見出し画像

超獣GIGA 最終話#1

「お兄ちゃん、それ貸して」

巨大なサソリの怪物を前にメロと笠原が共闘していた時。

和泉文香はアダムの首元にガラス片を近づけた。

この青年を見たのは初めてではない。新しい里親に引き取られる前、笠原の屋敷に身を置いていた頃に会っている。
文香達の能力についてもかなり詳しい様子で、難しい専門用語を使って“お母様”と会話していた。家族お揃いの黄金の腕輪も、この青年が支給した物だった。
当時はまだ小学生だったが、アダムの姿はあの頃から全く変わっていない。特殊な力を有しているのは何となくわかっていた。

「お願い、貸して」
凶器を手に他人を脅したことなど無いのだろう。尖った先端は首に触れておらず、皮膚の前で小刻みに震えている。
アダムは溜息をついて文香の手首を掴むと、ガラス片を軽々と奪い取った。怒りの表情を見せる文香を他所に、アダムは自分の腕輪……Snatcherを外して彼女に渡した。

「良いの?」
「貸せと言ったのはそっちだろう? 好きに使え」
意外だった。二つ返事で渡してくれるなんて。
「使い方は覚えてるよな?」
文香は強く頷いた。どう使うのかも、誰に使うのかもわかっている。礼を言って腕輪を受け取ると、

「お前も哀れだな」

アダムが溜息混じりに溢した。大きな瞳で見つめてくる文香にアダムは更に続ける。
「お母様はお前に、実の娘の面影を見ているんだ」
「実の、娘?」
「お母様には、レイラという名前の娘がいたんだ」
言いながら、アダムは文香の顎に指で触れて軽く上げた。
「あぁ、確かに、目元はそっくりかもな」
「実の娘って何? お母様の娘は私……」
そんな話をしていると、メロ達の戦いも終結、話題に上がった“レイラ”の名が聞こえてきた。

アダムは薄ら笑いを浮かべて文香に頷いた。
「あの人はレイラのことを忘れられずにいるんだよ」
口を震わせて何かを言おうとする文香を遮り、アダムが更にたたみかける。

「お母様が本当に愛しているのはお前じゃない。お前の中に見出した、笠原麗蘭なんだよ」

瞳から輝きが消えていくのがわかる。笠原達のやりとりが彼女の心を刺激している。
階下では、笠原が二階から文香の居場所を聞き出している。このままだと司令塔ごと彼女の頭を潰してしまいそうだ。
「駄目よ、お母様」
文香は静かに立ち上がり、司令塔を確保すべくエントランスに降りていった。

愛に飢えた少女。
あの小娘を刺激するのは容易い。
アダムのSnatcherは特別な仕様になっている。文香自身の能力も相まって、より強力な個体に変異するだろう。問題は彼女が狙い通りに動くかどうか。

「今度こそ邪魔するなよ、超獣」



負傷した警官が救護用のドローンに乗せられ運ばれていく。中庭のある休憩所で合流した際、博士がノーラに伝達しておいた。
行き先はここより小さな病院。現地に向かう前に、ノーラへの聴取を試みていた岩田巡査が連絡しておいた。

暴れていたトキシム達は全員眠ったまま。麻酔が効いているだけなので、後でメロの処置が必要になるが、彼自身激しい戦いの後で疲弊している。
今も腕輪を操作することなく、超獣の姿で床にしゃがみ込んだまま。白い目が露わになった顔は流石に不気味らしく、田角らも少し距離を置いて眺めている。

眠っているトキシム達がエントランスに運び込まれる。半壊した上のフロアよりは安全だろう。
エントランスに敷かれたブルーシート。その上に横たわるダンス部員達を、和泉文香が泣き腫らした目で見つめている。気持ちも少しは落ち着いてきたようだ。そんな彼女の様子を、メロは肩で息をしながらうかがっていた。

トキシム達から少し離れた位置で、桐野博士と特殊部隊の面々が、半壊した神楽義政の体を見下ろしている。胸に接合された笠原の顔からは、微かに呼吸音が聞こえる。

「これ、生きてるの?」
合流した室田隊員が博士に尋ねた。口がへの字に曲がっている。目や口のある蜂の巣を見れば当然か。
室田の問いに博士は「今のところは」と答えた。力を使ったことで血肉を消費するのがネストの特徴。新しい宿主がこの状態では笠原の命も危うい。
「どうにかして生かせないの? 事件の重要人物を死なせるわけにはいかないわ」
「この爺さんを蘇生させるには新しい宿主が必要になる。罪人にでもくっつけるか?」
「まさか! そんなこと出来るわけない」
博士が両手を挙げて冗談だと伝えた。新しい宿主を用意するなど博士も御免だ。
このまま蜂の巣を観察するわけにもいかない。博士はその場にしゃがんで笠原の顔を睨んだ。もはや黒い虫も作れないことは一目瞭然。近づいても危険はない。

