?」

うずくまる老婆の体が、低い唸り声と共に、みるみるうちに変化してゆく。茶色の体毛が生え、爪が鋭くなり、左肩から黒く太い器官が4本生えてきた。木の枝、或いは、蜘蛛の脚を思わせる形状だ。

ゆっくり立ち上がりメロ達を見やる顔は、もはや人間のものではない。
左右非対称の頭部。右側には大きな耳と毛皮に覆われた紫色の目。左側には無数のコブと、ひし形に並んだ4つの小さな目。コブから突き出た黒いトゲが痛々しい。
野犬を思わせる牙、紫色に左腕が醜く晴れ上がり、幾つもの大きなコブが浮き出てくる。肩の器官は醜い左腕を覆うように前面に折れ曲がった。

「危険度の高いトキシムには2つの階級がある」

変異し、犬のように唸るトキシムを睨みながら博士は続ける。
「人間の姿を保ち、派閥同士で争うアンスロポイド、A級。そして人外の姿に成り果て、本能のまま暴れるビースト……すなわち、B級」
唾液を飛ばしながら、B級トキシムが大きく吠えた。

【4】

猛獣の如く恐ろしい姿に変異した老婆は、人間態の時と同様に、素早い動きでメロと博士の周囲を駆け回る。肉眼では到底捉えることが出来ないスピード。ただ地面を蹴る音と唾液混じりの息遣いだけが聞こえてくる。

メロが腕輪を押し込もうとすると、
「出来るのか?」
と博士が聞いてきた。

「俺がここに到着した時、お前に暴走の兆候が見られた」
「暴走? そんなわけ……」
答える間もなく、いよいよトキシムが2人に飛びかかって来た。素早く左右に飛び退いて攻撃を回避する。

B級に“堕ちた”トキシムは息を荒立て、若干震えているように見える。人間離れした力を得た代わりに、体力の消耗が早まっているらしい。
博士はその隙を見逃さなかった。単身トキシムに駆け寄り、相手に向けて右手を広げた。

次の瞬間、博士の右手から白い塊が勢い良く射出された。それは一瞬で大きな網のように広がり、トキシムを包み込もうとしている。特殊部隊や“A級”トキシムを捕獲した網だ。
トキシムは網が到達する直前に高くジャンプ、博士の背後に回って右手を振り上げた。蜘蛛の脚のように黒く長い鉤爪が博士に迫る。

「危ない!」
メロが叫ぶと、博士は振り返ること無く左手に転がって攻撃をかわす。空振りした鉤爪はレンガを砕き、その破片が飛び散った。
「やっぱダメか」
博士を睨み、猛獣が怒りの雄叫びをあげる。

そんな中、捕縛していた特殊部隊のメンバーが網から抜け出した。彼等は全員まとめてひとつの網に捕えられていた。連携して脱出したのだろう。だが、タイミングが悪かった。
彼等が立ち上がる音を聞いてトキシムが素早くそちらを向く。新人の隊員が大きな悲鳴を上げると、他の隊員達も新人が見ている方向に目をやった。

「何だこいつは!」
「撃て! 早く!」

様子を窺うまでもない。隊長が命令を出すのと同時に銃撃が始まった。
トキシムは攻撃に怯むことなく、両腕を大きく広げて部隊に迫り、鉤爪で銃を薙ぎ払う。武器を失った隊員達を怪物が容赦なく襲う。
トキシムの攻撃になす術無く、部隊はあっという間に壊滅した。

博士の言った「暴走」など気にしていられない。
メロは両手を腕輪を押し込み、両手を胸の前でクロスさせて超獣に変異。隊員らは気を失っていて、メロの姿は見ていない。

トキシムに駆け寄り殴りかかるメロだったが、音が相手に筒抜けだ。簡単にかわされ、背後から鉤爪の一撃を食らった。装甲と強化された筋肉である程度カバー出来ているが、背中の右側に激痛が走る。
痛みを堪えて再び攻撃しようとしたが、トキシムは素早く駆け回り、メロを撹乱する。気のせいだろうか、復帰までの時間が早まっているように感じる。

