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GIGA・BITE 第4話【後編】

【前回】



【4】

メロは博士と共に噴水のあるエリアに向かう。

相手が何処から狙っているかわからない。離れないよう意識して進む。
ノーラがアウトレットの監視をすると言い出したが、もし相手が幹部で、メロのことだけでなく地下研究所を利用していることも知っているなら、研究所の襲撃も計画しているかもしれない。念のため、引き続き防御システムの維持に注力してもらうことにした。

2階部分を進むと、前方に人だかりが見えてくる。噴水はすぐそこだ。
細い道を進むと、1階部分を見下ろせる場所を発見。テレビの報道陣が会場を取り囲み、その後ろに来場者が集まっている。

時刻は13時50分。イベント開始直前。
周囲に怪しい動きをしている者がいないか入念にチェックする。特に博士は、見知った顔がいないか注意している。尤も、幹部同士敵対しているため、互いに正体を悟られないよう変装している可能性が高いが。

「博士、何か見つけた?」
「いや。そっちはどうだ? お前の言う“幽霊の声”は聞こえないのか?」

先程の忠告以来、女性の声は聞こえない。
今回の調査の発端は彼女が残した言葉。何を止めれば良いのかメロにもわからない。このまま黙って、これから起きることを見届けろとでも言うのか。

犠牲が出てからでは遅い。
メロと博士は1階に降りるエスカレーターを発見。噴水のエリアを囲むよう、吹き抜けの形に造られた2階部分は、通路が狭くて身動きが取れない。下に降りて再び周囲の状況を確認することにした。

同じ頃。

鷹海署の林田と池上も噴水エリアの近くで待機。
林田はあんパンを片手に様子を伺っていた。一方の池上はスマホを準備。美南潤羽が来るのを今か今かと心待ちにしている。そんな彼を見て林田が嘆いた。

「情けねぇ。お前みたいな刑事がいるなんてよぉ」
「刑事である前に1人の人間ですから」
「屁理屈ばっか捏ねやがって。今に見てろ、そんな悠長なこと、言ってられなくなるぞ」
「まーたゾンビでしょ? そんなの頭撃てば良いんすよ」
林田が睨む。流石の池上もこの鬼のような顔をした男に睨まれると固まってしまう。

「映画と現実は違う」
林田が静かに呟いた。
「お前、喋るゾンビがいるの知ってるか?」
「え? 何すか、いきなり」
「鷹海には、喋るゾンビがいるんだってよ」

公園駅前の惨劇に居合わせた特殊部隊。唯一会話が出来た隊員から、林田は興味深い情報を得た。
動物のように荒れ狂うゾンビと違い、特殊な機械を身につけた、青年の姿をしたゾンビ。彼は「自分が2人を助ける」と言い、自らゾンビ達の壁となって銃撃を受けた。それでも倒れることは無かったという。

気がつくと現場には部隊のメンバー以外誰もいなかった。きっとあの喋るゾンビが2体を連れ去ったのだ、と隊員は語った。

林田が追っているのは、その“喋るゾンビ”だった。

目撃情報は乏しいが、喋るゾンビと思しき者を見たという証言が、宮之華学園を訪れた観客からも寄せられたそうだ。と言っても、証言はたったの1件、それも鷹海署に直接電話がかかって来たらしい。
ほとんどの捜査員がイタズラ電話だと考える中、林田だけはその情報に食い付いた。電話の相手は今も見つからず、鷹海署の別の班が捜索にあたっている。

「電話をかけてきたっていう、ソイツとコンタクトが取れりゃ、喋るゾンビにも近づけたかもしれねぇ」
「いやいや、普通に考えてイタズラでしょ。誰に聞いてもイタズラって答えますよ」
「違う! 刑事の勘がそう言ってんだ」
「出たよ。って言うか、ちょっと声落としません? 仮に怪しい奴がいても林田さんのせいでバレますよ?」
「ぬぅ。すまん」
「そこは素直なんだ。……あっ、来た!」