「死ぬ前に、諸々喋ってもらおうか。この町の裏で何をしてきたか」
“せめて、あの子に、あの子に会わせてくれ”
「それは和泉文香か? それともレイラか?」
博士の意地悪な質問に、笠原は黙ってしまった。和泉文香は今も部員達の側から離れない。“お母様”のことも眼中にない様子だ。

「桐野博士」

3名の警官が博士に近寄った。側には何故かノーラが操る小さいドローンが。
「あなたにもお聞きしたいことがあります」
「俺に?」
『いやぁ、あのさ、ちょっと言いにくいんだけどね?』
ノーラの辿々しい口調で全てを察した。地下研究所の存在が知れたのだろう。

思わず目を瞑ったが、ある程度覚悟は決まっていた。ゾンビ騒動を解き明かす上で旧組織のことは避けられない。それに博士は組織崩壊後も研究所を利用し、人体改造まで決行した。警官らもエントランスの超獣を見やった。

博士は「わかった」と告げて立ち上がった。彼の背に隠れて見えなかった蜂の巣が露わになり、警官達が口々に何か喚いている。越中隊長がわかる範囲で事情を伝えたが、この奇妙な物体が町を操っていたなどと誰が信じられるだろう。自信の無さが隊長の話ぶりからも伝わってくる。

「兎に角! まずはこの、何だ、化け物から話を聞き出さなければならない。時間が無いらしい」
「そんなこと言われましても……」

「その必要は無い」

上から若い男性の声。間髪入れず、エントランスに衝撃音がこだました。その場にいた全員が音のした場所に目を向ける。
驚きのあまり尻餅をついた姿勢のメロ。その横にパーカーを着た若者が膝を立ててうずくまっている。若者はスッと立ち上がると博士らの方を睨んだ。

「その男はこれから死ぬんだからな」
「アダム!」
メロを一瞥して、若者はエントランスの隅、文香がいる地点に向かう。穴の空いた壁際に転がる金色の装置。文香が変異の際に用いたものだ。それを手に取って左手首に装着すると、アダムは文香の方を向いた。
「あの女の司令塔を回収したのは褒めてやるが、やっぱり小娘に期待した僕が馬鹿だった」
少女に対する冷たい言葉に、メロが起き上がってアダムを睨んだ。
「お前の邪魔さえ入らなければ、もっとスムーズに事が進んでいただろうに」

《Ray, crafted》

そこら中に散らばったコンクリート片と群体を掛け合わせ、群青色の槍と丸い盾を生成した。それを手に取るとアダムの姿が一瞬にして消えてしまった。
「つくづく厄介な能力だな」
悪態をついて博士が周囲を見回す。越中隊長らも銃を構える。

相手の襲撃に備える一同だったが、まずは博士のそばで小型ドローンが墜落。続いて聴取を求めた3人の警官が次々に宙を舞った。
その内1人は空中に浮いたまま、口と腹から血を流している。腹から流れ出る血液の柱に気を取られていると、柱に沿って青く大きな槍と、それを手に持つアダムの姿が現れた。

アダムは越中隊長を睨むと、槍を振るって警官の体を彼に投げつけた。隊長が転倒した隙に盾をブーメランのように投げて博士達を遠ざける。盾は回転しながら隊員らの手に接触し、その武器をはたき落とした。
笠原の周囲がガラ空きになると、アダムがすぐさま接近して馬乗りになり、蜂の巣に腕輪の底面を突きつけた。
「あんたが最後だ、院長」
「させるか!」
博士がすぐさま蜘蛛の怪人に変異したが、間に合わなかった。

《Snatch》

機械音声と共にスナック菓子が割れるような乾いた音がした。アダムが立ち上がると、眉間の辺りに穴の空いた蜂の巣が見えた。間もなく蜂の巣は神楽の体もろとも黄土色の固形物となって崩れ落ちた。

求めていた最後のピースが揃い、アダムは体を震わせて笑い出した。そうかと思うと、今度は怒りに顔を歪ませて笠原の残骸に怒鳴り立てた。
「散々尽くしてきた結果がこれか! 超獣なんかに力を貸すとはな!」
腕輪のディスプレイから赤い光が漏れる。ネストが取り込まれた証だ。
「まぁ良い。いずれはコイツも貰い受けるつもりだった。ふん、何がお母様だ。ただの微生物に世界を管理出来るわけがない」