「“B”は目に入った者全てを殺そうとする。そのためなら自分の体がどうなろうが知ったこっちゃない。平然と体に負荷を掛け続ける。お前のようにな」

博士が話している合間も、トキシムはメロに向かって攻撃、再度高速移動を繰り返す。拳を突き出しても間に合わず、予想外の方向から次の攻撃を食らう。この激しい動きを可能にしているのはトキシムの筋力だけではない。

相手は木や壁の側面に張り付くことが出来るのだ。周囲を走り回り、壁や街灯にぴたりと手足を張り付けてそこから跳躍、変則的な攻撃を続けている。おそらく高い位置に張り付いた際には、短時間だが体力の回復も行なっているのだろう。

このトキシムも自らの命を無視して暴れている。もし博士が止めに入らなければ、自分も同じようになっていたかもしれない。

そんなことを考えていると、強烈な突進を受けて街灯まで吹き飛ばされた。街灯が折れ、真下のメロの方に倒れてくる。メロは急いで体を回転させ、倒れてくる街灯を避けた。この数時間で憩いの場はめちゃくちゃに破壊されてしまった。

よろめきながら立ち上がるメロ。トキシムはここぞとばかり、一気にメロの眼前に迫って来た。すんでのところでトキシムの手を押さえるが、変異したトキシムの力は凄まじい。

変異したメロが押し負けている。膝を曲げ、背筋を反らせた姿勢でどうにか耐えているが、回復が追いつかない。迫って来た時、咄嗟に左手が掴んだのはトキシムの鉤爪。硬い爪が手に食い込み、更に負荷がかかる。
彼の両腕の筋肉はそろそろ限界を迎えようとしている。相手の顔がすぐ目の前にある。トキシムの生暖かい息が顔にかかった。

「青年!」

突然、博士がメロに尋ねた。
「言ってみろ。お前は何者だ?」
「は? 何だよいきなりっ」
「答えろ! 自分が何者か!」
「俺は……」

一瞬、世界が音を失ったような感覚になった。
押し負けていたメロが、両腕を震わせながらトキシムをじりじりと押し返す。
獣か。超獣か。
その答えは、考える間もなく、自分の心の奥底から一気に湧き上がってきた。

「俺は、俺だぁっ!」

叫びながら、メロがトキシムを投げ飛ばす。
ふらふらと立ち上がると、メロは博士の方を見て続けた。
「俺は綾小路メロ! 姿が変わろうが、力を得ようが、俺は俺だ!」
博士は笑みを浮かべた。その答えを待っていたかのように。

ここで、メロの腕輪に異変が起きた。
牙に似たパーツを中心に電気を帯び始める。その色は、初めて変異した時の青白いものではない。眩い紫色の電流だ。
何事かと戸惑っていると、博士がこう告げた。

「それがお前の“意思”だ」
「俺の、意思?」
「超獣システムの核となるのは、お前自身の意思。お前が望むものを抽出し、力に変える」

この眩い輝きが、自分の意思の形。
博士の研究のことを思い出す。今なら、博士が見つけ出した力を希望に変えられる。トキシムを倒す力ではなく、救う力に。

メロがトキシムを見据えた。左手を下に向け、腕輪の上部を強く押し込んだ。電流が更に激しさを増す。
左手を前側にし、胸の融合炉の前で交差させる。途端に電流と融合炉が反応し、メロの全身が紫色の光に包まれる。

左腕を除いて、体が黒い装甲に覆われてゆく。右手首にも、小さな紫色の縞模様が施されたプロテクターが装着されている。頼りなかった腿の装甲も、蜘蛛の脚を彷彿とさせる、刃状のアーマーに覆われた。中途半端に、黄色い管で固定されていた脚部の装甲が完成する。

そして後頭部を守っていた茶色いヘッドギアが、光を帯びて形を変える。次の瞬間、両耳を保護している丸いパーツを軸に頭部前側へとスライドした。
髑髏のようなメロの顔が、黒い仮面に隠された。中世のペストマスクを思わせる形状。嘴部分は、蜘蛛の前足に似た2枚の刃が合わさって形成されている。残る6本の脚は長い髪の如くたなびいている。
変形が完了すると、仮面の丸い突起の中に、小さな紫色の光が灯った。

《BITE! Spider!Under control……》

腕輪から機械音声が鳴る。
超獣システムの真の力が解放された瞬間だ。
「あぁ、ノーラに言われてたんだった。お前にはもっとわかりやすい指示を出すように。思うままにやれ。ただし、死なない程度に」