14時。

鷹海署の制服を身に纏った美南潤羽が、警察官らと共に現れた。
元々アイドルグループに所属していたが昨年卒業、現在はバラエティ番組を中心に活躍。持ち前の明るさと初々しい笑顔が人気の秘訣だろう。

噴水エリアが拍手に包まれる中、博士とメロは引き続き周囲を警戒する。今はタレントより、これから起きる“かもしれない”事態の方が優先だ。
「博士」
すぐそばに居た博士の肩を叩き、メロが前方を指差す。

一日署長の後ろを、同じ歩調で歩く警察官達。
その中に1人、明らかに足並みの揃わない者がいる。痩せ型の男性警官。顔を確認すると、帽子に隠れて見えづらいが、黒目が無いことが確認出来る。

「よく見つけたな、青年」
メロ達がいる場所から警官達のいるポイントまで距離がある。それでもトキシムの姿を捉えられたのは、身体能力の向上によるものか、戦いの日々に慣れてきた証拠か。

美南潤羽が小さな壇上に上り、警官達はその背後で一列に立っている。トキシムも他の警官と同じように両手を後ろに回して立っている。
まだ相手は凶暴化していない。無力化するのは簡単だが、前回のダンスイベント同様に人が多い。それも相手は警察官。下手に近づこうものなら捕まってしまう。

女性が知らせたことと、このトキシムに繋がりがあるのなら、一刻も早く止めなければならない。メロの顔に焦りの色が見える。
そんな彼の両肩を博士が軽く叩いた。精神の乱れも暴走を引き起こしかねない。今は様子を見守る他ない。
出会って1ヶ月程ではあるが、博士もメロの感情の変化に少しずつ気づけるようになってきた。

壇上では、変わらず美南潤羽が演説を続ける。振り込め詐欺の注意喚起をし、前を向いて敬礼する美南に向けて、報道陣が一斉にフラッシュを焚く。

そのフラッシュに反応したのか、警官のトキシムが頭を押さえて苦しみ出した。シャッター音が止み、辺りにアウトレットののどかなBGMだけが流れている。

「大丈夫ですか?」
一日署長も振り返って様子をうかがう。他の警官2名が彼を介抱し、その場から離れようとした時、事態が急変する。

苦しんでいたトキシムが唸り声をあげて暴れ出し、警官達を突き飛ばした。他の警官が美南潤羽を壇上から下ろして退却、残る数人がトキシムを押さえようと駆け寄った。

突然の出来事に現場から逃げ出す来客達。メロは近くの柱の影に隠れ、超獣システム起動のタイミングを狙っている。彼の背中にくっつく形で、博士も辺りを見回している。
周囲に他のトキシムがいないことを考えると、一斉に焚かれたフラッシュを「攻撃だ」と捉えたのが原因だろうか。

既に逃げ始めている者もいる中、一部のカメラマンと記者がその場に残り、今起きている事態を伝えている。すると、カメラマンの1人に向けて、トキシムが同僚を投げ飛ばしてきた。カメラマンは警官の下敷きになり、持っていた機材は破損した。

暴れ出した男性警官の瞳は青く輝いており、非現実的な状況を目の当たりにした報道陣が大慌てでその場から逃げてゆく。トキシムは退散する報道陣に向かって吠えて威嚇した。投げ飛ばされた警官もカメラマンを庇う形で起き上がり、その場から逃げ去った。

これで超獣システムを起動しやすくなった。腕輪に手をかけ、押し込もうとするが、ここで更に事態が悪化した。

「おい、嘘だろ」
警官のトキシムが再び頭を抱えて叫び出す。次の瞬間、全身から黄ばんだ粘液が噴出し、その体を覆った。その場に残る警察官達も驚いて後退りした。

トキシムの体が徐々に形を変える。
頭部と左肩に円形の巨大な殻が現れた。頭部の殻は、カタツムリのように正面に大きな穴が空いているが、中から出て来たのは2本角……ではなく無数の真っ赤なムカデ。左肩の殻の隙間からもムカデが垂れ下がる。
腹部にも同じ色のムカデが巻き付き、その黄色い足を腹部に突き刺し、ベルトに擬態している。

つま先には2つの尖った殻。シルエットだけなら西洋の貴族にも見えるが、目の前にいるのはそんな高貴な存在ではない。
しまいには、トキシムの右腕が巨大な赤いムカデに変異した。大きな顎を持っているが、その顔はどことなく人間のようにも見える。

B級に堕ちた。
フラッシュという簡単な刺激で、ここまで堕ちたと言うのか?

