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ミダスのすべて

 ゴードンはあまり酒を口にする方ではなかったが、時折仕事が上手く行かない時や何かをじっくり考える必要がある時には今のように書斎に籠もってウイスキーを飲むのだった。家族も心得たものでそんな時は部屋に近寄らない。

 ◆

 昼、新聞社の仕事が休みで家族と憩う彼に来客があった。よれきった灰色の外套を着て現れたハロルドは、実際十数年来の友人の貌は酷く不健康そうで目が血走っており、その様に不安を覚えたゴードンは家の中に案内せず玄関先で話を聞くことにした。

「議員のロムニーに『ミダス』を仕掛けるつもりだ、お前の力が欲しい」
 煙草をふかしつつハロルドは切り出した。
「…もう終わったんだよハロルド。先生が亡くなった時、俺たちの青春は終わった。君だってただの警察官に戻ったじゃないか」
「あぁそうだ、だから俺がまた始める。昔の仲間もまだ各所に潜ってる。ミダスの原版はお前が持ってる。俺たちに原版が有れば何度だって昔に戻れる、違うか?」

 ハロルドの誘いには魅力がある。全てをかけたあの青春を呼び起こす魅力が…自然鼓動は早まった。しかし
「…ハリー、僕にはもう家族もいる。仕事にだって恵まれてるし、本当にこれで満足してるんだよ」
 ゴードンは何とかそれだけの言葉を絞り出し嘗ての友に別れを告げた。ハロルドは少し寂しそうな顔をして『奥さんによろしく』とだけ告げた…

 ◆

 グラスに残ったウィスキーを飲み干し立ち上がるとゴードンは机の下の小さな金庫を開き、金属塊と古い拳銃を懐かしむように手に取った。もしハリーが仕事の中で何かを漏らせば…家族に危険が及ぶだろう。
(しかしゴードン、それでいいのか?)
拳銃を構え、銃口を友に向ける自分を想像した。

 コン、コン。書斎のドアが叩かれた。
「どうしたんだい?」
 拳銃を後ろ手に隠し震える声を抑え問いかける。
「貴方…昼間にいらした刑事さんが…」
 扉越しの妻の声も落ち着きのないものだった。
「さっき事故で亡くなった…と」

(続く)

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バッティ(ハセガワ)
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