漆黒の戦士となったメロは瞬時にトキシムの前に移動、腹にキックをお見舞いした。蹴り飛ばされ、怒り狂ったトキシムが吠えて威嚇するがメロは動じない。凛とした姿を見て博士が笑みを浮かべる。

再びトキシムが高速移動を開始。縦横無尽に動き回るが、今のメロはその姿をしっかりと捉えている。
相手が射程距離に入ると、メロは右手をそちらに向けて大きく広げる。すると、手のひらから白く太い糸が飛び出し、トキシムの右脚を地面に固定した。博士が見せたものと同じだ。
続けて大きな鉤爪に向けて糸を射出。こちらもレンガ張りの地面に繋げた。

「博士! B級ってのも助けられるのか?」
「わからん!」
「はぁ? 何だよそれ!」
「前例は無い。ただ、自分を信じてやってみろ」
「自分を信じる……わかった!」
左手を下に向け、腕輪の上部を2回押し込む。

《Spider!!GIGA・BITE!》

メロの体が紫色の電流を帯びる。
トキシムの前にジャンプすると、素早く右手を突き出し、指を相手の肩に突き刺した。爪と電流の痛みにトキシムは甲高い悲鳴をあげた。
メロが手を引くと、トキシムはその場に倒れ込んだ。そして、その肉体が徐々に元の老婆の姿に戻っていった。

自分を信じる。
指を牙のように突き刺す荒い方法だったが、変化した肉体を戻すには、A級と同じ方法では無理だと感じた。

決め手となったのはプロテクターの見た目。よく見ると指側に丸い斑点が左右対称に3つずつ。白い指を獣の爪のように立てると蜘蛛の牙を思わせる。何ともメロらしい着眼点だ。

不安はあったが、なんとか老婆を人の姿に戻すことが出来た。しかもまだ息はある。

「あっちも忘れるなよ」
博士が、拘束されたもう1体のトキシムを見ながら告げた。
ゆっくりと歩み寄り、こちらは手のひらを当てて弱毒化。ワンピースの女性が大人しくなったのを確認すると、腕輪を操作してメロも人間の姿に戻った。

彼の体にも相当な負担がかかっていたのだろう。その場で気を失ってしまった。
老婆の肩を自身のハンカチで縛った後、博士がメロに歩み寄った。
『眠っちゃったみたい』腕輪からノーラの声がする。
「やれやれ」
月の光に照らされて浮かび上がる博士の影が、蠢きながら変化する。黒い影はメロと老婆を抱き上げると、跳躍してその場から去っていった。

◇◇◇

気がつくと、メロは自分が大きなカプセルの中に寝かされていることに気付いた。
『おはよっ! よく眠れた?』
カプセルの中でノーラの声がした。ここは地下研究所らしい。
「これは?」
『メロ君、だいぶお疲れだったから、今メンテナンスしてたの』

地下研究所の中には広い部屋がひとつあり、メロが横たわっているものと同じカプセルが複数設置されている。
ここは「メンテナンスルーム」ということになっている。戦いで消耗しきったメロの体を回復させるためのもの。超獣計画が完成する前からあったもののようだ。

他のカプセルには、この数時間でメロが弱毒化した4名のトキシムが眠らされている。ここで体内の群体の活動状況を調べている。ある程度沈静化したと確認出来た際には、病棟の病室に移送するらしい。
今は眠ったまま。目覚めた時、人間に戻っているか、トキシムのままか、それはわからない。

「取り敢えずひと安心っすね。じゃあ、俺、もう大丈夫なので」
『メロ君が飛び出してった後、アタシ、一生懸命カメラの映像を調べて、あのおばあさん見つけて、その後も、君のことが心配で心配で、熱暴走しかけたんだよねぇ』
ノーラの声が、いつもの明るいものから、段々と暗くなっていく。

『次、無茶したら……ただじゃ済まねぇからな?』
「すみません。すみませんでした!」
『わかればよし! じゃ、開けまーす』
カプセルの天井がスライドして開いた。だが、メロは言いようのない恐怖を感じ、すぐには起き上がれなかった。