変異したトキシムが右腕をムチのようにしならせて周囲の建物を攻撃する。警官達が拳銃を取り出して発砲するも、弾が相手の身体に貼り付いて貫通しない。
変異前に噴き出した粘液のせいだ。粘液が防弾チョッキの役割を果たしている。

と、今度は別の方向から銃声。
そこには拳銃を構えたワイシャツ姿の若い男……池上刑事が立っている。
池上は美南潤羽を守るという個人的な動機で飛び出したようだ。

目当てのタレントはもう脱出、おまけに警官が怪物に変身するという想定外の事態。一瞬固まる池上だったが、上司を無視して自ら戦場に飛び出した傍ら引くに引けず、銃弾を頭部目掛けて連射する。
しかし彼の銃弾も、硬い殻に呆気なくはじかれてしまった。

怒るトキシムが左肩のムカデを池上に向けて伸ばした。ただの飾りではなく、伸縮自在の武器にもなるらしい。
おぞましい光景に、池上は情けない悲鳴をあげて逃げて行った。
池上を追い払ったトキシムが振り返り、右腕で倒れている警官達を薙ぎ払おうとした直前、超獣に変異したメロが相手目掛けてジャンプ、背後から怪物を取り押さえる。

「早く逃げて!」
大きな殻を被っていることが幸いし、警官達からは薄緑の装甲を纏ったゾンビの姿が見えない。
言われるがまま警官達が退却。おそらく特殊部隊に連絡が行くだろうから、あまり時間はかけられない。

それにしても、粘液が邪魔して相手を取り押さえるのもひと苦労だ。手が滑り、解放されたトキシムが頭部のムカデを伸ばして攻撃してくる。
慌てて攻撃をかわすと、今度は巨大なムカデが勢いよくメロに向かっていく。メロは地面に仰向けに倒れ、ムカデの大きな顎を両手で掴んだ。超獣の通常形態では、知能と引き換えに力を得たB級を相手にするのは難しい。

右腕のムカデは粘液に包まれていないようで、力一杯押し出すとムカデがのけ反り、トキシム本体も少しよろけた。
隙が出来たところで立ち上がり、体に力を込める。意思の力で体内の群体を操り、その力に変える超獣システム。体を更に変化させればB級トキシムとも互角に渡り合える。

ところが、この局面であのノイズが聞こえてきた。
メロの様子を見て博士が叫ぶ。
「青年! 一旦引け!」

声は届かない。
メロは頭を押さえたまま動きを止めている。
今回は、いつもの発作と異なっていた。

◇◇◇

脳内に響くノイズ。そのひとつが大きく聞こえている。

“見えるだろう?”

聞き覚えのある声。
トイレで襲撃に遭った際、背後から聞こえた男性の声だ。

男の声が聞こえた直後、ある映像がメロの頭に流れ込んで来た。
視点はメロのまま。ただし姿が異なる。右手に大きな槍のような武器が装備されている。

前方にはあのトキシム。巨大なムカデの猛攻を、脳内のメロは瞬間移動しながらかわしている。素早く移動しているのではない。メロが動き出すと、ムカデが獲物を探す仕草を取るのだ。

瞬時に距離を縮めたメロは、トキシムの背後を取ると、その体に槍を突き刺した。場所は心臓付近。槍からは電流が流れ、トキシム本体と右腕のムカデがもがき苦しむ。

普段のメロなら、敵の心臓など狙わない。致命傷も与えない。
だが、イメージの中のメロは、攻撃の手を止めない。
電流がトキシムの身を焦がす。粘液も干上がり、蒸気が上がっている。それでもメロは電流を流し続ける。