《PRISON・BREAK!》

ダイヤル式ボタンを回してプッシュすると、赤黒い霧に包まれてアダムが灰色の怪人に姿を変えた。
骨格のような形状の鎧に、手の意匠を盛り込んだガスマスク。そして、文香の変異体に似た赤いバイザー。猿にも似た怪人が腕輪を操作すると、槍と盾が赤い蛇腹剣に形を変えた。

「真の理想郷を創るのはこの僕だ。僕こそが、新世界のアダムなんだ」

剣を鞭のようにしならせて床を叩くと、その勢いでアダムが上に高く跳び上がった。剣先を天井に固定し、振り子の要領で3Fに到着、その奥へと走っていく。

彼が向かった方に目を向け、博士が考えを巡らせる。
目的は定かではないが、アダムの言葉から察するに、彼は幹部らの司令塔全てを手中に収めたらしい。つまり幹部の息のかかった全ての群体、並びにその感染者を、彼の意のままに操ることが出来る。
アダムは群体と無機物から武器を生成する。最後に取り込んだ笠原のネストは、群体を運ぶ虫を作り出せる。

嫌な予感がする。変異した博士もすぐさま3Fに向かおうとしたが、あることに気を取られて動きを止めた。
メロが走り出し、ジャンプして2Fのデッキに飛び込んだのだ。
「待て青年! 今のままでは危険だ!」
博士の忠告を無視して、素体の超獣が通路を進んで行く。瓦礫を破壊したのか、硬い物が砕ける音が遠くから聞こえてくる。

「行って!」
室田が博士に向かって叫んだ。彼女は隊長と共に、負傷した警官を介抱している。有り合わせのもので傷を塞ぐが、出血が酷い。周りの警官が救急車を呼んでいる。
「早く!」
博士は室田に頭を下げると、糸と背中の脚を器用に使って壁を登った。

開けた3Fに到着すると、走りながらメロを呼ぶ。天井に大きな穴が空いているのを確認。そこから光が差し込んでいる。アダムの開けたものだろうか。
「青年! 何処だ、おい!」
呼びかけを始めてすぐ、博士の耳に荒い息遣いが伝わってきた。音のする方へ急ぐとそこには階段。顔を覗かせると、白目の怪人が駆け上がって来るところだった。

「何やってる!」
「アイツを止めるんだよ!」
「その状態でアイツと戦うのは危険すぎる!」
「言い争いしてる場合じゃないだろ! 俺達が何とかしないと!」

確かにアダムを好きにさせておくわけにはいかない。だが、今のメロをアダムと戦わせたくはない。メロの命が危うくなる。
博士が網で彼を止めようとしたが、長い付き合いのメロには考えが読まれている。反対に手を引っ張られて転んでしまった。

「ごめん、博士!」
謝ってから、メロは更に上へと駆け上がる。階段から来たということは、天井の穴は知らないはず。きっと融合炉のオリジナルが反応しているのだろう。
新鷹海総合病院は10階建の施設。穴のことも踏まえると、アダムは屋上へと向かった可能性が高い。

「1人で行かせるかよ」

博士も立ち上がり、糸を放って薄暗い階段を一気に飛び越える。本人の気力によるものなのか、メロと博士の距離はあっという間に開いてしまった。それでも階段を強く踏む音が上から響いてくるため、音を頼りに博士も上へと進む。

自身の能力を使っているものの、糸を射出する手と背中に痛みが走る。
途中で息を切らして小休止を挟みつつ、どうにか屋上にたどり着いた。屋上に続く扉は普段施錠されているようだが、硬い鉄の扉が吹き飛んでいる。メロが力尽くで開けたのだろう。
外に出た途端、眩い光が博士の目を襲った。蜘蛛の脚で光を遮りながら歩を進める。

メロを見つけるのに、さして時間はかからなかった。
扉を抜けた右手。広く緩やかな傾斜のスロープがあり、上った先に正方形のヘリポートがある。そこに2体の怪人が立っていた。膝に手をついて相手を睨むメロ、向かい側にはアダム。
「愚かだな。そんな状態で僕を止められると思うのか?」
「止めてやるよ。町のみんなを、お前の好きにはさせない!」
「へぇ、格好良いな。じゃあ止めてみろよ!」
アダムが腕輪を着けた左手を天高く上げた。周囲の壁や地面の一部が分離、手の方へと吸い寄せられ、やがてひとつの形を作り出した。

《Wasp, crafted》

「何だ、あれは?」
博士とメロが見つめる先。
アダムの手の上に、大きな銅色の球体が浮かんでいた。



第1話〜最新話はこちらから

見つけてくださった皆様、ありがとうございます!

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?