迷路のように広い地下研究所。ノーラに案内され、メロは博士が待つモニタールームに入った。
博士はあの仮面を外していた。目の下にくまが出来ている。

「起きたか」
メロが黙って頷くと、博士は鷹海市の現状を説明した。
組織の幹部らが飛び出した後、彼等は群体を市民に寄生させていった。
トキシム化するまでの潜伏期間にはばらつきがあるらしい。普段通り過ごしている民間人が、ある日突然変異を起こす可能性もあり得る。現状この町にどれくらいのトキシム予備軍がいるか、判別するのは容易ではない。

トキシム化の経緯についてどうやって調べたのか博士は明言しなかった。
だが、トキシムが現れても、今は彼等を抑える力がある。完治するかはわからないが、今はそれを信じて動く他無い。
「お前には、しばらくここに住んでもらう」
「え?」
「お前のコンディションを整えるため、トキシムの出現にすぐに対処するためだ。それから、その左腕もどうにかして隠さないとな」
明らかに不自然な左腕。確かにこの姿では気軽に外も歩けない。
少し考えた末、メロはここに留まることを決めた。だが、その前に、
「叔母さんに連絡させてほしい」

廃病棟エントランス。
研究所にあった服を着せてもらい、メロは地上に上がって翠に電話をかけた。電話は研究所にあったものを使った。電話があったことを警察に知られ、逆探知されたら面倒なことになる。

時刻は朝6時。
約2週間ぶりの甥からの電話。
当然、電話口の翠から質問攻めを受けた。今どこにいるのか、無事なのか、何があったのか。

「実は、大怪我しちゃってさ」
嘘をついた。

「家から離れた病院にいるんだけど、まだ入院してなきゃ、その、ダメっぽくて」
『入院? どこの病院? 今からそっちに行く』
「いや、駄目なんだ」
『駄目って何よ?』
「いや、その、何かヤバいウイルスが見つかってさ。感染を防がなくちゃいけないんだ」
何かの映画で観たシーンを思い出し、嘘を広げる。

翠が不安そうな声をあげると、申し訳ない気持ちで一杯になった。
「また元気になったら、絶対戻るから。今は安心して」
『せめて病院の場所くらい教えなさい』
「病院……あっ、あれ? 何か電波が」
下手な芝居を打って電話を切る。

絶対に嘘だとバレている。長年共に暮らしてきたメロの勘がそう告げている。
とは言え、こんな状態で喫茶店に帰るわけにもいかないし、トキシムらを、引いては旧組織の幹部らを止めたい気持ちがあるのも事実だ。
「ごめんな、叔母さん」

メロが電話をかけている間、博士は彼の経歴を調べていた。
運ばれて来た時に名前や住所、直近の健康診断の結果などは調べたが、彼の過去についてまだしっかりチェックしていなかった。

ここで遂に、メロが幼い頃に両親を亡くしたことを博士は知る。これはただの経歴。メロの気持ちについては記録されていない。それでも、他人のために体を張る強い正義感はここから来ているのだろう、と博士は悟った。

「準備は進んでいるか?」
博士がノーラに尋ねたのは、メロの左腕を隠す方法。
手っ取り早いのは服やら包帯やらで物理的に隠すことだが、形が歪なので不自然に見えてしまう。
今検討しているのは、ある方法を利用し、周囲の人間に幻覚を見せること。

『それならまずは、メロ君のコンディションを整えないとですね〜』
超獣システムの力を解放したメロ。今後も激しい戦いが繰り広げられるだろうし、その都度メロの体に負担がかかる。
最も危惧しているのは暴走。銃撃を受けた際、間違いなくその兆候はあった。今後暴走しないという保証はどこにも無い。

「課題は山積みだな。……ところでさ」
ここで、博士が抱いていた疑問を投げかける。
「あいつ、お前には敬語使うのに、俺にはタメ口だろ? あれ、何でかなと思ってさ」
『あー、人望無いんじゃね?』
と、ノーラが適当に返した。
冷たいひと言。それも、人間ではなくAIが言い放った。
「俺、人望無いの? 機械に負けてんの?」
『うるさいなぁ、もう! 気が散るから黙ってて!』

《警告、警告。システムの熱暴走を検知。冷却を行います》



【次回】

【第2話怪人イメージ画】


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