そして、あの声。
いつも脳内で聞こえる曖昧なノイズが、男の声で鮮明に再生される。

“潰せ”

“潰せ、潰せ、つぶせツブセ……”
男の声に促されるまま、メロはトキシムの命を奪う。
トキシムは黒焦げになり、右腕がどさりと地面に落下。槍を勢い良く引き抜くと、重い音と共に亡骸が地面に倒れた。

灰となった怪物を踏み付け、メロは天に向かって咆哮した。

【5】

暴走の兆候、曖昧な声に聞こえていたノイズが遂に鮮明に聞こえた。

自分を襲ったのは博士が言っていた組織の幹部。体を刺したのは殺すためではなく、群体を一気に送り込むことが目的だったのだ。

相手の目的に気づいたメロだったが、イメージの世界から抜け出すことが出来ない。博士に助けを求めることも出来ない。
止めようにも、脳内のシーンと男の声は止まらない。現実とイメージの境界がわからなくなってくる。

“さぁ、存分にやれ! 俺がくれてやった、その力でな”

現実のメロも、頭を押さえて固まったままだったが、だらりとその手を下ろした。このままでは暴走する。それはわかっているが、意識が遠のいていく。右手を腕輪に乗せたら最後、脳内のイメージの通り、ただトキシムを殺すだけの存在になってしまう。

助けてくれ。

イメージの世界で雄叫びを上げる自分。その仮面の下で、メロは「助けてくれ」と訴える。
視界が狭く、暗くなっていく……その時。

“……なたは……?”

微かだが、男とは違う人物の声が聞こえる。
藁にもすがる思いで、必死にその声を聞き取ろうとする。

“あなたは誰?”

それは、あの女性の声だった。
考える間もなく、イメージの世界で、メロはその問いに大声で答えた。

「俺は、俺だ!」

急に意識がはっきりとし、メロが現実の世界に戻ってきた。と同時に、大ムカデの攻撃を受けて後方のアパレル店まで吹き飛ばされた。
「大丈夫か!」
博士が叫ぶ。
約1分メロは動きを止めていた。メロの脳内ではもっと長く感じられたが、現実の世界では短い時間の出来事だった。

手を下ろした時には“暴走が始まる”と悟り、メロを止めるつもりだったが、声が混ざるほどの激しい呼吸と共に意識を取り戻した姿を見て博士も安堵した。
「な、なんとか」
瓦礫から立ち上がり、メロが博士に向けて手を挙げる。

トキシムは博士の声に気付いて振り返り、意思を持つ右腕を差し向けた。素早い身のこなしで博士が攻撃を回避するも、ムカデは伸縮自在、突進を避けた博士を追尾する。

早く博士を助けなければ。
メロがジャンプしようと身構えると、左手首の腕輪が電流を帯び始めた。桃色の眩しい電流。これまでの戦闘では見たことのない色だ。
攻撃を回避しつつ、遠目からその様子を見た博士が叫んだ。

「おい、待て! 何だそれは!」
「大丈夫! やり方は覚えてる」
「はぁ? 何言って……ちっ、ぁあ、気色悪い化け物め! 邪魔すんな!」
標的を見定め、メロが腕輪の上部を押し込んだ。

眩い電光にメロの体が包まれる。体内に宿った群体を、今度は自分の装甲に変化させる。
光が激しくてメロ自身にもよく見えないが、イメージの世界通り、右手には大きな槍のようなものがついている。一度右手を左上に上げ、勢い良く右下に下げた。

《BITE!Ray! Under control……》

電流が消え、新たな装甲を纏ったメロが姿を現した。
頭部から肩にかけて紺色のフードが覆い、銀色の仮面を着けている。後頭部のプロテクターが群体の特性をもとに形を再構成したものだろう。

右手には細長い槍。槍は右手の、エイを彷彿させる装甲から伸びている。また、この装甲はフードの背面と細長いチューブで接続されている。
太腿の薄緑の装甲にも紺の長い帯が着いており、ロングコートを着たようなシルエットになっている。その姿はまるで暗殺者だ。

激しい電流を察してトキシムがターゲットを変更、右腕のムカデが顔をメロの方に向けて威嚇する。
メロが身構えた途端、彼の姿が影のように消えてしまった。ムカデが獲物を探す。博士もキョロキョロと辺りを窺う。

次の瞬間、メロがムカデの目の前に移動し、その目を槍で突いた。ムカデが痛みに悶えている間に再び姿を消し、今度は2階部分に現れ、上から舞い降りると同時に槍を剣のように振ってムカデを斬りつける。

着地したのは博士の前。見たことのない姿や技に戸惑っているが、
「へへっ、どうだ!」
と、仮面の下からいつものメロの声。暴走はしていない。博士は安心して笑みを浮かべた。

怒り狂うムカデ、その動きに振り回されてよろけるトキシム本体。
ムカデが突進して攻撃を仕掛けたが、メロはそれを右手の装甲で防いだ。盾としても使えるらしい。槍は縮むようになっており、メロの意思に合わせて折りたたみ傘のように装甲に収納された。

脳内では、このトキシムが焼け焦げるまで攻撃を浴びせた。しかしそれはメロの意思に反する。

ムカデが再度噛みつこうと鎌首をもたげる。大きな顎が向かって来るのと同時に腕輪を2回押し込み、幽霊の如くその場から消える。ムカデは攻撃を外してその頭部を地面に強く打ちつけた。破片が飛び散り、博士が顔を覆う。
ムカデが頭を上げようとした、その時、

《Ray! GIGA・BITE!》

空中からメロが現れ、槍をムカデの頭部に深々と突き刺す。
槍からは激しい電気が放出され、その電流がムカデを伝ってトキシムにも向かう。
群体に乗せられた意思の電気信号が、激しい電撃となってトキシムを襲う。
メロが槍を引き抜くと、トキシムはその場に倒れ、元の警官の姿に戻った。長く伸び、ムカデのように変化した右腕も、傷は負っているものの人間の腕に戻った。

トキシムを殺すのではなく助ける。それこそがメロの意思。

戦いを終えると、メロは腕輪の上部を引き上げて元の姿に戻った。初めてのスタイルだったためか、体への負担が大きくよろけてしまった。博士が駆け寄って彼を受け止めた。気を失ってはおらず、博士の顔を見てメロがニッと笑った。

「走れるか?」
「何とか」

無力化したトキシムを連れて帰りたいところだが、アウトレットの外が騒がしい。特殊部隊が到着したのだろう。トキシムは諦め、2人はその場から駆け足で逃げ去った。

その様子を、物陰から林田と池上に見られているとも知らずに。
「は、林田さん」
「ようやく尻尾を掴んだ。追うぞ」

戦闘、そしてメロ達が帰っていく様子を、2階から1人の男が見つめていた。

つばの広いハットを被り、薄手の黒いカーディガンを着た男性。
彼が戦場に現れるのはこれが初めてではない。宮之華学園にも観客として潜入、ダンス部のイベントを見に来た観客をトキシムに変えた。言わばあの惨劇の発端となった人物。

超獣の存在を知ったのもあの日のことだった。
男は腕を組み、その身を震わせている。サングラスの奥では、その目を怒りに歪めている。
「あのガキ、俺がくれてやった物を横取りしやがって!」
どうやらメロに今回のノイズとイメージを流していたのはこの男だったらしい。暴走させるのが目的だったのだろうか。

しかしその目論見は失敗に終わり、メロに新たな戦力を与えてしまった。
怒る男だったが、たちまち不敵な笑みを浮かべた。
「俺は諦めねぇ。あの力、俺のものにする」
新たな力を得たメロ同様、男も影のようにその場から姿を消した。

【6】

研究所に戻ると、博士はメロをカプセルに寝かせた。メロは横たわるとすぐに眠ってしまった。
カプセルが閉まったのを確認すると、モニタールームに移動し、買い置きしてあったエナジードリンクを手に取る。

メロが聞いたという声に従いアウトレットに向かうと、そこにトキシムが出現、凶暴化しただけでなく、いきなりB級に堕ちた。
声の主は、あのトキシムを止めて欲しかったのだろうか。それともメロにあの力を与えようとしていたのか。無事群体を操作出来ていたから良かったものの、暴走する一歩手前だった。

謎の声の導き。その真意はメロにしかわからない。いや、彼もわかっていないかもしれない。

『お疲れ〜』
ノーラは今日1日、研究所の防衛にエネルギーを消費していた。現在は冷却システムが作動している。メロが襲撃を受けたと聞き、彼女も研究所への攻撃を警戒していたのだ。
結果、研究所には誰も来ず、博士とメロも無事帰還した。
「お前もな」
実験室を見つめたまま、博士もノーラを労った。

『あれ、珍しく優しいじゃん』
「いつも、優しいだろ」
『優しいんだったら、冷却システムももっと良いヤツにしてくれない?』
「今ので充分だろ」
『ケチ!』
「また言いやがって! あぁ、そうだ。ほら、土産だ」

博士は眠りについたメロから回収した眼鏡をモニターに翳した。
眼鏡から小さなデバイスを外し、デスクの下にあるスペースに入れる。このスペースはDVDプレーヤーのようなもの。デバイスに記録された情報がノーラに送られる。

メロが眼鏡をかけたのはほんの一瞬。襲撃さえ無ければ、トイレから出て来た彼に再び眼鏡をかけさせる予定だった。
たった数分の記録。それでもノーラは状況を理解している。文句は言われなかった。

「こんなことなら、俺がかけときゃ良かったな」
『え〜、博士の目線は酔うからヤダ』
「ワガママ言うな。その酔いも貴重な情報……」

『世界を管理するのも、イヤだからね』

ノーラが静かなトーンで言った。
デバイスが記録を始めたのはアウトレットに着いてから。その前の映像は入っていないはず。

「聞いてたのかよ」

アウトレットに向かう道中のメロと博士の会話を、ノーラも聞いていたらしい。あの時点ではまだエネルギーにも余裕があり、2人の様子を確認していたそうだ。
その会話の中で、ノーラを「理想郷の管理者」にする案があると知った。このことはノーラもまだ知らされていなかった。

『これだからポンコツなんだよ。盗み聞きされてるとも知らずにさ』
「うるさい」
『もう1回言うけど、アタシは管理者になる気は無いからね。他の、フツーのAIでも探すんだね』
「へいへい、わかったよ」

何だかんだで、博士はノーラの意思も尊重する。
彼女が「嫌だ」と明言した段階で、彼の頭からはノーラを管理者に据える案は削除された。
エナジードリンクを飲み干す博士。その目は何処か寂しげだ。
少し沈黙があった後、ノーラが語り始めた。

『アタシね、暇な時にチャットとかで人間のフリしてお喋りしてんだ』
「知ってるよ。余計な電力使いやがって」
『お喋りしてるとね、別に今のままで良いんじゃね?って思うんだよね』
博士が中央のモニターを見つめる。

ノーラを開発、起動したのは、幹部が飛び出して行く前のこと。理想郷実現のサポート役として開発された人工知能から、「今のままで良い」という言葉が出て来るとは。それは組織や同士たちの目的とは異なる、彼女自身の思い。
ここまで著しい進化を遂げていたことに、博士は驚きを隠せなかった。

『そりゃあ、ネットの中なんて今も馬鹿ばっかりだけど、アタシがお喋りしたユーザーさん達みたいに、優しい人もいる。メロ君だって、単純で馬鹿だけど、周りの人も大事に出来るでしょ?』
「まぁそうだな。だから、今のままで良いと? まだまだ人間は幼稚だ。小さな違いを見つけてすぐ争う」
『だからね、全部の人間を支配するよりも、1人でも多く、今生きてる人を馬鹿から守ることに、アタシは力を注ぎたい』

ノーラの言葉を聞いて博士は微笑んだ。
結成当時の組織も、残された同士達も、動機は何であれ、世界を変えようとしていた。人間という概念を作り変え、意思を統一し、全ての命を平等にすることだけに目を向けていた。“今”存在しているものを無視して。
「命を守る」と口では言う者も中にはいた。だが、きっとそれは、自分の考えを正当化するための言葉に過ぎなかった。幹部達が良い例だ。

自分もお前のように世界を見たかった。
心の中で博士はそう言った。

「俺は人間なんざ信用しない」
ノーラは黙って聞いている。幹部が何をし、博士らに何を残したのかは彼女も理解している。
「ただ、馬鹿から守るってのは、お前らしくて良い」
『ふ〜ん、なんかビックリ』
「今ある命を守る、か。頭の片隅に入れておく」
言いながら、博士は指で自分のこめかみを叩いた。

「流石、“意識高い系AI”様だな。考えることが違う。ってことは、生みの親であるこの俺も……」
『あぁ、言っとくけど、“馬鹿”には博士も含まれてるからね』
「前言撤回だこの野郎!」

◇◇◇

翌朝10時。
メロはカプセルから起き上がり、モニタールームへと向かっている。
これまでよりも回復のペースが早まっている。新しい能力を手に入れたにも関わらず、だ。
「おはよう博士」
「これを観ろ」
メロが部屋に入ってくるなり、博士がモニターを指差した。メロもそちらを見る。

ニュース番組の中継。鷹海市長・三橋みつはし光一郎こういちろうの会見を映している。場所は鷹海庁舎前。市長は椅子に腰掛け、長いテーブルの上に手を置き、マイクに向かって語りかける。三橋の背後には大きなモニターが設置されている。

『ここ1ヶ月、鷹海市では不可解な事件、事故が多発しております。こちらは昨夜公開された映像です』
言いながら、三橋市長がモニターに手を向ける。
そこに映し出されたのは、昨日の惨劇の様子。警官が突如暴れ出し、人間離れした怪力で他の警官を投げ飛ばす様子が映し出されている。

続いて、粘液を撒き散らして変貌する様子。こちらはアウトレットの監視カメラの映像だ。一瞬だが、変異したメロがトキシムの背後に回ったところも映っている。飛び散った粘液か、ムカデの攻撃によるものか、映像は途切れていた。

『昨今、鷹海にはゾンビがいる、との噂が出ております。1ヶ月以内に起きた事件でも、ゾンビや怪物にまつわる証言があったと聞いております。そこへ、昨日の映像。最早単なる噂ではありません!』
ここで三橋が立ち上がる。そして、

『関東エリア格都市、並びに政府との会合の結果、真相解明、事態収束まで、鷹海市を閉鎖することを決定しました! つきましては……』

博士がニュース映像を切った。何故か彼は笑みを浮かべている。
「今日から鷹海は、陸の孤島だ」

◇◇◇

2時間に渡る会見の後、三橋市長は庁舎の自室に戻って額の汗を拭った。
「お疲れ様でした」
30代前半の若い男性秘書が市長の椅子に座り三橋を待っていた。
鷹海市を大きな混乱が襲う。その引き金を、自分が引いたようなものだ。市長はまだ肩で息をしている。

呼吸が落ち着いたところで、三橋が秘書の方を向き、こう尋ねる。
「これで、宜しいですか?」
秘書は前を向いたまま、笑みを浮かべて答える。
「ええ、素晴らしい会見でした」
秘書のスマートフォンが振動する。秘書は更に口角を上げ電話に出る。

「ごきげんよう、お母様」

秘書の瞳が赤茶色に輝いた。



【次回】

【第4話怪人イメージ画】


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